第50節 シャルロッテ・フォン・リウドルフィング
こんばんは。
事実に根差しつつ、嘘を重ねるのは大変ですね・・・
本当はオーストリア辺境伯あたりの領土を書きたかったのですが・・・だから塩の鉱山だったのです。
最初から銀山にしておけばよかったかもです。当時のヨーロッパでは、金が珍しい状態でした。通貨は銀が主流でした。ただ、悪魔の支配地で、人間が必死に守る設定としては、塩のほうが重要かと思います。
そして、宮宰様が砦にやってきた。
宮宰様の身分になると、専用の結界馬車を持っている。勿論、公爵様のものよりは質素だ。それは比較する対象がよくない。結界馬車を持つ者は城塞都市に二人だから。
遠くからやってくる、光り輝く馬車を見つけ、砦では大騒ぎになった。
砦の兵士たちは正装し、とにかく輝くところは全てピカピカに磨いた鎖帷子に胸当て、兜、凧のような盾も塗りなおしたかのような鮮やかな公爵様の文様がつけられ、更に槍につけた旗を掲げて城壁の上に勢ぞろいしている。オットーとレオンは騎乗し、なにかあった場合に駆けつけるべく完全武装で待機中だ。まぁ、結界馬車は、スタンピードでもない限り、襲われないし、防御が完璧なので、出番はないだろうが・・・街道から砦への連絡道を曲がった途端、南側の城壁にいた兵士たちが移動を始めた。今度は第2門で勢ぞろいして出迎えるのだ。
全員武装しているので、動く度にガチャガチャうるさい。
オットーは、第2門の開門を命じた。馬車列が門を通過し、それをオットーとレオンが先導する。砦の門に入ったところで、二人は下馬し、馬車の横に跪いた。
アグネス様も出迎えている。馬車の扉が開いた。側使えの従者が先におり、足元に踏み台を置いた。宮宰レオポルト様だ。髪の色は金色で、目の色は薄いブルーだ。ゲルマンのかつての王のように髪を伸ばしている。武人なのだが、目つきが柔和で、穏やかな人だ。背はそんなに高くない。185センチぐらいだ。しかし、腕は太く、胸板は厚い。いざとなれば側近の騎士を従え、先陣を切るお方だ。この人は小さめの金属盾を構え、長剣を自在に振るう戦闘タイプを好んでいる。
一度、公爵様の御前試合で見たことがあるが、脇の下に隠した剣を、物凄いスピードで振りぬく、この剣の軌道が見えない。また、振りぬいた後にすぐに返しにかかるので、相手は盾で防ぐのが困難だった。この攻撃を防げたとしても、今度は突きが来る。しかも防御できない隙間を貫く突きだ。
オットーは胸に右手をあて、跪いたまま歓迎の意をつげた。
「よいよい、オットー卿、レオン卿も堅苦しい挨拶はいらぬぞ。皆も大儀であった」
兵士全員が平伏している。この人のカリスマは凄い。オットーはいつも感心する。力や身分で平伏させるのではない。人柄なのだ。恐らくどの騎士も兵士も、レオポルト様のためならと思わせるような何かがある。
次に、レオポルト様は、おずおずと跪いて、両手を胸にあてているアグネスに目をやると、ゆっくりと近寄った。
「アグネス、久しぶりだ・・・」目を細めている。やはり、アグネス様は父親似だ。
「お父上に置かれましては、・・・」レオポルトは手をあげ言葉を続けるのを制した。
「よいのだ。堅苦しいことは。皆の者も持ち場に戻ってよいぞ」
全員が、ははーっと平伏し後ろ向きに下がっていった。
「父上、もう出てもよろしいですか?」小さな女の子の声がした。
「よいぞ。オットー、レオン、ブルーノ神父様、シャルロッテを紹介しよう」
馬車から下りてきたのは、アグネス様がそのまま小さくなったような女の子だった。やはり金髪に碧眼だ。髪はお下げにしている。
ドレスは着ていない。従者服のようなものを着ている。半分が赤で、もう半分が白だ。腰のベルトには小さな美しい柄の短剣を差している。この服はヴィッテルスバッハ家から嫁いできた、お母様の好みだろうとアグネスは思った。
「オットー様、シャルロッテ・フォン・リウドルフィングと申します。宜しくお願いします」次々皆に挨拶している。
皆、相好を崩して挨拶を返している。レオポルト様は可愛くて仕方がないという感じでその様子を見ていた。アグネスは苗字が異なる。これは、いざスタンピードという時に、バイエルンにある母の実家に逃げ込むためである。シャルロッテも成人したら、同じように養女になる予定だ。これは、城塞都市が滅び、リウドルフィング家の後ろ盾が無くなった時に、同じ名門貴族のヴィッテルスバッハに連なることにより、身を守ろうというわけだ。
父も兄たちも亡き後に、リウドルフィングの相続権を狙う貴族をけん制するためなのだ。リウドルフィング家は、ザクセン族の頃から続くザクセン貴族の名門だ。大攻勢がなければ辺境伯だったのだ。皇帝陛下の命令がなければ、おそらく、アグネスもシャルロッテもリウドルフィング家所領の相続権を狙う貴族と結婚させられることもない。ザクセンは遠い。遠くの親戚よりも、すぐ隣のバイエルン族を頼ったわけだ。現在のヴィッテルスバッハ家の当主はオットーで伯父だ。
オットーはレオポルト様を貴賓室に案内した。砦では開かずの間のようになっている、普段は使わることのない、公爵や宮宰が泊まれる部屋が二つある。内部のドアでつながっている部屋だ。夕食までは、各自部屋でお休みいただく段取りになっている。
シャルロッテ様は、アグネス様に、お部屋にお邪魔してもいいですかと聞いている。やはり子供だなとオットーは微笑ましく感じていた。
夕食では、城塞都市と砦の情報交換が行われた。オットーが予告していたように、北より持ち込まれた牛の肉が出された。オットーの従者が肉切り係となって、各自に配っていた。焼かれた肉は皿の上ではなく、パンの上に載せられて配られる。貴族は、このパンを食べない。肉汁や肉片が残ったパンは、貧民に下げ渡されるのだ。
レオポルト様は、もうお腹がいっぱいなので、そちも食べなさいと、従者に声をかけて、すこし従者と話をした。レオポルト様も、従者だった頃に先代の公爵様の肉切り係をしたことを話していた。そして今度は戦場でこの従者に声を掛ける。騎士になっていれば軽口の一つも叩き、重用する。こういう人柄が好かれるのだろうな。オットーはそう考えた。
そのあと、砦の門は大騒ぎになっていた。
肉汁の浸みたパンが配られるとの噂を聞きつけた、貧民達が集まってきている。
勿論、アーデルハイトと悪者君も、門の前で待ち構えていた。ほかならぬベルタからの情報だ。他にも貧しい身なりのものが集まってきている。配るのは、砦の女刑吏ベルタ、鉱夫ギルドや傭兵ギルドのギルド長二人、鉱山街の参事会員、聖職者として修道女アポロニアなどだ。彼らは誰がどれくらい貧しいかよく把握している。そして公平だ。いざ裁きの日に、神の前にて、申し開きができることを心掛けているのだ。
ということで、一番貧しい人の第1位に輝いたのは、なんと、悪者君だった・・・カールも駆けつけていた。もしかして、貰えるかもしれないと、密かに期待していたのだ。牛なんて、偽物の魔物肉しか食べたことないからな・・・そう、ミーノタウルス肉だ。
まず、ベルタが、悪者君を呼んだ。悪者君は小躍りしている。悪者君を見る皆の目が暖かい。そして涙を浮かべている人もいる。
アポロニアが、肉汁を沢山吸ったパンを一枚渡してくれた。
「神様の祝福があなたの上にありますように」
「神に感謝。皆さんありがとうございます」
パンを受け取った悪者君だったが、食べないでそのまま手に持っている。皆、なぜだか知っている。そう、父が瀕死で見つかった、鉱夫の子供にあげようと、食べないでいるのだ。朝から何も食べてないのに・・・
だから、ベルタが次に、そのちびっ子を呼んだ。皆、名前が呼ばれたことに驚いていた。しかも、女子の名前だ。実は皆名前を知らなかった。勿論性別も。
アポロニアがパンをあげた。クリスタは食べていいのか分からず、手に持ったまま固まっている。
悪者君が食べていいよと言った。ちびっ子が食べ始めるのを見て、悪者君も食べ始めた。皆、その光景を見て、心を痛めていた。私たちはこの子らの良き隣人であったのか・・・神に対し申し開きができるのか・・・見透かしたようにアポロニアが言った。
「天の国は、彼らのようなもののためにあるのです」皆の心に刺さる言葉だった。カールは自分を恥じていた。あわよくばパンを貰おうなんて、なんだか、あわよくば天にいれてもらおうとしていたみたいで、恥ずかしかった。
第3位は、宿屋の納屋の住人、アーデルハイトだった。彼女は悪者君ほど毎食飢えることはないが、やはり、孤児で家がなく、食堂の手伝いをし、客の食べ残しで生活していると皆思っているのだ。
アーデルハイトは、パンを嬉しそうにもらって帰っていった。感謝の言葉と共に。
皆、悪者君や、アーデルハイトの生き方に感心していた。飢えていても、他者を思いやり、心を乱すことがない。まるで聖人のようだ。アポロニアがまた言った。
「彼らのように神を信じ、心を磨いていきたいものですね・・・」
カールは、無理をしてでも、仕事を悪者君にあげ、ご飯を食べさせてあげようと、心に決めていた。
勿論、純粋にだ。決して、自分の魂を磨くとか、審判の日に天国にいけるように案じてではない。
いや、すこしは裏があるかもしれない・・・
いかがでしたでしょうか。
文中にもありますが、ゲルマン族の王は、基本ロン毛です。戦士も成人するまでは切らないで、成人すると後ろを剃るらしいです。まぁ、1172年なので、どこまで昔の風習が残っているかわかりませんよね。
因みに、ブラウンシュヴァイクにある、ハインリヒ獅子公の銅像はおかっぱです。ヴィドゥキントの像もおかっぱですよ。




