55日目 ラブレターの届く速さは秒速何センチ?
「目にも止まらない速さってあるじゃん?」
いつもの部屋の中。
便箋に文章を書き綴っている僕に、先輩が言ってくる。
「どのくらいの速さなんだろう?」
アゴに手を当てて悩む先輩。
僕はシャーペンを机に置くと、とりあえず思いつく物を挙げてみた。
「野球の速球くらいじゃないですか?」
「え~? でも打ってるじゃん」
「あれ、球を見てからじゃ打てないらしいですよ」
「マジで!? それってどうゆう事!?」
何やら驚いている先輩。
そんな先輩に、僕はうろ覚えの知識を披露する。
「長年の勘とか経験で打ってるとか……」
「エスパー!? 野球選手って超能力者なの!?」
目をキラキラと輝かせる先輩。
いや、それは違うでしょう。
そう苦笑しかけて僕は押し黙った。
……案外、先輩の説は合ってるんじゃないか?
何万人もの選手の中から選ばれた、一握りのプロ野球選手である。
超能力の1つや2つ持っていてもおかしく無い。
いやむしろ、それぐらいじゃ無いとプロにはなれないんだろう。
厳しい世界である。
選ばれた能力者によるプロの世界を想像する僕。
そんな僕に話しかけてくる人が居た。冷蔵子さんである。
読みかけの本から目を離すと、僕に視線を向けながら薄桃色の唇を開いた。
「あなたって野球が好きなのかしら?」
「いや、全然」
冷蔵子さんの質問に僕は即答する。
野球なんて好きじゃ無い。
そんな僕を冷蔵子さんはジト目で見返した。
ははーん、この前の事を考えてるな?
ちょっと前に彼女と野球をやったのだ。
しかしそれは、ホウキをバット代わりにしたお遊びである。
僕は苦笑しながらその事を言った。
「ホウキでやる野球なんて、ある意味野球じゃないよ」
そんな僕の言葉に、先輩が「はいはーい」と手を上げながら指摘してきた。
「野球じゃなくてクリケットって奴でしょ?」
「意味分かって言ってます!?」
確かに野球とクリケットは似て非なるスポーツだけど、今は関係無い!
謎の思考回路の先輩に、僕は翻弄されっ放しだ。
「あれ~?」と頬を掻く先輩をジト目で見ながら、僕はヤレヤレと肩を竦めた。
一方、冷蔵子さんは早くもこの話題に飽きたらしい。
僕の手元に広がる便箋を見ながら別の質問をしてきた。
「そう言えばさっきから何を書いているのかしら?」
「え? これ?」
僕の手によりビッシリと文字で埋め尽くされた便箋。
僕はそれを摘むと、何となくヒラヒラと振ってみせた。
「ただのラブレターだよ」
ガタッと音を立てて冷蔵子さんが席から立ち上がる。
ツカツカと音を立てながら、無言で僕の前まで歩いて来た。
「ちょっと見せなさい」
言うが早いか、僕の手からラブレターをひったくる冷蔵子さん。
唖然とする僕の前で一気にラブレターに目を通していく。
そして最後まで読み終えると、視線をラブレターから動かさないまま言って来た。
「……1つ聞いてもいいかしら?」
「何?」
「このラブレター、なんで女の子の言葉遣いで書かれているのかしら?」
冷蔵子さんの呟きに興味を惹かれたのだろうか?
先輩もテクテクとこちらに寄ってくると、冷蔵子さんの手からラブレターを奪い取った。
「どれどれ」
呟きながら、僕の書いたラブレターに目を通していく先輩。
最後まで読み終わった先輩は、沈痛な表情を僕に向けて言った。
「……少年、もしかして自分に宛ててラブレターを書いたの?」
「えっ!? なんでそういう話になるんですか!?」
どうして自分宛にラブレターを書くんだ!?
先輩の謎の思考回路に、僕は本気で驚いていた。
しかしそんな僕を糾弾するかの如く、先輩は叫んだ。
「だっておかしいよ! これ、女の子に宛てて書かれてないじゃん!」
「そうね。まるで自分宛のラブレターを偽造しているかのような……」
先輩に賛同するかのように冷蔵子さんが言う。
じ、自分宛のラブレターの偽造?
考えるだけで悲しくなるような行為である。
しかし冷蔵子さんは、まるでそれが答えだと言わんばかりに追及の声を上げた。
「あなた……そんなにラブレターが欲しかったの?」
不味い。何故だか分からないが、このままでは自分宛のラブレターを偽造する悲しい男にされてしまう。
そうなる前にと、僕は女言葉でラブレターを書いた理由を説明した。
「違うよ! これは友達に送るために書いてんの!」
「お、男の子が好きだったの!?」
「いやそういう趣味でも無いですけど!」
訳の分からない内にそういう趣味にされそうになる僕。
先輩に絶叫しながら反論した後、2人にも分かるように説明した。
「ただのドッキリですよ! ちょっと友達を驚かせてやろうと思って」
ようやく合点がいったらしい先輩と冷蔵子さん。
すごすごと自分のイスに戻ると、つまらなさそうに感想を呟いた。
「ふーん。なんだぁ、そっかー」
「……悪趣味ね」
悪趣味で悪かったな。
ようやくあらぬ疑いが晴れた僕は、胸を撫で下ろしていた。
そんな僕に先輩は聞いてきた。
「それで、ドッキリした後は何て言うの?」
「えっ?」
「その友達がラブレターが偽物だって気付いた時、何て言うのって事だよ」
ああそういう事か。
ドッキリと言えば、ネタばらししながら相手の反応を楽しむものだ。
しかし僕がやろうとしている事は少し違う。
困惑気味な先輩に対し、僕は何でも無い事のように答えた。
「別に何も言いませんよ?」
「ええっ!?」
驚く先輩。
そんな先輩に対し、僕は清々しい表情になりながら言った。
「ただ無意味に騙すだけです。ネタばらしとかしませんし」
「それ、ドッキリって言うのかしら?」
腕組みして疑問の声を上げる冷蔵子さん。
そんな彼女に、僕は言い訳するように言った。
「いや、最初は後でネタばらしするつもりだったんだ」
そこで一端言葉を切ると、手元のお手製ラブレターを再び摘み上げる。
僕は2人に向かってラブレターを掲げながら言った。
「妙に上手く文章が書けちゃってさ。これならもう本物と言ってもいいんじゃないかなーって……」
えへへ、と誤魔化すように照れ笑いを浮かべながら僕は言った。
そんな僕を呆れ顔で見ながら、冷蔵子さんが冷たく突っ込みを入れて来た。
「どういう理屈よ?」
そう言われると耳が痛い。
ポリポリと頬を掻きながら、僕は真顔に戻って言った。
「もう3回くらいやってるんだけど、偽物だって事に全然気付かないんだよね」
「3回もやってんの!?」
驚いた顔をする先輩。
「それって絶対悪趣味よ」と指摘する冷蔵子さんの言葉に、僕は苦笑いを浮かべるのだった。




