第49節 宮宰レオポルト様
ゲルマン人は、もともと苗字がありませんでした。
出身地や城の名前をつけて、たとえば、オットー・フォン・フライジングのように言います。
この場合、フライジング(街の名前)のオットーということです。
因みに、砦守備隊長の騎士オットー様は、先祖がフライベルクに小さな領地を持っていたので、オットー・フォン・フライベルクという名前の設定です。
1170年ごろのフライベルクは、寂しいところでした。城塞都市は、このフライベルクの1500年ぐらいの当時に描かれた絵をモデルにしています。実際と違いますが、そこは小説なので、ご勘弁ください。実際フライベルクは、ライン河に近いんですよ。
オットー様は、守備隊隊長執務室で会議をすることになり、早くきたレオン卿と相談を始めていた。
「レオポルト様がくるのだ」
「なに?真か?」レオンが答えた。
「嘘をいってどうする?」
「いや、言葉のあやではないか。で、いつなのだ?」
「1週間後だそうだ。宮宰様は、砦の様子をご確認されるそうだ。もしかすると・・・増員してくださるのでは?いや予算や食料の割り当てアップとか。レオン卿の嫁さんとか?色々考えられる」
扉がバッとあいて、ブルーノ神父様がオットーの執務室に入ってきて開口一番に、
「結局、レオポルト様の目的が何もつかめてないではないか・・・まったく」あきれ顔だ。
オットーがバツの悪い顔をしていると、レオンが突っ込んできた。
「まぁ、ワシの結婚話はないだろう」
あはははと全員で笑って、ふぅと全員がため息をついた。会議は終わりだ・・・
オットーは、レオンが中々結婚しないなと案じていた。酒ばかり飲んで・・・
城塞都市で未婚の貴族の令嬢を頭の中で探していたが、根っからの軍人のオットーだ。社交は苦手だ。しかし、舞踏会があるときは、酒ばかり飲んでふらふらしているレオンのようなことはなく、しっかりと踊るし、エスコートもする。
オットーは知らないのだが、ヨーロッパで、騎士道物語が広まったのは、丁度この頃だった。『アーサー王と円卓の騎士』がドイツ語に翻訳されだしたのが、1170年ごろなので、もしも分かたれた世界のあちら側にいれば、読んでいたかもしれない。こちらの世界ではフランスが切り取られてしまって存在しない。残念なことに、騎士道物語の本場はフランスでフランス語によるものだった。
実際、こちらの世界しか知らないオットーは知る由もない。あちらの世界のドミニク神父も、密かに写本を公爵様から借りて読み、修道者でなく騎士になればよかったと後悔したぐらい広まっていたのだった。
オットーは考え込んでいた。宮宰様か・・・
ゲルマン民族で有名な宮宰というと、だれもが、フランク族のカール・マルテル様を思い出すだろう。マルテルとは鉄槌という意味だ。ヨーロッパをサラセン人を撃退することにより守った、4百年も前の人物だが、フランク王国、アウストラシアでいえば、いまだにヒーローだ。レオポルト様も、ピピンやカール・マルテルを手本として、彼らのような宮宰を目指しているだろう。宮宰は、将軍のようなものだ。
今となっては、もう気にする人もいなくなったが、公爵様も宮宰様もフランク族ではない。ザクセン貴族だ。ザクセン族は、かつて、フランク族に何千人もの騎士が殺された時代があった。
族長の一人、ヴィドゥキント様が、カトリックに改宗してフランク族に恭順することにより、生き残る道を開いた。我々は、その子孫だ。
そして、その荒い気性と荒ぶる魂で戦場を駆け抜け、フランク王国に戦果を示すことで、また生き延びてきた。宮宰として力を振るい、ザクセン騎士の優秀さを示すことはザクセン人のためなのだ。もともとのザクセンの土地、北からはかなり南に領地を頂いているのだが、ここ悪魔の支配地で、宮宰として勝ち残らなければならない。
そもそも、宮宰といっても、レオポルト様は、本来なら辺境伯だ。大攻勢以来領地がなく、宮中伯となっている。まぁ、オットーも本来は封建領主で、小さな領地を持つ身分なのだが、レオポルト様同様、仕方なく宮中の騎士となっている。自分の領地は悪魔から取り返せということだ。
辺境伯は、もともと地方の軍の長官だった。それが相続で継承されるにつれ、貴族化した。私たちの公爵様のように、皇帝陛下に意見するだけの力を辺境伯は持っている。つまり、辺境伯を味方につけなければ、皇帝はローマ帝国を治めることができないのだ。
一時期、叙任権などの問題で、教皇様と皇帝が争うこともあったが、今はそれどころでない。悪魔軍の進撃を止めなければならないのだ。悪魔は聖なる力に弱い。特に苦手なのが聖母様だ。そのお力を祈りにより頂くことができるのが、パパ様を頂点とする聖職者達だ。でも、パパ様は軍隊をもっていない。デーモンの物理的な攻撃にはやはり騎士たちが必要だ。騎士はデーモンの呪いや悪霊の攻撃には弱い。当然、お互いに歩みよる結果となる。
聖と俗の権力争いから見れば、大攻勢とはお互いに丸く納まる良い機会であった。実世界にはマイナス面が多すぎるが・・・今は、騎士も少なく、聖職者も少ない時代だ。少ない資源をいかに使うかに、この戦の行方がかかっている。
最前線を任されている公爵様には、人手不足は頭がいたい問題で、もちろん、宮宰のレオポルト様は、もっと頭が痛いだろう。公爵様の護衛騎士をしている同僚から聴くところによると、公爵様は、毎日宮宰様を呼び出し、あれはどうなった。これはと質問責めだそうだ。
そうか、もしかしたら、視察を兼ねた息抜きではないのか?この砦は、城塞都市と帝国領を結ぶ重要な拠点だ。城塞都市がデーモンの手に墜ちた時、長城の向こう側に逃げる際の中継点だ。公爵様にも不在となる大義名分も立つ。
とにかく、砦と兵士達を任されている以上、オットーがいかに宮宰様からの援助を引き出すかということは最重要課題だ。オットー達も生き残らなければならない。
色々考えこんで時間が経つのを忘れていた。オットーは、レオンとブルーノの二人がいつの間にか退席していることに気付いた。いかん失礼したかもな・・・
それからの一週間は、宮宰様の受け入れ準備で大変だった。砦や街の掃除。鎧や武具の手入れ。皆ピカピカに磨きが掛けられた。砦に二つある領主用の続き間は特に念入りに掃除され、いい匂いの香草を準備した。宮宰様の好きな香草は事前に調査済みだ。鎖帷子、鎧などの武具を保管する箱の中に入れられている草を従者に教えてもらったのだ。
オットーも大変だ。宮宰様に気に入っていただくというよりは、嫌われないようにしたい。そして、いよいよ前日になった。結局、レオポルト様の意図は誰からももたらされないままだった。
そうか、アグネス様なら、なにか情報を掴んでいるかもしれないな・・・聴いてみるか・・・アグネス様は宮宰レオポルト様の娘だ。二人いる娘の一人だ。息子も三人いるが、全員騎士になった。城にいた時に手ほどきしたが、いい腕の騎士になっている。
オットーは砦の貴族だけの夕食で、アグネスに訊いてみた。
「うは、また今宵もソーセージの蒸し焼きザワークラウト載せか・・・好きな料理だが、こう毎日だと堪らぬな・・・」ブルーノ神父様が呟いた。
「神父様、宮宰様がいらしたら、牛がでますぞ・・・皇帝陛下から宮宰様が頂きまして、それを砦にとすこし差配して頂きました。現在熟成しておりますので、ご期待ください」とオットーが神父様を懐柔した。ブルーノは目を輝かせ、レオンも期待し始めたようだ。でも、そんなにはないのだよ・・・
オットーが、予算のやりくりで苦しんでいるのを皆知っている。なるべく節約して、余裕を生み、宮宰様の接待に使うのだ。幸いなことに、現在塩の値段が上昇中だ。
砦の経費の支払いは、塩で行われている。したがって、塩の価格があがれば、砦の収入は増える。ここのところ、ゴブリンが砦の北側に増えていて、結界馬車がスタンピードを警戒して皇帝領に行く便を減らしている。ゴブリンは一体は弱いが、弓も使い、頭もよく、軍団で襲ってくる。これが原因で塩の値段が上昇しているのだ。
砦より北方面への馬車は皇帝陛下の指示で動くため、運休や延期は砦に責任がない。積み荷を奪われて結界馬車を失いたくないのは皇帝陛下だからだ。塩の値段は皇帝陛下が握っているといってもいいだろう。
とりとめのなり雑談から、塩の値段などの会話して、さて、アグネス様に訊かないとな・・・
「ところでアグネス様?」
アグネス様は、ニコリとして、首をかしげてこちらを見た。
「なんでしょう、オットー様」
うは・・・美しい。こんな娘がわしの嫁でなくてよかった。砦への単身赴任なんて心配で無理だろうな。でも、子供は・・・悪者君にソックリか・・・なんだか、ワシの思考は、ほとんど酸っぱい葡萄の童話のようになってきてないか?
「来週に、お父上がいらっしゃるようですが、なにかお聞き及びですか?」
「はい、なんだか、妹がどうしても砦が見たいとかで連れてくるそうです。父上も妹も、私に会いたいとか・・・なんか色んな尤もらしい理由がつけられた手紙が馬車便で届きました」
なんだ・・・そんなことだったのか・・・杞憂だったな。ワシが更迭されるとか、兵士を減らされるとか、塩の上納量を増やせなんて考えていたから、ホッとして、会話がストップしてしまった。
微妙な沈黙が食卓の上を流れる。そこを社交の達人、ブルーノ神父様が拾いあげてくれた。
「たしか、シャルロッテ様でしたか?」
「はい、左様でございます」
そうだ、名前も忘れてたぞ・・・部下失格だな・・・ワシって。
「もう6歳になられるかと思いますが、どの道にお進みになられるのか、すでにお決まりですか?」
さすが神父様、長話の達人だけはある。年齢まで知っているのか。
「いえ、今回の視察の裏テーマとして、シャルロッテの進路相談がございます。私の仕事ぶりをみて、女だてらに騎士を目指すとかを考えるようですよ・・・」
「ほほう、決まってないのでしたら、修道女はいかがでしょう。聖戦奉仕修道女会などおすすめですぞ」
「ああ、アポロニアの所属している・・・何もしれくれない修道女会ですね・・・」
随分、はっきりとしたことを言う。
「う、おっほん。いや、我ら現場で働く司祭が援助しておりますぞ」
今、我らっていったが、司祭は一人しかいないじゃないか・・・
アグネスは、シャルロッテの剣の腕を知らない。離れて暮らしたからだ。果たして、どうなるのだろう・・・できれば妹には血に塗られた道を歩んで欲しくはない。しかし、悪魔の支配地に生きる以上、他に道はない。
騎士になるか、騎士の子を産むか、修道女になるかだ。魔法が使えるなら、可能性は広がる。アグネスに流れる高貴な血、エーデルス・ブルートは、シャルロッテにも流れているはずだ。いざ魔物が溢れた時、自分の身を守れないと・・・アグネスは、自分達の置かれている、厳しい生活を考え、唇をかんだ。
オットーは、ほぼ目的を達したのと、手持無沙汰で飲み過ぎて、話す内容を考えられなくなってきた。
あとは、ブルーノ神父様の長話大会の聴き手に徹した。
お読みいただきましてありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。
この話から別のプロットがいくつか立ち上がっていきます。
現実世界では、ドミニク神父様は、聖ミカエル出現の聖地に向けて、ある目的で巡礼の旅に出かけました。今、興奮しつつ、鋭意執筆中です。今のプロットの伏線を回収したら、現実世界に戻ります。いよいよ悪魔との戦いが・・・うーんどう進めようか迷っていますけど・・・ご期待ください。




