伯爵夫人の闇
◇キャサリーヌ伯爵夫人視点◇
夫の部屋から笑顔で退出して来たシュリーを見た瞬間、嫌な記憶が蘇った。
アッシュグレイの揺れる髪。
それはシュリーが夫から譲り受けたもの。
ブロンドに比べれば地味だけれど、どんな髪型にしても上品にまとまると、姑は言い張った。
『貴族は品格が大事なのよ』
そう言って、わたくしの手の甲をピシりと叩く夫の母のことは、初めから嫌いだった。
追い打ちをかけるかのように、姑は、わたくしに世継ぎを産む重圧をかけた。
アッシュグレイの髪を、一本の毛筋の乱れもなくアップにした姑を見ると、私は息をするのが苦しくなり、心臓のドキドキが止まらなくなった。
「気にするな」
夫は能天気に言う。
それにもイラッとした。
あなたは、わたくしの父から毎日毎日、男性の機能が正常かどうか聞かれても、気にしないのね……。
ようやく授かったモニクは、わたくしにそっくりな髪と目をした美しい娘だった。
愛しい我が娘。
夫も顔が綻んで、ベタベタとモニクを可愛がる。
「まあ、最初は女の子でもいいわね」
姑は不満そうだったが、それ以上何も言わなかった。
初めての育児は、乳母や侍女の手を借りながら、つつがなく進んだ。
わたくしは心身ともに充実した日々を送った。
数年後、再び妊娠した。
今度こそは嫡男を、跡取りをと、姑だけではなく、誰もが期待した。
一番期待したのは、わたくしだったのかもしれない。
だが、いつでも重くなった期待はというものは、軽くパチンと弾けてしまう。
二番目の子も、女だった。
しかも、わたくしとは違う、アッシュグレイの髪を持つ娘。
生まれた季節が冬だったからなのか、二番目のシュリーは体が弱かった。
いつも鼻がぐすぐすしていて、よく熱も出した。
モニクと全然違う。
髪も、元気さも違うわ!
シュリーの育児は、全部乳母に任せた。
どうせ、長生き出来ないだろうし、変に情なんてかけたら、お互いに不幸だわ。
「あらあら、こんなに目ヤニが出て、可哀そうだわね」
あれだけ後継ぎの男子に執着していた姑が、なぜかシュリーの面倒を見始めた。
どうやら、自分に似た髪色を受け継いだシュリーに、愛情が湧いたみたい……。
わたくしはイラつく。
可愛いモニクのことなど、抱いたことなどない姑が、あんなハズレ娘のシュリーを可愛がるなんて!
理不尽だと思った。
成長するにつれて、どんどん美人度が上がるモニクに比べて、一番可愛い盛りの年齢になっても、灰色の髪がぐしゃぐしゃして、ヨタヨタ歩くシュリー。
「シュリーは良い子だ」
わたくしの葛藤など、全く気付かない夫は、モニクと同じようにシュリーも可愛がる。
シュリーが道端のありふれた花を、夫に手渡したそうだ。
発語もモニクより、ずっと遅いシュリーのモジモジした姿が、可愛いのだと言う。
バカらしい。
わたくしだけが手をかけているモニクが更に美しくなり、王族にでも見染められたら、きっとあなたたちは後悔するはずよ。
もっと、モニクを可愛がっていれば良かったって。
モニクには七歳から家庭教師を付けて、お勉強をさせた。王族はともかく、貴族の子女の外見は大切だ。でもあまりにアホっぽいと、下位貴族くらいしか見染めてくれないのだ。
シュリーが羨ましそうに、モニクの勉強する姿を眺めていたので、わたくしは言った。
「モニクお姉さまは、賢いし美しいでしょう? ステキな殿方をお婿さんに迎えるために、お勉強はたくさん必要なの」
「じゃ、じゃあ、わたしは?」
わたくしは唇をすうっと横に広げ、シュリーに言い聞かす。
「シュリーは適当な相手を見つけたら、この家から出ていくの。だから、お勉強なんて、しても無駄よ」
我ながら冷たい声だった。
目の端に薄っすらと涙を浮かべたシュリーを見て、わたくしはスッキリしたのだ。
そして三番目の娘、ケミファが生まれた。
モニクと同で、わたくしとよく似ている。
これが最後の子どもかと思うと、性別に関係なく無条件で可愛いと思えた。
モニクとケミファには、最高のパートナーを見つけてあげましょう。
シュリーの相手は、家格が合えば良いわよね。
どうせ、ウチから出ていく娘ですもの。
こういう母って、本当にいるとは思いたくないけど……。
思いたくないのだが……。
次話は明るい話に戻り(?)ます。多分。