冷蔵子さん記念日【後編】
「ねえ……あれ、何かしら?」
「えっ?」
偶然にも街角で冷蔵子さんと出会った僕。
先輩が考案した新競技『ウニでバトミントン』の話から、何故か一緒に公園に行く事に。
まだ口元にアンミツのクリーム付けてやんのww
とニヤニヤしながら冷蔵子さんを見ていた僕だったが、事態は思わぬ方向に転がり出した。
「なっ!? あれはまさか!?」
冷蔵子さんの指差す方を見た僕は、公園の中央で磔にされた人を発見した。
その顔に見覚えは――ある!
大阪さん。かつてとある組織を相手に共に戦った仲であり、それ以上の関係では無い。
断じてそれ以上の関係では無い。
っていうか、公園で磔にされてる人と知り合いとか嫌だな……。他人のフリしようか?
何て事を一瞬思った僕だったが、気を取り直して大阪さんに近付く。
休日に磔にされるなんて、どんなはしゃぎ方してんだよ?
さすがに寒いと思う域のはしゃぎ方だが、知り合いとしてツッコミだけは入れてあげるか。
ゆっくりと大阪さんに近付いていく僕。
冷蔵子さんは少し躊躇うように、僕の後ろに隠れている。
「坊主か……」
僕に気が付いた大阪さんが、縛られた姿のまま力なく声をかけてくる。
見れば見るほど磔だ。
この人、公共の場所で一体何をやってんだ……?
そんな気持ちを込めつつ、僕は大阪さんに言葉をかけた。
「大阪さん、はしゃぎ過ぎですよ」
「はしゃいどるわけや無いわドアホウ!」
やたら元気いっぱいに反論してくる大阪さんだった。
とりあえず縄を解いてあげる。
大阪さんは首をコキコキ鳴らすと、感覚を確かめるように腕をグルングルンと回した。
縛られている間に固まった体をほぐしているのだろう。
やがて柔軟体操を終えた大阪さんは、僕の方を向いて言った。
「なんや坊主、女連れか?」
開口一番がこれである。
もっとこう、他に何か言う事があるでしょ? と思わなくも無い。縄をほどいてあげたお礼とか。
だけど深く事情を聞くのは何だか危険な気がするので、僕は大阪さんの話題に乗る事にした。
「ええ。彼女は僕にとってのアンミツ姫です」
アンミツ姫? と怪訝な表情をする大阪さん。
口元にアンミツのクリームを付けたお姫さま。つまりアンミツ姫だ。
しかし詳しく説明すると、後で冷蔵子さんに睨まれそうなので止めておいた。
「坊主はデートかいな。まあ、ここは結構雰囲気ええからな」
「いや、デートとは違いますよ」
「ははっ。そないに隠さんでもええやないか」
そういって朗らかに笑う大阪さん。
もちろん僕と冷蔵子さんはそういう関係では無いが、仮にそういう関係だったとしよう。
公園で磔にされた人なんか見た日には、甘い雰囲気なんて粉微塵だ。
淡いデートの思い出が、ヤバイ大阪さんの思い出に塗り潰されるだろう。大阪ワールドは確実に成長している。
これ以上混沌とした世界に居たく無かったので、僕は早々と引き上げる事にした。
そっと冷蔵子さんの手を取ると、冷蔵子さんが驚いたように僕の顔を見た。
ちょっと我慢しててね、冷蔵子さん。
大阪ワールドからの離脱はタイミングが重要だ。僕ら2人の足並みを揃える必要がある。
(合図を出したら一緒に走って)
僕は冷蔵子さんにそっと耳打ちした。
「じゃあそういう事で」
僕がそう切り出すと、大阪さんは何故か得意気な表情で言ってきた。
「まあ待てや。何で俺が磔にされてたか知りたいやろ?」
「いや、マジで興味ないです。ほんと勘弁して下さい」
「ええっ!? 予想外の返事やな!! なんや、傷付くわほんま~」
大阪さんが天を仰ぐ。
……今だ!!
そこに隙を見出した僕は、咄嗟に冷蔵子さんに合図を出した。
「レッツゴーいえい!」
「ちょ、何よその合図!?」
「おい坊主!? カムバックや! カムバックリターンや!!」
疑問の声を上げる冷蔵子さん。
物凄く事情を説明したい様子の大阪さん。
様々なものを台無しにしながら、僕らは大阪ワールドを離脱した。
ぜー、ぜーと息を切らしながら。
僕と冷蔵子さんは、公園にある高台に来ていた。
見晴らしの素晴らしい所ではあるけれど、前衛的な石像があるために人気は今一つのスポットだ。
元々奇抜な形をした石像だったけど、先輩がうっかり破壊して適当に直した為、なお不思議な形になった。
ちなみに修復作業は僕も手伝っている。
瞬間接着剤の扱いがあれほど厄介だとは知らなかった。
「ねえ」
息を整えた冷蔵子さんが、言い辛そうに何かを訴えてくる。
その視線の先には、冷蔵子さんの手を握る僕の手があった。
「ああ、ごめんごめん」
その事に気付いた僕は、慌てて冷蔵子さんの手を離す。
しばし、気まずい時間が流れる。
お互い何となく顔を合わせられず、そっと視線を逸らす。
しかし何より気まずいのは、視線を逸らした先に例の石像がある事だ。
色んな意味で気まずい。
直す時に手と足を間違えてくっつけた気がする。
今まで気のせいだと誤魔化してきたけど、これはやはり――。
「1つ聞いてもいい?」
キラーパスのような冷蔵子さんの声。
思考に没頭しかけていた僕は、慌てて返事をする。
「え、え、え、ななな何かな!?」
「……どうして、そんなに慌てているのかしら?」
胡乱な目で僕を見る冷蔵子さん。
そんな冷蔵子さんの冷たい視線に耐えつつ、僕は彼女の質問を待った。
風が、冷蔵子さんの髪をそよがせる。
彼女にしては珍しく、何か戸惑っているようだった。
何度も言い出しかけては、口を止める。
やがて意を決したように、瞳に強い目力を込めながら言って来た。
「2つ、聞いてもいいかしら?」
「……ど、どうぞ」
質問が2つに増えた。
それ、そんなに言い出し辛い事かなぁ?
質問くらい、3つだろうが4つだろうが普通に答えるけど。
なんて考えている僕に対し、会話のファンタジスタである冷蔵子さんは無造作にキラーパスを放ってきた。
「レッツゴーいえいって、どういう意味かしら?」
…………。
それには答え辛いなぁ……。
正直意味なんて無いし。
やるなあ、冷蔵子さん。
「意味なんて無い、考えるな感じろ!」
とか言うと、すごく馬鹿にされそうな気がする。
「あなた、バカなの?」って言われそうな予感がする。
正直答えたくない!
「その質問は……パスってことで!」
「パス!?」
「質問が急に2つになったんだし、1つくらいパスする権利があっても良いはずさ!」
屁理屈でパス権を主張する僕。
後には引けない。引けばバカにされる。
そんな僕に対し、冷蔵子さんは口をごにょごにょさせた。何だか不満そうである。
しかし結局は折れてくれた。
「まあ、いいわ……。じゃあ次の質問には、きちんと答えてもらえるのでしょうね?」
「OK。さあ来いどんと来い!」
パス権が通って安堵する僕。
逆に冷蔵子さんは少し怒っている感じだ。少し顔が赤い。
こうなった以上、次の質問には答えざるを得ない。
固唾を飲んで待つ僕に対し、冷蔵子さんは次なる質問を出した――!
「じゃ、じゃあ。あなたにとってのアンミツ姫って、どういう意味かしら?」
…………。
それには答えられないなぁ……。
「君の口元にアンミツのクリームが付いてたからさ! うぷぷ!」
何て言った日には、僕は冷たい土の中に埋められかねない。
やるなあ、アンミツ姫。見事に僕は追い詰められている。
アンミツ姫の疑問に答えるために、さてどんな作り話をしようか。
僕は頭をフル回転させ始めた。