第57節 荷車回収
皆さんは、覚えていらっしゃいますか。
下の街から悪者君たちが乗ってきた荷車です。
皆で探しにいくことになりました。
シャルロッテ様が、父レオポルト様と、結界馬車にのって、名残惜しそうに砦を後にした次の日。
その日は、朝から天気が良かった。まだ6月だから、朝吐く息は白かったりするが。
カールは、集合場所の第2門にすこし早めに来ていた。既に盾職の二人、クレメンスとコンラートが来て、ぼーっと立っている。まるで彫像のようだな。今日は、下の街から結界馬車に連結して回送しながらも。途中で紛失してしまった、砦の荷車を回収にいくのだ。
回収といっても、魔物が多い峠道だ。当然、護衛が必要となる。
しかし、兵士は砦の警備のために残していかなければならない。荷車が戻るときに砦が落ちていたら何の意味もないからだ。
従って、カールの傭兵団に声がかかった。彼らは鉱山街の精鋭だ。平均的な兵士6人よりは彼らのほうが強いだろう。
俺らは捨て駒ではない。オットー様、レオン様、ブルーノ様の砦最強の騎士達三人のサポートだから。カールがそう思っていると、鉱山口の方向から人影が見えた。
クラウディアとアポロニアが歩いてこちらに向かっているのが見える。その後ろには槍男アレクシスが見える。なんとか騎士様達よりは早く着きそうだ。よかった。安心した。
まぁ、ピシッと整列してなくても正規兵じゃないから、多少は多めに見てもらえるだろう。でも、それは、戦働きが優秀ならばだ。つまり、先陣を切り、殊勲を取れればだ。しかし、いつでも活躍できるとは限らない。運もある。たまたま相手が弱い時もあれば、強敵もあるだろう。普段からコツコツと点数を稼いでおけば、悪い時に役立つこともある。
全員が揃ったので、カールがほっとしていると、アーデルハイトと少年が歩いてやってきた。明星亭で朝ごはんをもらっていたようだ。
そう、この二人はまさに今回の当事者だ。この二人が下の街で荷車の中に隠れ、そのまま出れなくなり、下の街からザルツブライに来る途中で、結界荷車との連結が壊れて、そのまま置き去りとなってしまったと聞いている。
それよりも驚くべきは、それから、二人が、峠から塩の砦まで、歩いて来たことだった。結界馬車ならいざ知らず、歩きだ。二人は、結界シートのお陰だなんて謙遜していたが・・・あれが結界を生まないことは、カールは知っていた。
「おはようございます」二人がニコニコ挨拶してきた。なんか肩から斜めに革袋なんてかけて、ピクニックにいくような雰囲気だ。これは余裕なのか・・・それとも無邪気なのか・・・いや馬鹿なのか。まぁ、魔物の跋扈する中を平然と歩いてきたぐらいだからな。相当のアホだ。憎めないけど。
カールは道中の恐ろしさを嫌というほど知っている。前回は、峠の道路普請の護衛を依頼され、目の前で、下の街の連中が魔物に襲われるところを見ている。辛うじて退けることができたが、いわゆる辛勝だった。死者がでなかっただけで儲けものだ。
そのあと、足を噛まれて動けなくなった負傷者の運搬で、これから探しにいく、荷車を使ったのだ。騎士様の馬に荷車を引いてもらい、カールは荷車に乗ってブレーキを操作しながら下の街まで付いて行った。
荷車を下の街の町長に預けて、砦に戻る際に、騎士様の馬の後ろに同乗した。
途中で何度も魔物が襲い掛かり、騎士様が撃退した。カールは生きた心地がしなかった。騎士様の聖剣の切れ味に度肝を抜くだけだった。下馬すれば自分にも多少なりとも出番はあったろうが、オットー様の後ろに乗ったまましがみついているだけで、何もできなかった。今回は絶対挽回したい。
カールは思い出していた。オットー様は、あんな長い剣を片手で羽根のように振るう。一つ閃く度に魔物は二つの物体になっていく。あれは両手剣だよな・・・格の違いは仕方ない。
もしも、領地や国同士の争いで、オットー様のような騎士に当たったら、自分が勝てる気がしない。カールは、恐れと尊敬、そして憧れをオットーに対して抱いていた。可能なら砦の兵士に取り立ててもらいたい。チャンスをつかみ、父がなれなかった騎士になりたい。
悪魔の大攻勢以来、馬を用いた戦闘は少なくなってしまった。訓練を積んだ戦馬であっても、やはり魔物は苦手だ。魔物の大群と戦うときは、重装歩兵による密集陣形のほうが有利だ。盾職の集合体が強かった。いわゆるフォーメーション戦法だ。また、狭い迷宮の廊下などでは、密集重装歩兵の先方が適していた。身長190cmを超える双子のクレメンスとコンラートが用いる、タワーと言われる盾の防御力はすごい。金属が貼られているので、斧も跳ね返す。最近開発されたばかりの、石弓でも貫通できなかった。
オットー様とレオン様が、騎乗して砦から出てきた。オットー様の後ろにブルーノ神父様が乗っている。その後ろに兵士用の荷馬車がきた。2頭立てのオープン馬車だ。
「朝から、ご苦労。今日は大変だが、一人も欠けることなく砦に戻りたい。作戦は昨日から変更はないので、即出発し、午前中の帰還を目指したい。では、馬車に乗ってくれ」
ブルーノ神父様がオットー様の馬から従者に下してもらって、荷馬車に歩いていく。神父様が乗ってから我らも乗るのだ。荷馬車の馬は完全武装だ。馬用の具足を付けてもらっている。この馬たちは訓練を受けている戦馬だ。大攻勢以降、馬での戦闘が少なくなってしまったので、貴重な馬だ。荷馬車は、荷台からの立ち上がりが高く、薄い鉄板が張られている。
これは、戦闘馬車だ。車輪には回転する刃物が各4本ずつ取り付けられているが、今は回転していない。魔物が近づいたら、これで切り刻まれることになる。オットー様は能天気な子供たちに危険だということを教えていた。
カールは荷馬車の先頭右に立ったブルーノ神父の左隣に立った。2列目に盾の二人、盾の二人は盾を馬車側面に向けてたてて立った。その二人の間に回復魔法専門の修道女アポロニアが小さく座った。後列に槍使いのアレクシス、弓使いのクラウディアが並んで立った。
御者台は全体を隠す覆いがついている。中で手綱を取るのは誰だか見えない。ドアがすっと開いた、中にはオットー様の従者が座っていた。その隣にアーデルハイトと少年が座った。
全員が配置についたところで、オットー様が「出陣!開門!」と叫んだ。第2門がゆっくりと開いていく。警備兵が、外にハルバートを持って出て行った。襲撃の警戒だ。
オットー様がまた叫んだ。「回転刃に注意!」周囲にいた兵士全員が復唱した。
馬の体力の問題があるので、しばらくはゆっくり歩かせる。魔物に囲まれたら、駆け足になる予定だ。先頭は騎士二人が並んで、その後ろに馬車が付いていく。隊列はどんどん進んでいった。日差しが出てきてはいるが、空気が暖かくなるのはもっと後だ。
かつての街の広場を過ぎていく。ゲルマン人の街では、お約束のように広場には樫の木が植えられているものだが、ここもそうだ。街人は砦に移ってしまったが。
ブルーノ神父が前の二人に声を掛ける。「見ていろよ。魔物が出ないほうに2000デナリウスだ!」
オットー様が笑いながら振り返り、チェーンメイルの口回りを外し答えた。「それには安易に張れませぬぞ。レオン、卿が出るほうに張るならワシは出ないほうに張るが・・・」
「だから、賭けは成立せぬと申したではないか」レオン様も笑いながら振り返り応えてる。
どういうことなのか、カールは昨夜の作戦会議を思い出していた。
「あの少年が歩いても、無事に砦までたどり着けたのは、聖波動結界だろう。しかも長距離に効く、ものすごい波動だ」ブルーノ様が言う。
「やはり、それ以外には考えられないでしょうね」オットー様がニヤリと笑った。
カールは一体どういうことなのですかと尋ねた。魔物の中に飛び込んでいくための作戦会議なのに、悲壮感や緊迫感が感じられない。峠の魔物の傾向と対策でも教えてもらえると思っていたので、カールにとっては肩透かしだった。
{いや、あの少年だよ、カール。あの子は体から自動的に聖結界を発動しているらしいのだ」オットー様が更にニヤリとした。ブルーノ様が後を続けて話す。「明日はその実験を兼ねているのだ。おぬしは、地底湖で少年と一緒だと魔物が全く出なかったと申してたろう?あれと同じことが、明日起きると踏んでいる。無論、完全武装でスタンピード並みの戦闘覚悟で臨むが・・・」
カールは周囲の警戒を怠らぬようにしつつも、考えていた。なんだなんだ・・・体から自動で聖結界を発動って?確かに、あの子の周囲では不思議なことが起こる。アポロニアが聖ボニファティウス様の出現だと大騒ぎしていた隠修士様とか。オットー様の聖剣が少年に反応して振動するとか。もう訳がわからない。
俺たちは帝国から捨て石にされ、神からも見捨てられ、ここの砦で最後の一人になるまで悪魔の圧倒的な力の前で無残に散っていくのだと思っていた。神があの少年を遣わしたとなると、どうやら違う未来が描けるような気がする。
「どうだ、クラウディア?」
鷲よりも鋭い目と言われているクラウディアはさっきからきょろきょろとしている。彼女が馬車の荷台の後ろに立っているのは、索敵や追跡者への警戒だ。魔物の中には、人型で弓を使うものもいる。
彼女の耳は弓の弦が射程距離内で引き絞られる音を捕らえることができるし、飛んでくる矢の正確な着地点も矢をみただけで、瞬時に把握することができるのだ。
荷台には天蓋がないが、飛んでくる矢をふせぐ盾が内蔵されている。引っ張り出して手前に倒せばオーケーだ。重い投げ槍は防げないかもしれないが・・・
「何もいないです。魔物がまるでいないように感じるわ・・・」
クラウディアの発言を受けて、ブルーノ様がニヤリと笑った。
丘陵地は、背の低い緑に覆われていて美しい。ところどころに崩れ去ったような廃屋が点在しているのが見える。以前はこの緑の野原に牛や羊が放牧され、長閑な風景が広がっていたのだろう。生まれてからこのかた、長閑な風景なんて、見たことも聴いたこともない。しかし、峠の前まで、大攻勢前の時代のように、普通の旅をしてきたようだ。肩透かしだ。
一旦、峠の前で、隊は停車した。これから下りになる。
オットー様が、馬車のほうを振り返って、少年に尋ねた。
「悪者くーん、どのへんだったかな?」なんだか皆がズッコっといくような言い方だ。
悪者君って・・・緊張感がないよ。ま、仕方ない。彼には記憶がないのだから、そう呼ぶしかないのだ。御者台の天蓋をあけて悪者君が首を出した。なんか間抜けだ。ヘルメットぐらい被せてやればよかったかもな・・・戦闘馬車から子供が顔を出すなんて・・・
「確か最後のつづら折りですので、すぐそこだったと思います」
「よし、わかった。ブレーキを掛けながらゆっくりと進む。皆、警戒。ここから先は森が多く、段差があるので、待ち伏せされやすいぞ」オットー様が注意を促した。
峠の道は左に大きく曲がりながら降りていく。突き当たるとそこにまた曲がり角があった。U字型だ。今度は右に大きく曲がりながら次の坂道をゆっくりと降りていく。そして突きあたりにまた同じようなU字型の曲がりがあった。
少年がまた頭を出し、「ここです!ここだったと思います。ね、アーデルハイト?」
「わかんないわ・・・シートの中だったから」
「よし、止まれ!」オットー様が左手を挙げて一同を制した。
ここから、魔物の出る確率が高くなるのだ。全員に緊張が走った。
いかがでしたでしょうか。
お読みただいてありがとうございました。
これから、連続4話の予定です。




