・話を聞かない
・話を聞かない
さて、いつもの会議室には、到底入りきれないし、服を作ってくれている、他の魔物の邪魔になるので、空いている部屋とか廊下の端っこに、例の冒険者たちを並ばせる。
既に縄は解いてあるが、エルフたちが見張ってくれているので、おかしな動きはしない。
形式とはいえ書類を受け取った以上は、やらないといけないが、その前に人数を減らそう。
「えー、故郷に帰りさえすれば仕事がある、もしくは実家を継ぐことも今となってはやぶさかではない人、挙手」
ひいふうみい……十人。多いな。彼らには路銀を渡して家に帰そう。エルフの方々に護送してもらうことにする。
代金は後で取り立てるとして、これで残り二十人。次は求人情報を読み上げよう。
「次。竜人町では、まだまだ漁師の数が足りません。塩生植物の栽培も始まったばかりです。安定するかは分かりませんが、職には就けます。なお漁師のほうは元冒険者の三人が指導に付きます。人魚のいる街で、人並みの暮らしを取り戻したい人、挙手」
ひうふうみい……八人か。人魚という単語で色めき立ちやがって分かり易い連中め。敢えて言わなかったが他の魚っぽい魔物たちも、いるんだぜ。
せいぜいエラを生やされないようにな。別のエルフの一団に送ってもらって、これで残り十二人。
「次、妖精町では現在、エルフ以外の人が住んでいません。発電所は再稼働しましたが、農業のほうはあまり復興していません。そのため農家の成り手を募集しています。この際百姓になるのも悪くないという人、挙手」
ひいふうみい……さっきの十人中二人がこっちのほうがいいと言って戻って十四人。そこから十人をミトラスに送ってもらって、これで残り四人。次。
「群魔町では清掃業が不足しています。人が増えたらごみも増えました。自分は違うと思う人、挙手」
ひいふうみい……三人。パンドラに送ってもらってこれで残り一人か。
一先ずは今後の身の振り方が決まった、二十九人をそれぞれの場所に案内して、残った一人を確認する。ちなみに移動手段は、故郷に帰る集団が馬車、群魔町内が徒歩、残りが転移魔法だ。
「で、お前か」
「……すいません」
他の連中がいなくなったのに、残っていたのは最初のひったくり犯。まさかこの期に及んで、仕事したくないとか、言うんじゃないだろうな」
「働く気がないので?」
「そんなことありません! 依頼があれば、ちゃんと受けて、生活もできていました!」
勢い込んで答えたその男は、掴みかかるんじゃないかって勢いだった。
止めろよ暴力に訴えようとするの、仲間を呼ぶぞ。
「ここが魔物の街だっていうのは、分かっています。だったらその魔物に悩まされる人々の依頼とか、ありませんか!? 冒険者ギルドでもいいです! 仕事があれば、なんでも!」
なんでもって冒険者に拘ってるじゃないか。しかも言うに事欠いて魔物に悩まされる人々だ? こいつはいったい何様なんだ。
「あのね。冒険者はもう終わりなの。冒険できる余地なんかもう何処にもないの。それこそ別の街や国外とかなら、あるかもしれないけれど、そこまでする気が無い、ぬくぬくなあなあな冒険ができる場所なんか、とっくに戦争でなくなっちゃったの。分かる?」
男の顔が赤くなる。
しかし表情そのものは優れない。
そのキレるぼっち系の若者みたいな顔、止してくんないかな。今にもヒステリー起こしそうで、気に入らない。
「そんなのあんまりです! オレ、冒険に憧れて冒険者になったんです! これまでだって、仲間と旅して来ました。だけど、戦争があって、それが終わって、皆冒険者辞めて、気付けばオレだけ。オレ、まだまだ冒険者してたいんです! お願いします! 冒険者の仕事をください!」
うあーうざい! 声はデカいししみったれてるし、そんなこと俺は知らないよ! とっとと堅気になれよ馬鹿!
とは口が裂けても言えないので何か対処法を考えるしかない。
「そうはいいますが、冒険者って要するに、何でも屋なんだし、何でもやって見たらいいじゃないですか。ていうか冒険者の仕事って、要するに冒険者としての活動が、できる仕事ってことでしょう? それが何を指しているのかなんてこっちに分かりませんよ」
男はぐっと言葉に詰まった。ほれ見ろ。
漠然と今まで暮らして来たから、それが変わるのが嫌だってだけで、自分がどういう生き方してきたのかには、無頓着なんじゃないか。
「じゃ、じゃあ説明します」
そういってこの男は苦情届に筆を走らせ、あーでもないこーでもないと頭を悩ませる。そして答えが一向に出ない。嫌な予感がしてきた。
失敗したら次の苦情届を出す姿にも焦りを覚える。せめて今の失敗作を草案にまとめて、新しいのには下書きをするくらいのことはしろよ。
見る間に苦情届のストックが減っていく。
「これでどうですか!」
うぜえ。こういうキラキラ系俺大嫌い。目をキラキラさせるな。しかも山ほど紙使いやがって、こういう奴はトイレの紙も、すごい勢いで引き出すんだよな。
「はあ、どれどれ」
最悪だ。一応文面に目を落とすが、案の定内容は酷かった。
『仲間と一緒に魔物を倒したり迷宮に挑戦してお金がもらえる仕事が欲しい』
「これが冒険者の仕事ですよ!」
繰り返しになるが群魔は魔物の街である。こいつが天然で煽ってるのか、分かってて挑発してるのか知らないが、非常に不愉快なのは確かだ。
仕方ない。攻め手を変えるか。
「うん、じゃあ今度は、冒険者を支える側に、なってみたらどうですか」
「冒険者を支える側?」
よし食いついてきたな。こういう進路調査で第二志望とか書かないような奴には、こっちから誘導しないといけないのが、面倒臭いんだよな。
こういうことができるようになってる辺りに、自分の成長が垣間見えるな。偉いぞ俺。
「ここを一つの好機と捉えて、自分を社会的に鍛え直すんですよ。仕事を通して。お店を手伝って、お店から見た冒険者って視点を持てば、この先何かの役には立つんじゃないですか? 私冒険者じゃないから知りませんけど」
俺の言葉にひったくり犯は、随分心が揺らいだようだった。冒険者を支えるという、言葉の響きにやられたようだった。
「一先ず何か求人を選んで、挑戦をしてみては如何でしょうか」
「分かりました。無いものは仕方ありません。やって見ます」
全体的に鼻につく。こいつが天使に遭遇して頭からしゃぶられたって絶対助けん。
そんなことよりも、選ばれた求人書類を受け取って受理印を押す。内容はトレセンでの監視員。この先の顛末が見えるから、後でディーに連絡をしておこう。
「えーそれでは、お仕事頑張ってください。えーと、ミシェル・シンプソンさん」
「ええ、片っ端から魔物を片付けて来ます!」
折りたくなるほどの白い歯を見せてひったくり犯、ミシェルは駆け出した。
「ただいまー」
「どうしたの、サチウス?」
「お帰り、実はな」
入れ違いにパンドラとミトラスが帰ってくる。俺はたった今あったことを話し、大きくため息を吐いた。
育児放棄された中学生並に、人の話を聞かない人間の相手をさせられることが、こんなにもストレスフルだとは思わなかった。
「大変だったね」
「そうだ、皆でピザ食べようぜ」
「そうすっか」
お土産のスイーツの存在を思い出したので、それを食べて気分転換をしよう。
俺たちは会議室の机に腰かけると、疲れた頭と心を癒すため、無言でおやつを貪ることにした。
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文章と行間を修正しました。




