第61節 騎士見習いシャルロッテの一日
すこし残虐な表現があります。
苦手な方は、飛ばしてください。
シャルロッテの午前中のお稽古がメインです。
シャルロッテの一日の始まりは早い。
一応従者なので、アグネスの世話をしなくてはならないのだが、姉からは体よく断わられている。侍女アンナがいて、アンナに世話をされるのに、姉の世話をしていたら、アンナが必要なくなってしまうというのもある。
シャルロッテとしては、早く一人前になりたい。しかし、宮宰の娘であるが故の束縛も多い。父上からは、冬になるまでは、砦にいてもよいと言われており、それまでに、一定の成果なり、成長を遂げなければならない。
冬は、雪が結構深くなるため、城塞都市や帝国からの馬車の便がほぼ無くなるといってよい。魔物も極端に少なくなる。冬眠しているのではないかというものもいるが、シャルロッテは、寒いから暖炉の前から動けなくなっているだけじゃないのかと思っている。父上は冬は城塞都市に戻れというお考えだ。
オットー卿は、剣の師範として、ベルタをつけてくれた。ベルタは砦の役人だ。傭兵あがりで、刑吏として採用されたらしい。シャルロッテとしては、オットー卿やレオン卿が相手をしてくれると思っていたので、不満だ。
ベルタが砦の刑吏といっても、実質的な仕事は、今はない。罪を犯し、収監されるものが少ないからだろう。
シャルロッテの今までの剣の技は、父レオポルトが見ていてくれた。自分ではそれなりに腕が立つと思っている。父上からも筋がよいと誉められているからだ。
砦についた次の日からベルタの稽古が始まった。剣の稽古ということで、張り切っていたシャルロッテだが、初日は座学だった。
「ベルタ先生、実戦的な稽古をしてくださると思っていましたのよ・・・」
城塞都市では、こういえば、すぐに察して、授業内容を変えてくれるような教師ばかりだった。ここでは変わらないようだ。
「シャルロッテ様、まずは、知識を身につけませんと、生き延びることができませんよ」
「でも、知識だけで戦うことはできないと思います」
「うふふ、わかりました。お姫様かと思いきや、結構そうでもないんですね。私たちに与えられている時間を半分半分にしましょう。まずは座学をご辛抱くださいませ」
シャルロッテは、城塞都市なら全て意見のままになるのにと思いながら、一応交渉の成果を評価していた。座学もつまらなかったら、オットー様に言おうと決めていた。
「シャルロッテ様、人間の急所はご存じですよね」
「はい、首かと存じます」
「その通りです。さすがですね。では首のどこを差せば確実に、そして短時間に、人は死ぬでしょうか」
シャルロッテは漠然と首としか思っていなかったので、質問に即答できなかった。
「シャルロッテ様、ご自身の首に指をあててみてください。脈を感じることができますでしょう?そこが血の通り道です。相手を倒すことだけでなく、自分の身を守るためにも、そこを差されないように躱す必要があります。首を刺されながらも、その場所が致命的でなければ、相手を攻撃することもできます」
シャルロッテは賢い子だった。このベルタは、自分の視点を変えてくれるいい教師だと感じた。今までは倒すことしか考えてなかったが、倒されることだってありうるし、その時に生き延びる知識は重要だ。この授業は面白いかもしれないわ。
ベルタは、手ごたえを感じていた。やはり、アグネス様の妹君ね。しっかりと意見は言うけど、素直だし、教え甲斐がありそうだと思った。
「最初に、申し上げておきますが、私の砦での一番重要な仕事は何だと思いますか?」
シャルロッテは、バカなこと訊くなと思った。
「牢屋の番人ですよね?」
「はい、その通りですが、それは、あまり重要でありません。牢に入れないように、犯罪を抑止する政策をとっていますからね」
なんだろう。それ以外に仕事なんてあるのかな・・・
「シャルロッテ様、牢屋に入れられるものに対する刑罰はご存じですか?」
「はい、死罪か、鞭打ちか、追放とかですか?」
「そうですね・・・ここ砦では追放は死を意味しますけど・・・死刑にもいくつか方法があります。一番軽い死刑はなんだと思いますか?」
シャルロッテは悩んだ。死ぬのに軽いも重いもあるのだろうか・・・わからない。
「想像がつきませぬわ・・・」
「そうですよね。私もそうでした。でも、前もって言っておきたかったのですが、私の一番重要な仕事は、刑の執行です。私は首切り役人なんです」
シャルロッテはぎくりとした。首切り役人という仕事を、こんな女性がするなんて・・・自分のイメージでは、むきむきのマッチョで、上半身裸の原始人みたいな髭だらけの男が、斧でドンっという感じだったのだけど。
「シャルロッテ様、私もできればこんな仕事はしたくありません。私には、あなた様と同じくらいの娘がいます。娘とは別れて暮らしておりますが、娘には私の仕事は見せたくありません。しかし、私は働かないと食べていけませんし、娘に少ないながらも送金してやらねばなりません。この仕事をするものは、忌み嫌われます。でも、誰かがやらなければならないし、やるからには、罪びとを、楽に地獄に送ってやらなければならないのです」
シャルロッテは、衝撃を受けていた。城塞都市の自分の周りで、死刑なんてない。あったとしても見る機会はない。またそういう話も教えてもらえない。しかし、これがリアルなんだ・・・ベルタに同情していた。生きるために殺すという辛さ・・・なんといっていいのか分からなかった。
複雑な表情をしているシャルロッテを見て、ベルタはすこし時間を置いた。
「シャルロッテ様、斬首が一番いいんですよ。それもスパッと切れる切れ味のよい剣が一番痛くないようです。まぁ、切られた人に聴いたわけではないですけど・・・」
シャルロッテは、すこし笑った。すこし明るくなったシャルロッテを見てベルタは安心した。
「以前、下の街で、処刑を見たことがありました。まだ私が小さなころですけど。その時は役人の手元が狂って外れたものですから、処刑される人がひどく苦しんで、見ていてつらかったですよ」
「それで、どうなったんですか?」
「一度失敗すると血糊とかで滑るので、もっと落とせなくなるんですね。その場にいた騎士がみかねて、前から首を差して、処刑しました」
シャルロッテは、よかったと思った。苦しいのは酷いもの。極悪人なら苦しんでも仕方ないけど」
「というわけで、切る時はスパッと一発でやらないとダメなんですよ。まぁ最近は仕事がないので、ほっとしているんですけどね。さて、半分くらい過ぎましたね。実技にしますか?」
シャルロッテは頷いた。そして二人は砦の中庭に出てきた。城壁にいる歩哨兵が一斉に視線を送ってくる。ベルタは、視線を気にして、砦の南側にシャルロッテを案内した。
「砦は狭いでしょう?外野は少ない方がいいので、ここでお稽古しましょう」
城壁と砦の城部分の間には、仮小屋があるだけで、5メートルぐらいの幅がある。ここだと、南側の城壁にいる歩哨兵が、数人いるだけだ。しかし、城壁に沿って建てられている仮小屋の屋根のせいで殆ど見ることができない。
ベルタは、仮小屋の中から、木刀と木の盾を2セット持ってきた。使いこまれたもので、おそらく兵士たちの訓練用なのだろうとシャルロッテは思った。
「まずは、これでお稽古します。実戦では、相手は色々な武器を使います。ただ、騎士のとの戦いでは、大抵、この組み合わせです。盾は小さなバックラーです。レオポルト様は、もっと小さな盾をお使いになられると聴いていますが、どうですか?」
「はい、よくお鍋の蓋みたいな小さな丸いのを使いますよ。完全武装の時は違うようですけど」
「そうでしょうね。小さい盾のいいところは、自分の剣の軌道を妨げにくいということです。いろんな角度で、軌道で剣を振り払うことができます。しかし、目がよくないと、相手の剣を受け損なうので、難しいところです。宮宰様は手練れですからね。おそらく小さい盾だけではなく、短剣を左に持つ技術もすごいものがあるのでしょうね。一度見たいものです」ベルタは剣士として、レオポルトを尊敬しているように思える。そのことがシャルロッテには嬉しかった。
ということで、お稽古が始まった。まずは盾の持ち方からだ。裏面に何本かある、革ベルトのそれぞれの使い方から習った。
「まずは、打ち込んでください。どのように盾で防ぐかをみてくださいね」
シャルロッテの打ち込む剣は悉くベルタの盾で防がれた。
「同じ打ち込まれ方でも、次に自分がどうするかによって、防ぎ方が違います。
剣相手の場合は、直接どんっと受けてもいいですが、相手が斧の場合は力を逃がす方向に滑らすことが重要ですよ・・・盾の損傷を減らさないと、戦の途中で盾が壊れますし、レオン様のような怪力の攻撃をもろに受けると、それだけで、体にダメージが蓄積されますからね。戦いは果てしなく続くものとお考えください。最後まで戦う耐力が重要です」
それからは、盾の使い方を集中的に習った。受け止める場合、受け流す場合、そして、受ける振りをして受けずに、回転して剣で攻撃するやり方などを何度も練習した。
「型というものの反復練習は重要です。体に馴染むまでやらなければなりませんが、それだけでは、必ず敗れます。一番大事なものは何だと思いますか?」
シャルロッテは少し考えて答えた。
「怯まない心ですか?」
「そうですね。それが大前提です。でも、もっと大切なのは・・・ここです」
そういってベルタは自分のこめかみを指でさした。
「考え、判断し、行動するための頭脳です。今は一対一ですが、複数人に囲まれることだってあります。そんな時に、周囲の状況を的確につかみ、焦ることなく行動できるかどうかで、生き残れる確率が変わります。
複数を相手にするなら、狭い路地のようなところに逃げ、一対一で対応するとか・・・戦いながら、戦場の観察を怠ってはいけません。特に足元の情報は重量です。石に躓いて死んだものは数多くいます。青手は隙を見逃してくれませんからね。
また、相手は、剣だけとは限りません。斧だったり、ポールアームだったり、槍だったり。更に、どこから矢が飛んでくるかもしれませんしね・・・鎖帷子では矢は防げません。大きな盾は、矢を防ぐのに有利ですよ。ただ、矢が沢山刺さったままですと、特に女性の場合、体力に影響がでます。要注意です」
シャルロッテはスポンジのようになっていた。吸収することが大量にあるのだ。今日この短い稽古だけでも、砦に来てよかったと思った。オットー卿の慧眼に、参っていた。父上が重用するからには、理由があると思っていたが、さっきの不満は消えていた。
「さぁ、では、お昼ご飯にしましょう」鐘が鳴ったことに気づかないぐらい集中していた自分に驚くシャルロッテだった。
いかがでしたか。
女刑吏で、処刑人のベルタさん、怖いですよね。
明日は、シャルロッテ様の午後の行事です。
宜しくお願いします。




