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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の港を開くには
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・バスキーの本気

今回長いです。

・バスキーの本気 


 天気晴朗なれども波高し。以前と打って変わって、偽腐の町は寒いながらも、豊かな自然の景観を湛えていた。


 どこまでも続く水平線は海辺の醍醐味だ。雲の流れはその速さ一つで、浜の印象を如何様にも変える。


 波打ち際から振り替えれば群魔、引いては神無側の山々が彼方に見える。


 海ってだけでベンチャー脳が湧いて出たからバブル期だって、中学で日本史の先生が教えてくれたけど、これなら確かに納得だ。


 観光地化したいという欲に駆られるな。朝の潮風が眩しいぜ。


「さあ、今日は仕掛けの数と設置場所の検討、区画整理のために街を見て、修繕不能の家屋や邪魔な家の目星を付ける。そして最後に島嶼の様子を見て回ると、こんなとこだな」


「大丈夫サチウス。やっぱりまだ寝ていたほうが」


「痣ならもう治ったから平気だよ。ディーだって元気になったことだしさ」


 俺は懲りずに視察に来ていた。前回はイレギュラーもいいとこだったから、今回はまともに仕事をすることができるだろう。


 本日のパーティメンバーは、ディーとウィルトだ。彼女は落ち込む前よりも、活力と落ち着きを取り戻しいた。


 一皮剥けたというか、家族会議が上手く行ったんだろう。本当に良かった。


「あ、あのね、兄さんが、昨日謝って来たんだ。あたしがもう一人前なのに信じてなかったって、自分の過保護に付き合わせて、足を引っ張ってしまったって。あたしはもう自分で考えて、失敗も努力もしていけるはずなのにって。嬉しかった……それでね」


「後にしようよ。聞いてあげるけど、それ長くなるでしょ?」


 ディーがはにかみながら俯いた。ああ、首から下さえ見なきゃ、こいつは可愛いんだ。本当にもう微笑ましい奴だよ。嫉妬もできないね。


「ではいいですか、二人とも。海岸の件ですが、蟹の行動範囲を見極めて、浜辺に上がって来れないようにして、それから仕掛けを設置します。後で漁船に引き上げる形になるとはいえ、岸から遠すぎず浅過ぎない場所に、置かないといけません」


 空気を読んで黙っていたウィルトが引率を始める。船着き場にはまだ船はないが、帰りにこの親子が確認するらしい。俺は今回の教訓を活かし、一足先に帰ることになっている。


「分かった。島のほうは?」


「基本的には手を付けない方針です。ですから今日は先ず町を見て回り、サチコさんを役所に帰してから、私たちで仕掛けのほうを確認します。いいですね?」


『はい』


 俺とディーは揃って返事をすると、ウィルトに先導されて(歩幅のせいで途中から娘に肩車されていたが)町へと向かった。


 前に来たときは住宅街では、家屋が風か日光を避けるように建っていたが、人の姿はなかった。


 今はまだ、ここがゴーストタウンであることは変わりないんだ。


 まあそれも残り何日もしないうちに見納めだろう。そう思いながら、俺たちは港から離れた。


  *


「先ずは住所を決めるがよかろう。できれば仕事に差し支えない場所にな。それとこの辺りは近々取り壊す予定じゃから止めておけ。建物の立て直しは当然視野に入っておる。リフォームの申請は、しておかんと損じゃぞ」


 そんな俺の、ちょっぴりセンチメンタルな気持ちをぶっちぎって、街には大勢の人がいた。そしてそれを取り仕切るバスキーの姿。


 赤い体が日の光を浴びて輝いている。


「バスキー、何をしているんですか……」


「おお、お主たちか。何って人の誘致じゃよ。お主たちが屠殺でやったことの真似じゃな。まあこの娘らはエルフじゃなく人魚じゃが」


 ウィルトに問いかけられてバスキーが答える。普段の駄目さ加減が嘘のように仕事をしている。


 これはいったいどういうことだろう。


「バスキー様、こちらの方たちは?」

「ば、バスキー様……」


 ディーが信じられないといった顔でバスキーと、人間にしか見えない女性を見比べた。


 奴隷でも買ったのかという狼狽え具合だ。今は人間に変身しているらしい人魚の女性は、亜麻色の髪に小動物のようなくりっとした黒目に、小麦色の肌をしている。


「ああ、マーサちゃん。彼らは我の同僚じゃ。こちら今回の漁業方面の復興を担当してくれる、ウィルトとディーくん。そしてこちらがサチコくんじゃ。先日密猟者の捕物で名誉の負傷をしたが、こうしてピンピンしとる」


 人を武闘派みたいに言うんじゃない。


 ていうかなんだこれは、既に観光客のような人々があちこちの家屋を、物色しているじゃないか。


「心配はいらん。移住手続きの書類なら、この場の者の分は全てまとめて今朝、区長に渡してきた。人魚の彼女たちなら水夫の仕事もできるじゃろう。彼女たちの当座を凌ぐだけの仕事もありそうじゃし。いやあ、良かった良かった」


 人魚ってのは上半身が人間で下半身が魚の魔物だ。足を人間のものに変えて、陸上で生活できることから人間扱いされたり、やはり魔物だったり、或いは幻獣だったりと、表記ブレが激しい生物である。


 ちなみに海洋哺乳類系で見た目よりずっと力があるらしい。


「いつものように遊んでいるものとばかり……いつから仕込んでいたんですか」


「お主らが屠殺にエルフを呼び戻した頃からじゃな。あれを見てイケる! と思うてのう。一人であれこれと画策しておった。家は金で買えたし、エルフと同様この海に戻りたいという水棲の魔物にも声をかけた。このマーサちゃんなんかもそうじゃ」


 こいつ、いつも一人で何処をフラフラほっつき歩いているのかと思っていたが、一人で街を救おうとしてたのか、流石ドラゴン、水臭さのスケールがでかい。まるで勇者だ。


「バスキー、俺は今までお前のこと見損なってたよ。パンドラを追い掛け回してたのも、農家からケツを守るために、金をせびってた訳じゃないんだな」


 一瞬だけバスキーは沈黙すると、また別の説明を始めた。あ、そこは本当なのか。


 そうだよな。あんなこと夢とか冗談じゃ、済まされないもんな。でも待てよ。


「ねえディー。ドラゴンって魔物だろ? 人間みたいに買い物できるって言っても、家なんか買えるの?」


「冒険者の資格を取る条件には『人間であること』という条文はないの。つまりそれなりに腕が立って試験に合格すれば、それこそ犬だって冒険者になれるの。そして冒険者は借金ができないけれど、一括なら家みたいな不動産を、購入することも可能なのよ」


 ディーに尋ねたらすんなり答えてくれた。


 なるほど、パンドラから日々樽に金貨を詰めては、何処かへ出掛けていたのは、そういうことだったか。


 そしてこういう言い方をしたということは、暗に魔物は家を買えないってことなんだな。


「それにしても一度は魔王軍に寝返ってるのに、よく資格を剥奪されなかったな」


「例によってお金さえ払えば、資格の維持自体はできるから」


「家も市に格安で払い下げられていたから、そこまで苦労はせんかったがの」


 うーん。やっぱり外国基準で考えると、冒険者がいる世界の人間って、こういうものなのかも知れない。


 殺伐としていて大概ろくでもない。ああ、久しぶりに市長の爺さんの顔を見て、安心したい。


「じゃが、さしもの我でも、仕事を作るということは思いつかなんだ。そこは助かったぞウィルト。やはりお主は使える」


「それはどうも。しかし、ほとんど仕事を取られた後となっては、皮肉にしか聞こえませんよ。やはりあなたは油断のならない方だ」


 四天王二人の視線が衝突し、真っ向から睨み合う。知恵は回るが糞真面目で空回りしがちなウィルトと、ちゃらんぽらんだが要領は良く行動は早いバスキー。


 仕事だけで言えば、組ませれば早く始めて、後詰めもしっかりしていると言うことなしだが、現実での相性は水と油だ。


「そう警戒してくれるな。ほれ、この街の地図じゃ。一応我なりに整備案を書き込んでおいた。後で確かめてやってくれい。マーサちゃんは、どんどんお友達に声をかけてきておくれ。サハギンでもアプカルルでも良いよ」


「あ、ありがとうございます!」


 バスキーから地図を受け取った俺の横を、マーサという女性が通り過ぎていく。本当に嬉しそうだった。明日からの暮らしに、胸を躍らせているかのようだ。


 どうやらバスキーはこの女性に入れあげたんだな、と何となく分かった。


 ちなみにサハギンもアプカルルも、半漁人系の魔物である。こっちの違いは良く分からん。


「わ、すごい。これ駅や市場の場所、余所からの仕入れにまで言及してる」


「細かいな。勝手に住宅の位置を弄ってあるのはアレだけど、これを実現したら、けっこう住み易いんじゃないの」


 もう全部こいつに任せていいんじゃないだろうか。普段が普段だから想像できなかったが、やっぱりドラゴンってすごい生物なんだな。


「お前って結構すごい奴だったんだな」


「いいや、お主たちの助けがなくば、この計画はあの密漁者たちのせいで破綻しておったやもしれん。この辺は一人の限界じゃのう。あ奴らがのさばれば、彼女たちを招くことなどできんかった」


 俺が素直に褒めると、バスキーは頭を掻いて殊勝なことを言って、とても疲れた顔を見せる。相当に気を揉んだんだな。


「しかしあなたにとって、あの子はそこまで大事な方なんですね。意外でしたよ。女の人が絡めば、あなたにも良心が働くのですね」


「我はドラゴンだ。ドラゴンの誇りは全て欲望に連なるのだ。気に入った娘のためならば、街の一つや二つ救ってみせよう」


 ウィルトの嫌味にバスキーが返す。この結果を見ては今の発言を、格好いいと言ってやらざるを得ない。いつもはダメだけど。


「あの人魚の子はどういう方なんですか?」


 ディーがマーサのことを尋ねた。


 パッと見チャラチャラしているが、態度はいたいけといった感じだった。


「うむ、あの子はかつて、我の気に入りの酒場の店員じゃった。人間と魔物との戦いで住処の海を追われてから、人間に化けて暮らしていたそうじゃ。健気にも客に媚を売り、蓮っ葉になっていくあの娘を我は気に入ったのだ。そうして足しげく店に通い金品を貢いでいる内に、あの子の身の上を聞いてのう」


 ん? いい話なのかこれ? 


 始まった昔話が酒場のねーちゃんに入れあげてって時点で、俺ちょっときついんだけど。


「いつかお金を貯めて故郷の海、と言ってもここなんじゃが、帰って堅気に戻りたいと、そう言うておったのじゃ。しかしマーサちゃんを更なる不幸が襲った。金蔓だった人間の不倫相手が、ある日を境に落ちぶれていき、最後には蒸発したそうでなぁ。収入が大幅に減ってしまってのう」


 俺の横でディーとウィルトが腕を組んで、俺と同じような顔をしている。良い話か悪い話か判断しかねているようだ。


 不倫は勿論悪いことで、不倫相手がいなくなるのは良いことで、マーサの目的は良いけど手段が、でも魔物だし、あ、コレ深く考えないほうがいいな。


「しばらくは我の貢ぎで、儲けさせていたんじゃが、そこに今回の偽腐の再開発の話が持ち上がったという訳じゃ。ここしかないと踏んだ我が行動に出て、お主らに手を貸してもらい、今に至るということじゃ」


 ああ、うん、本人が分かった上で貢ぐなら、それは仕方ないな。ああなんだろう。良い話として、すごい受け入れにくい。


 これどうやって納得したらいいんだろう。

 ニュアンスが良くないんだきっと。


「我としても夏祭りのサチコ君への借りを返したい。マーサちゃんを助けてやりたい。久しぶりに高級な枕が欲しい。そういった様々な欲があったのだが、無事に事を運べて感謝しとる。ありがとう」


 しかも本人は俺たち込みで美しい出来事として今日のことを記憶しようとしている。なまじ俺に恩を感じている部分もあることが、余計に苦しい。全否定してツッコミを入れたい。


 そんなことをしてはいけないけど、猛烈にしたい。


「我はこのまま皆に街を案内するので、お主たちも各自の仕事を済ませるとよい。ふふ、思いもがけず長く付き合わせてしもうたが、さらばじゃ」


 すげえいい笑顔残して去って行きやがった。でかい体をのびのびとさせて、空を飛んでいく赤龍の姿は、何も知らない者が見たら、相当幻想的な光景だったに違いない。


 だが取り残された俺たちは、どこか腑に落ちないバスキーの話を聞いて、その場に立ち尽くしていた。


「……要は、俺たちは得をした、ってことで、いいんじゃないかな」


「そうですね……」


 遠く水平線を見れば、ワイバーンたちが元気にサカミンを咥えて、島へと連れ去っていくのが見えた。


 俺たちはその光景を、何も言わずにしばらくの間、じぃっと眺め続けるのであった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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