閑話 ショートショート アーデルハイトと菩提樹
書き溜めていたストックなのですが、すこし古くなってしまったものから、
過去の話の間に挟んでいきます。
また、今年も花が咲いた。黄色い小さな花だ。
遠めだが、菩提樹が仄かに黄色くなっているのが、砦の城壁からも見て取れた。時折、風の方向によっては、香りが届くことがある。アーデルハイトは、この季節になると、母と菩提樹の花を摘んだことを思い出す。また、その香りが更に思い出を強く思い出させるものであった。
菩提樹は、この地域の人々にとっては、特別な木だった。まず、この花は、夏の始まりに咲き、さわやかな甘い香りを出すだけでなく、乾燥させ、お茶にすることができた。お茶は、風邪を引いたときに解熱に使えたり、喉の調子をよくしてくれる効果があったので、皆が重宝した。だから、この時期には全員で必要な分だけ積んだものだった。
そして、花の時期になると、近くの住人が、積んでいくのであった。勿論最低限の自分で使う分だけである。葉にも効果があるのだが、花程ではなかった。
「ハイディ、はい、これ受け取って」
母が木に登って、花を摘んで渡してくれるのを、籠を持って受け取るのがアーデルハイトの役目だった。菩提樹は狭い砦の中でも、街の中心部分に数本植えられていた。やはり、薬草茶としての役割があるからだった。城塞都市には、城壁の中に薬効のある木や草がまとめて植えられているが、ここでは限られた土地であるため、数本が限界だった。
無論、ここの砦も外部に元々の村があったため、菩提樹をはじめ多くの薬草が採れたが、それは、命の危険があった。それ以前に、砦の守備隊が外に出してくれなかったが。
塩砦も、塩鉱山街も、木は殆ど植えられていない。低木程度なら、裏庭にすこしあるが、城壁の近くに木があると、足掛かりになるため、植えられないのだ。この街も同じく勝手に外には出られない。魔物だけでなく、森林にすむオオカミや熊がいるからだ。
「アーデルハイト?アーデルハイト!どこにいるの?」
明星亭の女将さんが呼んでいる。
「はーい。ここです~」
「あら、また菩提樹みてたの?」
「ええ。今日は風向きがいいので結構香りが風に乗ってくるんですよ」
女将さんは、興味を覚えたようで、アーデルハイトがいた、南城壁の上まで上がってきた。ここの階段は、明星亭の裏庭にある。
「どれどれ、あ、本当だ。時々かすかに来るわね」
「そうでしょ?甘くて爽やかで・・・せっかくそこにあるのに、取りに行けないのは寂しいですね・・・」
女将さんは、確かに、砦の南東に、もともとあった村の残骸の中に、菩提樹があることは知っていた。しかし、この距離で匂いがくるのだろうかと疑っていた。
確かに、匂いがする。
「いや~、こうやって匂いがするのは、取りに来てって、菩提樹が言っているのかもよ。アーデルハイトが傭兵団みたいだったらね・・・採りにいけるんだろうけどね」
「ああ、そうですね。そうしたら、お店で菩提樹茶だせますよ」
「本当だね・・・でも、帝国だとか、城塞都市から仕入れることはできるんだよ。高いけどね」
「そうなんですか・・・そこの売店でも買えるんですか?」
「時々売っているけどね。お熱が出たとか、風邪で喉が真っ赤に腫れてとかじゃないとね。それでも普通の家庭では、我慢しちゃうわよ」
「そうなんですかぁ、寂しいですね・・・中継の街だと、菩提樹が植わっているところがあって、よく母と詰みにいったんですよ」
「ああ、知ってるわよ。ティールの隠れ家って飲み屋の近くよね・・・」
「あ、いや、場所までは分からないです。小さかったから」
「あら、そうよね・・・ティールっていうのは、ここの街のアーベントイラーだったのよ」
それから、話が進まなくなった。女将さんは急に思い出したように言った。
「いけない、お店開けないとだわ。さぁ、手伝って。お昼で稼ぐわよ!」
「はい」
アーデルハイドは、くたくたに疲れた体を藁の上に横たえた。もふもふの白い猫がやってきて、頬をアーデルハイトの手にすりつけてくる。疲れすぎて、今にも寝てしまいそうなのだが、目を瞑りながら、指先で猫の頬を撫でてやると、ゴロゴロと鳴きだした。
低くて太い音を聴いているうちに寝てしまったようだ。
ふと気づくと猫はもういなかった。専用の出入り口から出て行ったのだろう。
寝返りを打つと、納屋の明かりとりから夜空が見えた。この納屋は、築数百年らしい。悪魔軍の大侵攻以前からここに立っていたということだ。とは言え、ここに住んでいる人がいるのは、はじめてのことだろう。
母と間借りしていた宿屋の部屋には、窓が無かった。宿屋が終わって、すこし息抜きを兼ねて、母と、夜の街を散歩したことを急に思い出した。多分、夜空が、遠い思い出を引き寄せたのだろう。
アーデルハイトは、どうしていいのか分からないぐらいの感情が自分を襲っていることに気付いていた。しかし、気づいていても、どうにもできないことがあるというのは、身に染みて分かっていた。そう、自分は独りなのだ。頼る身寄りもない、独りぼっちなのだ。
母が亡くなった時は、あっけなかった。朝になったら、隣に寝ていた母が冷たくなっていたのだ。宿屋の女将さんが、朝起きてこない母を起こしにきて、母が完全な死体になっていることを教えてくれた。
葬儀は、行われなかった。お金がないからだ。埋葬料のような献金は、神父様が要らないと教えてくれた。母のために、祈りましょうと言ってくれただけだった。
母は、街の小さな教会に安置され、数日後に共同墓地に葬られた。
そして、私は、宿屋の間借りしていた部屋から追い出された。というより、母の後釜の住み込みさんがそこを使うからだ。女将さんも、その住み込みさんも、申し訳なさそうにしていたが、単に、住み込みさんが寝泊まりしていた納屋と、母が借りていた部屋を交換するだけのことだった。
引っ越しの当日、私も、新しい住み込みさんも荷物が無かったことだけは覚えている。
それと、さすがに死体が寝ていた、藁は気持ちが悪いということで、新しい藁が運び込まれた。納屋からだ。母と寝ていた藁は、燃やされてしまった。母が着ていた服は、母が身に着けて葬られたので、本当に何も残っていないのだ。
ただ、この服の内側の隠しポケットに縫い付けてある、指輪だけが、唯一の財産であり、母の形見であり、先祖の遺産であった。
母の一族は、身分が高かったようだ。ただ、悪魔の大侵攻で、住むところを追われ、最前線の砦に辛うじてたどりついたらしい。そして、身に着けていた、色々なものを売り払うことで、しぶとく生き残ってきたのだった。
祖母はとうに亡くなっており、父は鉱山街に出稼ぎにいって、そのまま帰らぬ人となった。
鉱山街と中継の街、そして、最前線の砦は、いつも、人口が増えたり減ったりの繰り返しだった。どこの街も余剰人員と不足人員を、やり取りして都合をつけていた。父もそれに応じたのだが、慣れない仕事は危険だ。父の最期はどうだったのか、母は教えてくれなかった。ある日、連絡があり、母が激しく泣いたということは覚えている。しかし、アーデルハイトには、父が亡くなったことが実感できなかった。実際のところ、父の顔は思い出せない。
宿屋には、結界馬車の御者や乗客が泊まることが多い。そして、この馬車が、城塞都市、中継の街を結び、更に北にいけば塩砦、東に行けば最前線の砦と結んでいる。
いつしか、この誰も頼るもののいない中継の街から、父が出稼ぎにいった、塩鉱山街にいってみたいと思うようになった。何が変わるわけでもないし、あてもないが、この街で苦しむよりもと思ったのだ。
昨日、神父様がアーデルハイトを尋ねてきた。納屋で干し草の管理をしているお爺さんが、神父様のところに相談にいったそうだ。
神父様は、城塞都市に教会が経営している孤児院があって、そこなら、食べ物や着るものに困ることがないと進めてくれたのだった。実際に、食べ物については、逼迫していた。
女将さんが、古くて硬くなったパンをよくくれるし、薄くて具のないスープもくれるが、栄養が無さすぎだ。
アーデルハイトは、塩鉱山になんとか行こうと決心した。
しかし、歩いて行ける場所ではない。結界馬車は、許可を持つものしか乗れない。父のように、不足人員として呼ばれていくのなら乗れるが、アーデルハイトには許可が出ないというのは、子供ながら理解していた。城塞都市の孤児院に行くのなら、許可がでるのだろうが。
孤児院には悪い噂があった。それは、子供の間で流布されているものだったが、孤児院は悪魔が経営していて、子供の肉を食べたり、心臓を生きたまま抜かれて悪魔に捧げられたりするという、怖い噂だった。
アーデルハイトの心は限界だった。このままここで飢え死にするか・・・城塞都市で悪魔に殺される(と思い込んでいた)か、二つに一つだ。そのうち、父は生きていて、まだ塩砦で普通に生活しているのではないかという夢に縋りつくようになった。
そして、塩砦に向かう馬車に、隙を見て、無賃乗車しようという計画を思いついたのであった。今考えれば、すべてが無謀であり、狂っていたと思えるが・・・
結局、変な少年に騙されて、この塩鉱山街にたどりつき、納屋から納屋に生活拠点を移しただけだったわけだ。
「全然、変わってないじゃない・・・おかしいでしょう?」
アーデルハイトは、夜空に向かって話しかけた。夜空には、母の顔が見えるのであった。
もっと小さかった頃、夜中に目が覚めて、不安に駆られると、横に手を伸ばし、母の身体に触れ、体の温もりを確かめることが多かった。それだけで、幸せな気持ちに浸れたものだった。あの日の朝の、冷たい体を触るまでは。
どこかで、爆発してしまいそうな自分が、ここに居た。話を聴いてくれるのは、あの変な少年ぐらいしかいない。変態君と呼んでいるが、彼は今、鉱山の入り口にある、避難所で寝泊まりしている。
アーデルハイトは、少年の顔を思い浮かべて、そっと名前を呼んだ。
「ミヒャエル?」そして、猛烈に後悔した。
「ううん、大天使の名前なんて贅沢よ。あなたは変態君だわ!」
アーデルハイトは、いつも恨んでばかりいる、神に祈った。
(どうか、私を憐れんで、助けてください。母のところに行きたいんです)
抑えていた何かが外れたのだろう、大泣きしてしまった。そして、そのまま寝てしまったようだ。
目が覚めると、甘い香りがする、何かを握りしめていることに気付いた。
それは、菩提樹の花だった。
いかがでしたか?
アーデルハイトには、思い入れがあります。
気が強いのですが、弱みを抱えていて、天邪鬼で、
もしも、ミヒャエルが結ばれるなら、アーデルハイトではないかと
思っていますが、最近はクリスタちゃんもいいなぁとか・・・
ミヒャエルの意思なんか、ポイっと捨ててます。
私が、作者じゃ~ なんなら、BLにしてやろうかぁ?なんてすごんだりして。




