33日目 決戦! その一瞬に火花を散らし
「さあ少年! 準備は出来たかな?」
「うぃ~っす。ばっちこーい!」
長閑な公園の一角。
そこに僕と先輩は居た。ジャージ姿で。
「しかし今日はスポーツチャンバラですか。先輩にしてはまともですね」
「たまたまエアーソードが手に入ってね。せっかくだから試してみようかな~って」
僕と先輩は、先輩考案のへんてこスポーツや、一風変わったスポーツを定期的に遊んでいる。
先輩が考案したスポーツは、1回で封印された物や3回目辺りで石像を破壊した物とか、中々危険な物が多い。
今回はスポーツチャンバラ。
それはチャンバラごっこを公式化した珍スポーツである。
空気を入れた柔らかい剣で打ち合うという、子供でも安心して楽しめる物だ。
ウニが突き刺さるバトミントンを考案した先輩とは思えないほど、今日のスポーツはまともだ。
スッと、先輩がエアーソードを構える。
正眼の構え。剣先が重力に負けてわずかに垂れ下がる。
……うん、安心だ! これなら当たっても痛くないでしょ。
ツンとした空気が辺りに満ちる。
静寂と殺気。相反する2つの気配が、空間を支配していく。
先輩は正眼に構えた剣を、少し斜めに傾けた。
まるで1本の柱になったかのように背筋を伸ばしながら、悠然と構えている。
それに対し、僕は少し猫背気味になりながら腰を落とした構えだ。
ジリジリと靴底の位置を変える。
相手に打ち込む為の的確な位置は刻々と変わり、僕はそれを無言で探り続けた。
先輩は動かない。泰然自若とした先輩の立ち姿が、何故かいつもより大きく見える。
一筋の汗が、僕のこめかみを流れた。
目の前に先輩が迫っていた。
「――――――――!!」
一体いつ動いたのか。
先輩の接近に全く気付けなかった僕は、愕然とした。
もはや先輩の射程に捉えられているだろう僕は、避けることだけを考える。
先輩の剣はどこだ――見えない! 先輩の剣が見えないよ!? ナニコレどんな奥義!?
一切――受ける事も何も考えず、僕は大きく飛び退いた。
見えない位置から振り下ろされた先輩の剣が、僕の腕を掠っていく。
ぶわっと全身の気が総毛立つような恐怖を感じながら、僕は後ずさった。
追撃する気は無いのだろう。先輩は再び正眼の構えに戻っている。
「今の一撃を避けるとは……やるわね!」
「ちょ、何ですか今の! 剣が見えなかったんですけど!」
「ふふ。剣の極意とは――剣の陰となり、剣と1つになることよ!」
エアーソードと融合を果たそうとする先輩。
何て恐ろしい人なんだ、僕は改めて先輩に恐怖を感じる。
ふと違和感に気付いた僕は、先輩の剣が掠った所を見た。
薄皮が切れ、血が流れていた。
「お……おおおおおおお!?」
安全じゃない!
全然安全じゃないよこれ!
「た、タイム!」
大慌てでタイムを叫ぶ僕。
このまま試合を続けると、僕の体がどうなるか分らない!
ほえ? と言った表情で構えを崩す先輩に、僕は切れた腕を見せた。
「ヤバイっすよ、僕の腕切れてるじゃないですか」
「あれぇ? どっかで転んだの? 間抜けだな~」
「先輩に斬られたんですよ! さっきの一撃で!」
「うぷぷ。こんな剣で切れるわけないじゃんバカだなあ」
エアーソードの先端をぷにぷに押しながら先輩が言う。
ぐぬぬ。
その言い方だと、まるで僕の肌がデリケートなだけみたいじゃないか!
全く僕の話を信じない先輩に、僕は悔しさをこめて拳を握り締めた。
「いいですよ! なら尋常に勝負です!」
悔しさからヤケクソになった僕は声高に叫んだ。
やってやろうじゃないか! 僕の肌は弱くない!
エアソードで人体を斬る天外魔境ガールが、僕の前で静かに剣を構える。
……隙が無い! 僕が勝つ未来が全く想像できない!
ちくしょう、何で僕はこんな化物相手に戦っているんだ!?
後悔先に立たず、か。僕は緊張に高鳴る心臓を誤魔化すように剣を構えた。
凛とした空気が静かに広がっていく。
後悔と絶望。連続する感情が、僕を支配していく。
――負ける。
負けるというか、折れる。僕の骨が。
確信にも似た思いが脳裏に広がる。
ジリジリと後ずさる僕の足。
くっ、知らず知らずの内に体が逃げようとする!
僕は知っている。逃げようとして体が泳ぐ瞬間こそ、もっとも危険なのだと。
だから必死に自制心を掻き集め、僕はその場に踏み止まった。
先輩はじっと構えている。
何の恐れも無い瞳。
その場の静寂を破るように、先輩が淡い色の唇を開いた。
「いくよ」
その短い一言から始まった瞬間は、僕にはとてつもなく長い物となった。
コマ落としのような速さで先輩が僕に迫る。
その剣は――やはり、見えない。
だが僕は確信している。先輩は必ず致命打を放ってくるだろう。
直感だ。直感を信じろ――!
見えない剣を避ける為、僕は五感を研ぎ澄ませる。
……あれ? そう言えばこの前、直感を信じたけど外れたなあ。
この土壇場になって僕はそれを思い出してしまった。
「うおりゃあぁぁ!!」
僕は咄嗟に剣を手放し、先輩の足元にタックルを仕掛けた。
幸いな事に、先輩は打ち下ろしでは無く剣を薙いで来たようだ。
身を屈めた僕の上を、先輩の放った鋭い剣閃が通り抜けた。
「うわぁ! 反則! 反則だよ!」
「折られたくないんだ! 僕はあああ!!」
足を取られ転倒する先輩と、泣きながら先輩の足にしがみ付く僕。
決死の攻防が始まった瞬間だった。