第53節 謀事の大団円
すみません。遅くなりました。
私は3匹の猫を飼っています。猫ってみんな個性豊かで、好き勝手に生きているけど、甘えん坊なんですよ。
アグネスは一旦、三人の子供を残して砦に戻った。例の建物の隙間のドロドロ通路を通ったので、靴はドロドロだ。アンナが扉の外で不寝番をしていた。
「お嬢様、お食事はお食べになりましたか?一応残してございますよ」
「ごめんね、アンナ。やっぱり明星亭で食べてきちゃった。あとこれ、ロッテの服。お洗濯お願いね」
アンナは私の靴をジロっと見て、シャルロッテの服を受け取った。
「・・・また、随分と汚されましたね。これは汚れが落ちないかもしれません」
「そうね・・・お母様には手紙を書くわ。あと、軽く洗っているけど、そこにはネズミが沢山いたのよ・・・」
「きゃっ」アンナは服を放り投げた。「申し訳ありません」慌てて拾おうとするアンナを制してアグネスがいった。
「アンナ、そのままでいいわ。私が拾います。病気の可能性もあるから注意しないと。煮沸消毒をしたいから、お湯を沸かしてくださいな」
「かしこまりました」
「あと。どう、シャルロッテは?」
「はい、レオポルト様が、伝染病が怖くてデーモンと戦えるかと仰って中に入って話をされていました」
「そう、お父上らしいわ。それで」
「なんか、うなされているけど、大丈夫みたいだな・・・なんかロッテは病気のほうが可愛く見えるぞって、そして明日の朝になっても回復しないようなら、すぐに城塞都市に連れて帰ると仰ってました」
「ありがとう。じゃお湯お願いね」
「かしこまりました」
やばい・・・気づかれる前に大団円に持ち込まないとだわ・・・うふふふ、でも、病気の方が可愛いって、シャルロッテが聴いたら怒るわよね。自分に化けた悪者君のほうが可愛いって言われているのだもの。
アグネスは、シャルロッテに化けている悪者君のところにいって、経緯とこれからの展開を話した。明日の朝には熱が下がるという計画。朝一番で猫に会いに明星亭にいくという計画だ。多少無理があるが、猫を見ると調子がよくなるというのがポイントだ。
まだお父様は悪者君に会ったことがない。だから替え玉に気が付かないのだろう。できるなら、砦の滞在中は、二人の接触を避けたいものだ。できれば、このままシャルロッテを密かに連れて帰り、夜のうちに二人を交換したいが、それが一番危険だと感じてやめた。
アグネスは自室に戻った。それからすぐに廊下にいるアンナに、明星亭に忘れ物をしたと言って、マントを羽織って出かけた。
納屋に戻ると、ちびっ子はいなかった。一応部屋を返してもらったのだから部屋に戻ったようだ。
そういえば、あの子の名前・・・あれ、思い出せない。あの子の父親は砦の病棟に寝かしてある。いわゆる野戦病院だ。病院と言っても、矢をペンチで抜いたり、止血したり程度しかできないところだが、放置するよりはましだ。
父親はすぐに意識が戻ったのだが、衰弱していて、立つこともできない状態だ。お粥程度なら食べられるようになってきたので、安心だが、まだ予断を許さないだろう。何しろ石の下敷きになっていたのだ。実際には下敷きというよりは、落ちてきた石が覆いかぶさって行方を塞いだということのようだった。運のいい男だ。レオン卿なら、挟まれていたはずだというのが、ブルーノ神父様の最近のネタだそうだ。
アグネスは、悪者君の服を着たシャルロッテがアーデルハイトと仲良く藁の中で暖まっているのを見て、ほほえましく思った。二人は既に寝息を立てていたので、そっと藁の上から羽織っているマントをバサッとかけた。6月とはいえ、まだ夜は冷え込む。
藁で寝たことのないシャルロッテが本当に風邪を引いても困る。さて、明日はこの物語の大団円ね。なんとかしないと。アグネスは、砦への帰り道、計画を頭の中でくみ上げ、点検していた。
また、部屋に戻ったアグネスは、ロッテの母猫のことを考えていた。子猫はロッテを含めて5匹だったからしら。もう、全員もらいたいわ。でもお姉さん猫みたいのもいたみたいだし・・・あの子たちは何を食べているのかしら?ま、ネズミでしょうね・・・
ベッドに入ってからも、明日の計画よりも、猫の事を考えていて、眠れなかった。アグネスは、砦の厨房でネズミが出ると聴いたことがある。猫を正式に係官に任じるなんて、グート・イデー(よいアイデア)じゃない?太っちょの猫だったらレオンって皆で呼ぶと面白そうだわ。あ、でも明星亭のネズミを退治してくれているだろうから、全員は連れてはこられないわね・・・それに、あの横穴から外に出て餌を探しているかもしれないなぁ・・・あれは完全に城壁の外だった。あの横穴はドワーフの掘った穴みたいな大きさだったから、昔のものかも。誰が鉄格子つけたんだろう。明日女将さんに聞いてみるか・・・
夜明けとともに一日が始まった。このころの夜明けは5時過ぎだ。まだ時計が発明されていないので、日の出から日の入りまでを当分して生活している。
アグネスは夜明け前に起き、身支度を整え、顔と手を洗った。アグネスの赴任時に、彼女は砦に一人でやってきた。侍女も従者もいない。父上はつけたがったが、断った。砦で従者を抱えているのは、オットーとレオンだけだ。従者は生活の補助から戦闘の補助まで担当している。彼らは従者でもあるが、騎士見習いなのだ。女性の騎士見習いはいないので、従者獲得は難しい。
シャルロッテに化けて寝ている悪者君のところにいった、アンナが廊下に椅子を置いてうつらうつらしている。ごめんね、巻き込んで・・・アンナを一声かけて起こしてから、中に入った。
うふふ、寝ているわ。寝顔が可愛いわね。よく見ると私とは似てないけど、シャルロッテにはソックリだわ。悪者君が大人になったら、髭が生えるのね・・・なんかシャルロッテの髭を想像してクスっと小さく笑った。
「おはようございます。アグ・・・お姉さま」芝居してるじゃない・・・いい子ね。
「あら、起こしちゃった?」
「すみません。トイレに行きたいのですが・・・一晩我慢したんです。助けてください」
「出ているから、そこのオマルをつかいなさい」
「え、こんな立派なものがそうなんですか・・・昨日これで水を飲んだらなんて思っていました」
さすが悪者君、面白いことをいう、レオン様に言わないようにねって言っておいた。ずっとからかいのネタにされるから・・・
アグネスは廊下に出て、アンナに二人で出かけてすぐ戻ると話した。アンナはどこにいくのか、訝しげに尋ねた。さて、昨日から考えていた浅知恵通じるだろうか?
「第2門前の明星亭なのよ。昨日、シャルロッテが転んだり、水を被ったりしたのは、明星亭の裏に住んでいる猫の親子のせいなのよ。子猫が可愛くてね・・・朝お熱が下がったら、また子猫のところに連れて行ってあげるって約束だから・・・すぐ戻るわ」
アンナは子猫に会いたがったが、朝の支度等の仕事があるので、あきらめたようだ。城に戻る前には見せてくれるよう頼まれたので、快諾しておいた。よっし、作戦通り。
アグネスは、ドレスをまた着た悪者君を連れて砦から明星亭に急いだ。夜が明け始めていた。吐く息が白く、空気が冷たい。すぐに明星亭についた。まだ扉がしまっているのではないかと思ったが、すでに開いていて、アーデルハイトが掃き掃除をしていた。
アーデルハイトは、あれ、アグネス様、シャルロッテ様、おはようございますと挨拶してくれる。「うふふ、これ、悪者君よ」
アーデルハイトは絶句している。うそ、どうして?そんな・・・とか呟きながら目を見開いて悪者君のドレス姿を見つめている。そうよね、さっき寝ていたもん。こっちからくるわけないわ。ぶつぶつ言ってる。悪者君に化けたシャルロッテは見破ったが、その逆は騙されたのね・・・いい作戦だったわ。
「シャルロッテに会いたいわ。通してくださる?」
「あ、すみません。どうぞ、あ、アグネス様?」
「はい、何かしら?」
「昨日の夜、藁の中に、別の白い子猫が紛れこんできて、シャルロッテ様に懐いたの。シャルロッテ様は、ラドゴンドって名づけました」
「教えてくれてありがとう」ニコリと微笑んで、私は悪者君と納屋に向かった。
ラドゴンドとは・・・聖女ラドゴンドね。古風な名前をつけたこと。アグネスは少し悔しかった。私だって猫ちゃんと寝たいわ。自分ならどんな名前をつけようかしら・・・
納屋のドアを開けると、猫が沢山いた。納屋の一番高い棚には、白い長い毛の母猫がどでんっと横になって頭を持ち上げてこちらを見下ろしている。子猫たちは、お互いに飛び掛かったり、突っ伏したり、急に走り出したりと、忙しそうだ。ドアから出ようとする子猫もいるので、急いで閉めた。地下への扉は開けられてままだった。
シャルロッテは、一段と高く積まれている藁の上に仰向けに寝ている。その胸の上に、猫が乗っかって、香箱座りして乗っている。ラドゴンドと名付けた猫だろうか。
白い子猫で、同じく毛が長く、猫ロッテと比べると一回り大きいように思える。
「あら、お姉さま、おはようございます。ラドゴンドを紹介しますわ。これ、ラドゴンド、下りてお姉さまにご挨拶なさい」
ラドゴンドは動かない・・・尻尾をフリ振りするだけだ。お尻をロッテに向けているので、尻尾がロッテの顔にその度にかかり、くすぐったそうだ。うらやましいとアグネスは思った。
「いいのよ、ロッテ。これは、これは、チューリンゲン族の王女ラドゴンド様、お初にお目にかかります・・・って昨日会っていたわね。わたくしは、ザクセン族の宮中伯、レオポルト・フォン・リウドルフィングの娘、アグネスでございます」
アグネスは恭しくコーテシーに基づいて挨拶した。
シャルロッテは、白猫を後ろから掴みあげ、両手をもって、人形遊びのように腕を動かしていった。「苦しゅうない。わらわは、ラドゴンドじゃ。以後よしなに」
そういって遊んでいたら、ラドゴンドが怒って、シャルロッテの束縛から逃れようと暴れた。シャルロッテはまた引っかかれていた。
「痛いわ」血はでていないが、傷ができている。シャルロッテは、傷を触りながら、視線を悪者君に向けた。
「あ、そのドレス、なんであなたが着ているのよ?」
「え、ご、ごめんなさい」
「もう、お気に入りなのに、すぐに脱いで。ちょっとレディの前で脱がないでよ」
悪者君はどぎまぎしている。アグネスは可哀想に思って、「じゃ脱いでもらうから、ロッテも、それ脱いでくださる?」
悪者君を外に連れ出して、明星亭の裏口の中に入り、誰も見ていないか確認してから、脱いでもらった。下着姿の悪者君と一緒に裏口の外に出て、彼にはそこで待ってもらうことにした。
アグネスは、ほかほかのドレスを持って、納屋に戻り、同じく脱ぎたての、ほかほかの悪者君の服を持って帰り、裏口の前にいる悪者君に来てもらった。
そして、砦に戻った。一緒に食堂に行くと、すでに全員が集まっていた。
「父上様、遅くなりまして申し訳ございません」
「うむ、よいよい。アンナから聴いたぞ。熱は下がったそうだな。それに猫はどこにいるのだ?」
「申し訳ありません。抱いて連れ帰ろうとしたのですが、手を引っかかれてしまいました」
「わははは、そうだろうな。猫は難しいのだ。おなごと同じだ。なぁレオン?」
「私に聞かないでください。レオポルト様。おなごと猫は苦手ですから・・・」
「レオン、そちにも、嫁を紹介してやらねばなるまい。オットー、砦にいいおなごはおらんのか?」
「ということは、側室ですな?年齢的には、年上ならちょうどいい寡婦がおります」
「オットー、それ、ベルタのことだろう?やめてくれ、俺は初婚なんだ。しかも、あんな恐ろしい剣の使い手・・・」真っ赤になっているレオンを見て皆笑った。
「ベルタとは、傭兵あがりの女刑吏か・・・すまぬ。冗談はさておき、メシにしよう」
食事をしながらも、レオンの嫁さんの話が続いた。レオポルトがまたしゃべる。
「城塞都市も貴族の娘が少ないからな。皆、娘だけは皇帝領にいる貴族に嫁がそうとしておる。ま、うちのアグネスもシャルロッテもそうしたいのだが・・・アグネスはあのようにじゃじゃ馬だからな。我が公爵軍でも戦力としてカウントせざるを得ない。
また、悪魔の大攻勢が起こるようだと、ザクセン騎士は全滅の可能性もある。一人でも、生き残り、ヴィドゥキント様の血を残したいのだが・・・」
お読みいただきましてありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
続きは夜遅くにアップ予定です。




