54日目 流星群の夜に
天の川と言えば何を思い浮かべるだろう?
まずは織姫と彦星だろう。
七夕にしか会えないという過酷な労働環境の2人。
労働者の権利向上を訴えるその話は、涙無しには語れない。
続いて、単純に天体としての天の川がある。
ミルキーウェイとも呼ばれる星の連なりは、空に広がる大河のようだ。
大小様々な銀の輝きに彩られ。
今日も人々の頭上を悠然と流れているのだ。
そして、地球を含む銀河系を指す言葉としても使われる。
空に流れる大河の如き星々は、1つの銀河なのだ。
天の川銀河。それが、私達を取り巻く銀河の名前である。
「それは良いんだけどさ」
僕は星の解説をする長ソバくんに言う。
「何で僕達はこんな所に居るの?」
長髪とソバカスがトレードマークの長ソバくん。
今日はそんな彼と、学生寮を抜け出している。
どこまでも深い暗闇と、頭上に輝く幾千の星々。
夜風が心地良く吹く中、長ソバくんは大袈裟な手振りを交えて言った。
「ばっか、お前。今日は流星群が見えるんだぜ?」
「テレビで見ればいいじゃん」
「分かってないね~。自分の目で見るのが通だぜ?」
あーあ、と言いながら天を仰ぐ長ソバくん。
妙に玄人ぶった態度にイラッと来た僕は、思っていた事をそのまま口にした。
「通とか言うけど、今まで全然星に興味無かったでしょ?」
「ばっか、お前。俺はガンガンに星に興味あったって!」
妙に必死に言うのが怪しい。
僕は付け焼刃の星座知識を語る長ソバくんを胡乱な目で見ていた。
ダラダラと汗を流す長ソバくん。
もうすぐ白状するか、という所で僕らに声を掛ける人が現れた。
「おー? 男子も見に来たんだ?」
「あれ? ゴンさん」
それは同じクラスの女子達だった。
ゴンさんを筆頭に、3人で仲良く集まって歩いている。
「あたし達も居るよー」
「女子寮の皆で、今日は流星群見ようって」
なるほど、そういう事か。
長ソバくんが急に星を見ると言い出したのは、女子達の動きと連動していたのだ。
どこかで彼女達の行動計画を耳にした長ソバくん。
きっとこの日のために、必死で天体知識を覚えたのだろう。
その努力が報われる時がやってきたと言うわけだ。
気を利かせた僕は、長ソバくんと女子を一緒にするために忘れ物を取りに帰るフリをした。
「僕、双眼鏡忘れたから取りに帰るよ」
「えっ!? ちょ、俺1人残すのか!?」
「双眼鏡とか本格的だねー」
「え~? 夜に双眼鏡?」
何故か慌てた声を出す長ソバくんを後にし、僕は学生寮へとひた走った。
学生寮を夜に抜け出すのは、当然の事ながらご法度である。
規則を破れば停学もありえる。
だが何故だろう? リスクが高ければ高いほど、挑戦したくなる。
……などと考えつつ、僕はゆっくりとトイレの窓を外から開けた。
数々の脱出ルートがある学園の学生寮。
中でもポピュラーなトイレルートを選択した僕は、飛燕のように窓から室内に潜り込んだ。
まあ警備はザルだし、そこまで警戒する事も無いんだけど。
自室までのルートを潜入ミッションのように辿る僕。
食堂付近まで来た時だった。
夜の静寂の中、ズルズルという異音が聞こえる。
クッ、凄く気になる!
この音の正体を確かめておかないと、何かが夢に出そうだ。
覚悟を決めた僕は、ゆっくりと食堂の中を覗いた。
そこに居たのは大阪さんだった。
「……何やってるんですか、大阪さん」
「ぶぼぉ!? ごほっごほっ!?」
音を立てないように背後から近付いた僕。
そっと呼びかけると、大阪さんは食べていたウドンを吹き出した。
ゲホゲホと咳をして息を整えると、僕の方に振り返った。
「なんや坊主か。いきなり話しかけられたら驚くやろ」
「何でわざわざ食堂で食べてるんですか?」
夜食なら自分の部屋で食べればいいのに。
そんな事を思いながら僕は聞いた。
大阪さんは、ニヤリと僕を見返して言う。
「ええか、坊主。かつて大阪が何て呼ばれてたか知っとるか?」
「ええと、天下の台所でしたっけ?」
「そうや。つまりや、夜の食堂を1人占めする俺こそ真の大阪や」
何かどっかで聞いたような論理だな……。
僕は既視感を感じていた。
「どうや、坊主も夜の食堂を……あれ? 坊主どこ行きよった?」
とにかく、あんまり関わらない方が良さそうだ。
僕は足早に食堂を去った。
「はっ? 何で僕はまた外に出てるんだ?」
うっかり再び外に出てしまった僕。
手にはしっかりと双眼鏡を握り締めている。
あれだ、大阪さんと会ったのが敗因だ。
大阪さんと一緒に居ると、本当にろくな事にならない。
仕方なく双眼鏡を片手に歩く。
ぶらぶらと歩いていると、何かがチカチカ光るのが見えた。
「ん? なんだあれ」
手に持った双眼鏡を覗き見る。
複数の黒い影がゆらゆらと動いていた。
興味を引かれた僕は、少しずつ近付いて行く。
やがて、身を潜める僕にボソボソっとした会話の声が聞こえて来た。
「星降る夜に命を散らすとは……風流じゃありません?」
「くっ!?」
「外天!? 隊長格の貴様が、何故ここに!?」
「あらあら、掟を破ってあの方を誘おうとしたのは、貴方達でしょうに」
外天と呼ばれた女が、クスクスと優雅に笑う。
その場には3人の女性が居る。
2人の女性と外天という女性が対立していた。
穏やかな口調とは裏腹に、高まって行く緊迫感。
優しげな笑顔を浮かべる外天。
しかしそんな表情とは裏腹に、スラリと無骨な木刀を掲げた。
「さあ、これから先は剣で語りましょう」
「……舐めるなよ!」
「返り討ちにしてやんよ!」
「うふふ」
気勢を上げる2人組み。
そんな2人を前にして、不気味に笑う外天。
そして始まる謎のバトル。
……見なかった事にしよう。
僕はそろりそろりと後ずさりした。
空には満天の星が輝いている。
そう言えば流星群が見えるんだっけ?
そんな話を思い出す僕の目の前で、一筋の星が堕ちた。
「1撃、2撃、3撃……うふふ、どこまで耐えられますかね?」
「うわああああああああ!!」
「か、加奈子ー!!」
後ろから響いてくる剣戟の音を聞きながら。
僕は流れる星だけを見つめていた。