第17節 少年を追いかけてカルワリオへ
すこし時間が戻り、またドミニク視点です。
4月25日誤字訂正と誤記訂正、それとおかしな
文脈を訂正しました。
侯爵様は司教様を従えて先頭にたってどんどん上っていく。騎士の一人が案じて、先に歩くことを申し出たが、侯爵は必要ないと却下した。騎士は大変だ。
私はベルンハルトと並んで歩き始めた。例の男の死体が車輪ごと転がっている。なるべく見ないようにしてやり過ごした。
私は先程から気になっていることをベルンハルトに聞いてみた。
「この丘、一瞬で盛り上がったのでしょうか。地鳴りや地響きが起きてもおかしくないですよね」
「そうですな。門番の反応ですと、音もなく盛り上がったとしか・・・理解不能な力が働いたとしかいえませんな・・・」
すぐに私たちは頂上についた。50メートルほどの丸い広場のような頂上だ。
中央に光る卵のような、高さ2メートルほどの穴があいたようなものがある。
輪郭は白い、というより青白い光で、内側に向かって色が暗くなり、黒くなっている。空気が吸い込まれているようでピューピュー音がしていた。
ベルンハルトが叫んだ。
「転移門です。絶対に触れぬようにお願いします」
「何と申した?」侯爵が好奇心むき出しで質問してきた。
「閣下、転移門でございます。この世ではないところに空間をつなぐための門だと思われます。おそらく、あちらの世界へとつながっているかと思いますが、悪魔やその眷属も同様な門をつかうという文献を読んだことがあります」
「ふー、恐ろしい。でもベルンハルトよ。まさか地獄に通じていることはないだろう?」
「御意。先程からの一連の流れから察するに、これは、あの城壁の結界をつくってくださった古の賢者様が、こちらに来られた時に使われたものかと思います」
「ということは、あの少年はここを通って、あちらの世界にいったのか・・・」
「はい、古文書によりますと、かつて一つであったこの世界とあちらの世界ですが、あまりに地獄からの攻撃が酷く、干渉地として、神が世界を分裂されたとありました。たとえば、地獄と煉獄が異なるように、似て異なるものだとか・・・」
司教様が言った。
「面白い・・・これはザイフリートにはたまらんだろう」
私がまた例の唇をしているのを、見られてしまった。私は観察しようと数歩進み、ベルンハルトに話しかけれるために振り返った。
「ベルンハルト殿、これは消えることはないのですか?」
「いや~存じません。ドミニク神父様、でも少年を通したのなら、用済みかと思います。ずっと開いていれば、あちらの世界にとっても危険でしょうし・・・従って、消えるのも時間の問題かと存じます」
その時、転移門が急速に前方に小さくなりながら動いて私のほうへ近づいてきた。空気を吸わなくなった反動で前に動いたのか、固定する力が弱くなったのだろう。
「ザイフリート!」
動く転移門を躱すには遅かった。とっさに自分をかばうため、右手をあげ近づく転移門を抑えようとした。バチバチという音がし、いかずちのようなものが、私の手に飛んできた。私は激痛を覚えた。その瞬間に光る卵は消え失せていた。私は右手を抑えてしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか?みなさん、今はまだドミニク神父に触らないほうが安全かと」
ベルンハルトが先んじて駆け寄ってきたが、一定の距離をとって様子をみている。
「雷のようなものが飛ぶのが見えました。雷は体を通り道として、他の体に移ることがあると聞きます。実際にカミナリに打たれたものと手を繋いでいて、手からいかずちが伝わった事例がございます」
司教が心配そうに聞いてくる。
「ザイフリート、大丈夫か?そちは好奇心をうまくコントロールしないと命を落とすぞ」
「司教様、申し訳ございません」
「ま、今回は助かったからよかったぞ。そちはレオポルドの跡を継いでもらわねばならぬのだからな。自重するのも忘れぬように。手は大丈夫か?」
「申し訳ございません。はい、痛かったのは一瞬でしたが、しびれているようです」
「どれ見せてみろ。うーん外見は火傷もなにもないな。なんか白くなっているようにも思えるが・・・戻って手当てしよう」
司教様は、私の手には触らなかった。
それから侯爵様は騎士たちに少年の捜索を命じたが、見つけることはできなかった。
侯爵様は皆を集めて、転移門については、決して口外しないようにと命じた。
そして最後に
「まぁ、司教の言うとおりに、天に迎えられたと言えばよかろう。明日にでも、高札を建ててお触れをだそう」
といって全員を率いて城に戻っていった。
私は大聖堂前の広場で、侯爵様と司教様にいとまを請い、手当てをするために修道院に戻った。
司教様は、侯爵様と枢機卿様への報告対策のために、辻褄合わせをこれからするそうだ。それは口実で、市参事会からもらったうまいワインを二人で飲むつもりだ。なんでもボルドーから早馬で取り寄せた樽ワインで、400年以上前からワインを作っている修道院のものだそうだ。もう酸える前のワインは全く別物だそうだ。小さなベネチアンのデキャンターに小分けされるらしいが、あの二人だとデキャンターではなく、樽ごと飲んでしまいそうだ。仲の良い兄弟っていいな。
(ワインのビンやコルクが普及した年代は不明です。16世紀ごろと思われます。従って門番に飲ませるために渡したビンは、アンティオキアかベネチアのガラス瓶に小分けされたものでしょう)
修道院に帰ると、皆が総出で迎えてくれた。皆興奮気味だ。そりゃそうだろう。自分の街で、自分のところの孤児院の子が、まさに奇跡の子になるとは。
私はそのあと、30分は開放されなかった。全員がお勤めを止めて、話を聴くために出てきているので、司祭として、彼らの信心を高めなくてならないだろう。司教様にならって私は、決めておいた筋書通りに話した。本当のことは言えないけど・・・農民の子、ヨハネとパウロは孤児院にいるので、そっちに顔を出したときに全員に話さなければなるまい。同じ筋書だが・・・同じ奉献の子から聖人なみの者がでたことがいいのか、悪いのかわからないが、ここは利用するのが一番だろうな・・・しかし、あの子はどうしているのだろう。お腹空いただろうな・・・ちゃんと食べているだろうか。
そうそう、明日、ベルンハルト様のところに行って、あちらの世界について教えていただくことになっている。彼の知っている範囲はたかがしれているのだろうが、古文書とやらもぜひ見たいものだ。鐘楼の設備が特に気になる。
さて、自分の部屋に戻ろうかと司祭館に入ろうしたら、兄弟ルカスが心配顔で立っていた。
「神父様、右手どうしたのですが、なんか布をぐるぐる巻いてますが・・・」
「あ、いや、火刑台ですこし火に近づきすぎてね。火傷までは至らなかったのだが、冷やしているのだよ」
「どれ、見せてください。ちゃんと手当てしておかないと、あとで大変なことになりますよ」
ルカスは無理やり私の手を取り、水に濡らした布を取り始めた。
「あ、いかん。触ってはいかん」
私は腕を振りほどいて手をかばった。
「神父様、どうしたんですか。神父様らしくないですね・・・」
「す、すまん。いや痛いので自分で手当てするから・・・」
「わかりました。でも傷は見せてください。必要なら医者を呼びますので・・・」
ルカスは、譲らないようだ。まぁ、火傷ではないし、もうそんなに痛くはない。見せても大丈夫だろう。門番のところで布をもらい、水で濡らしたので、もうかなり乾いている。
外して、まじまじと手の甲を見た。傷はない。火傷もない。電撃の跡ももちろんない。
しかし、妙に白いな・・・左と並べてみると、その白さが際立っている。
ルカスは、随分ときつく布を撒いてたんですか?血が止まり気味だったのではないですかと言いながら、心配そうに見ているが、特に問題なさそうなので、ほっとしたのだろう。
「じゃぁ、神父様。私に祝福をお願いします」とひざまづいて手を組み、頭を垂れ、目をつぶって祝福をまった。ルカスは祝福されるのが好きなんだな。祝福は、司祭がするのではなく、司祭の体を用いて神がしてくれるものだ。つまり、私は神の道具でしかない。これが司祭の役割でもある。
「うむ。父と子と聖霊のゆたかな祝福が、兄弟ルカスの上にありますように」
その時だった。私の右手が光ったような気がしたのだ。気のせいだろうと気にしなかったが・・・手の色が少し白くなっているからだろうと思っていた。
「アーメン」ルカスは満足して挨拶をすると自分の勤めに戻っていこうとした。私は授業の結果を聴くのを忘れていたことを思い出し、聴いてみた。
「あ、ルカス、あの少年のラテン語はどうだったか?」
「神父様、あの子は天才でした。古典でも問題なさそうでしたよ。やはり特別なお恵みを頂いていたんですね・・・」
「そうか、ありがとう」
ルカスはお勤めに帰っていった。
ドミニクは転移門に触れることによって自分に起きた変化にまだ気づいていません。
しばらくこちらの世界の城塞都市でお話が進みます。
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