・溝
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監視員の仕事のはずなのに一般利用者とトレーニングセンターの魔物の戦いに乱入した挙句、自前の武器で魔物に襲い掛かってあわや、という所でミシェルは取り押さえられた。
彼を鎮圧したのは、後で寄越すはずのディー、ではなく他の利用者たちだった。
ある程度までは予想していたが、あまりにも展開が早かった。
俺とミトラスは慌ててトレセンに行っ、てミシェルを取り押さえたという元冒険者、オーサンに事の経緯を聞いていた。
この人は俺がこの世界に来て、初めて手掛けた仕事でお世話になった人だ。以後も話すことはあったが、こんな形でまた関わることになるとは。
「おう、嬢ちゃんたち、久しぶりだな」
「オーサンさんもお変わりないようで。この度はうちが紹介した人が、とんだご迷惑を」
先ずは謝罪。そして他愛ない会話をしてから、本題に移る。お互いに恥を晒し合ったこともあるせいか、非常にスムーズだ。
「ええと、ミシェルさんはどうしてます?」
「ああ区長。あのボウヤなら武器を取り上げて、今は縛り上げてある。ありゃ難物だな」
オーサンがまだいくらか黒いものが残る頭をかく。オーサン、バスキー、そしてミシェルが、現状で俺が知っている元冒険者だ。
頭の中で並べてみるも統一感がまるでない。今更だけど、魔物と同じくらい雑で無理がある括りだな。
「冒険に憑りつかれて聞く耳なんか持ってねえ。一端の冒険者ってのは稼業で生計を立てる内に、潮時ってものも考えていくもんだ。言っちまえばまともな暮らしを手にするまでの長い繋ぎだ。自分の限界を一早く悟って、それが来るまでに伝手を作るなり、堅気になる支度を整えるのよ。だが、ありゃ駄目だ。折り合いを付ける気がねえ」
オーサンがため息を吐き、手を顔の前で振る。この人が言うには、臨機応変が冒険者の大鉄則らしいが、ミシェルは上手く行っていた、自分のライフスタイルを変えたくないが故に、周りを自分に合わさせようと譲らないらしい。
仕事としても暮らしとしても、冒険者が好きすぎてそれを辞めたくないらしい。
意地と甘えと依存が混然一体と化した汚ねえ精神。
「サチウス、顔」
「ああ、ごめん。今戻す」
顔に出てしまったらしい。自分の顔をよく揉み解して取り繕うと、深呼吸をする。これから当人を引き取りにいかないといけないんだ。
ああ、年の近い人間って嫌だなあ。
「ああいうのが出ちまうのは仕方ねえし、人間側の落ち度にゃ違いねえけどよ。頼むから人間の出禁なんてのは、勘弁してくれよな」
オーサンが両手を合わせて謝ってくる。戦闘ジャンキーな彼からすると、老後の楽しみが減ることになるから相当辛いだろう。俺たちとしてもこんなことで、関係にひびを入れたくないからそんなことはしない。
というか権限もない。
「大丈夫ですよ。じゃ、ちょっと彼を引き取ってきますんで」
そう言って、俺たちはトレーニングセンターの事務室へと向かった。
*
トレセンの事務室、といっても外見は古代の剣闘士が戦うコロシアムな訳だから、その中身は他の部屋と大差ない。
ちょっと広くて事務机と、それを置くための敷物が石の床に敷いてあるくらいだ。
受付のハーピーに事情を話して、奥にあるスタッフオンリーの部屋へと案内してもらった。鉄格子と鎖付きの手錠があり、中ではミシェルが捉えられていた。
なんで牢屋がスタッフオンリーなのか気になるが、そこは置いておこう。
「ミシェルさん。引き取りに来ましたよ」
「あ、いい所に! 早くここから出してくれ!」
じばたと足掻く度に手錠に繋がった鎖が鳴る。外見は前と変わっていない。せめて制服に着替えろよ。
「その前に、なんでまたうちの魔物に襲い掛かったんですか? 駄目だって分かってるでしょう」
「何を言ってるんだよ! 今までずっとそうして来たのに、今更駄目だとかおかしいだろう!」
ミトラスの問いにミシェルが怒鳴る。ああ、この自分の好き嫌いや納得の可否を分けられない我が侭さが嫌だ。
女にもいるけどさあ。そのうち世の中のほうがおかしいとか、言い出しかねないな。それで消極的に自分を正当化して、積極的に問題を起こすんだよな。
「いいか! 魔物は人間の敵で! 今日まで生きるか死ぬかの戦いを繰り広げて来たんだ! それをこの街では人間と同じように暮らしてる、それどころか人間みたいに扱う。そんなことを言う世の中のほうがおかしい!」
考えた傍から言うんじゃないよ。
一年前の俺は異世界に来たことについて、倫理観の違う人間の行動によって、異世界に来たことを実感するものじゃないかと、不満を抱いたこともあったが、甘かった。
考え方とか倫理観とかつべこべ抜かしたところで、相手が人間なら世界とか関係なくもう『人間』以外のものは感じられなくなってしまう。
『だって人間だから』で済んでしまう。
自分の疑問に対して、自分の人生が一年も溜めてから答えをぶち込んでくれたことが、堪らなく悔しい。
「あのなあ、俺たちは人間の決まりに従って生きている。人間のお前がそれをできなくてどうするんだよ。いいか。この街では人間の決まりに従って、俺たちが生きているんだ」
それなのにこいつに仕事を斡旋したせいで、うちの信用が落ちるんだぞ。堪ったものではないよ。そりゃ敬語はおろか、丁寧語だって使う気にはならないよ。そうしなきゃいけない決まりもないことだし。
「気持ちのやり場がないのは、分かるつもりだけど、こんなんじゃ仲間に合わせる顔がないだろう? せめて何か目処を立ててさ、頑張ってみようよ、ね?」
とりあえずそれっぽいことを言いつつ、本人が気にしているであろうことをチラつかせて見る。最初に駄々を捏ねた時や、苦情届を出したときのことを鑑みれば、仲間のことを言っていたからそれも乗せる。
「……そうだな。いや、そうですね、オレ、もう一回頑張ってみます」
おお、効果があった。まるで魔封じのお経だな。
今度からこれを説得の文章に織り交ぜていこう。
「うし、その意気だよ。それじゃあこんなとこさっさと出て、職場の皆さんに謝りにいこうか」
「事情を話せば分かってくれます。あまり短気は起こさないように」
そういって、俺たちはミシェルを釈放してやった。これで少しは改心してくれるといいんだが。
そう思った俺たちの淡い期待は、すぐさま聞こえてきた人々の悲鳴と、内容が逆恨みの怒声とによって、即座に打ち砕かれた。
急いで現場に向かうと、今度は団結した魔物と人間の利用客が、協力して作ってくれた赤いボロ雑巾を、押し付けられることになった。
俺とミトラスは一瞬赤くなった顔を、蒼くしながら皆様に平謝りすることになった。
こいつには一般人としての見込みはないのか!
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




