16日目 誰よりも大切なアナタ
「大切な物ってね、失われて初めて分るらしいよ」
「そう、ですか……」
切ない表情を浮かべる先輩を、僕は直視しなかった。
そっと視線を下げる。そんな態度が、先輩を苦しめるのだと分かっていた。
分っていて、僕はやっているのだ。
酷い男だと、自嘲する。
改めて先輩を見やる。
何かに怯えるように竦められた肩。震える睫。
いつもは勝気なだけに、余計に儚く華奢な印象を与えられる。
「ねえ、聞いて。私にも少しは悪い所があったと思う」
「少し?」
僕は平坦な口調で問い返した。
それは先輩には、怒りを押し隠した声に聞こえたかもしれない。
だがそれは間違いだ。僕の心は凪のように穏やかだ。
凪いでしまった心というのも、寂しい物であるのかもしれないが。
「だって……!」
先輩は追い詰められたように、悲鳴のような声を上げる。
瞳から涙がこぼれ落ちた。
「だって! 君が、私を見てくれないから!」
シン……と部屋の中が静まり返る。
「だから先輩は、僕のマグカップを使ってジャグリングなんてしたんですね?」
「うん。」
「そして見事に失敗して、マグカップを粉々にした、と」
「いけると思ったんだけどねー。てへへ」
苦笑いを浮かべる先輩に呆れつつ、僕は当然の疑問を口にした。
「いきなり大道芸なんて無茶でしょ。むしろ、何でいけると思ったんですか?」
「小学生の時、お手玉の王と呼ばれてたし!」
即答する先輩。
お手玉を上手くしようと思えば、結構な手先の器用さが必要となる。
僕は、先輩はそういう器用さとは無縁だと思い込んでいた。
だから素直に驚いた。
「意外ですね。同時に何個くらいお手玉を扱えたんですか?」
「2個くらい」
おおっそれは!……普通の数だ。
あれー? お手玉で凄いって言ったら、4個とか5個とか扱える人じゃないですかー?
そこで僕は思ったままの事を口にした。
「それで王とは呼ばれないでしょ。まんま素人レベルじゃないですか」
しかし先輩はまるで問題ない、という表情を浮かべる。
そして得意顔で、諭すように僕に言った。
「ちっちっち、数では無いんだよ数では。問題は質だよ」
「質?」
「私がお手玉してたのはボーリングの球だから」
「!?」
今度から先輩の事は、心の中でゴリラの王と呼ぶ事にしよう。
そう思った午後の一時だった。