・本当は何もない
・本当は何もない
「サチコさんもそろそろ自分の身が守れるくらいには強くなったほうが良いですね」
「そうだな、害獣駆除も控えてるし、今度オレがレベル上げ用のアイテムを貸してやるよ」
「ええ、俺の売りは無力な一般人ってことだぞ」
ゾンビを二つの意味でやっつけた後、二人はそんなことを言う。
絶対に嫌だ。体を鍛えると体のほうが俺に言うことを聞かせようとするような感じがして嫌だ。
体育会系はアレが好きなんだろうが、自分の体に洗脳されるようで嫌だ。絶対に嫌だ。
「そんなことよりも、今は手がかりを検めるほうが先だろ」
話題を打ち切って、さっき手に入れたイベントアイテムを指差す。哀れかどうかの真偽が、闇に葬られた死体が持っていた手帳には、以下のようなことが書かれていた。
――人世歴……年。夏の第三月……日。中央から人種外しの通達が届く。対象は『エルフ』とある。冗談ではない。この区の重要な施設の大半は、彼らの技術で設計・運用されている。他の人種にも施設を使える者もいるが、数が足りなすぎる。ここは元々エルフの住処だったのだ。彼らに退去命令を出さねばならない以上、引き継ぎも絶望的。安全を考慮すれば、施設の機能を止めざるを得ない。だがそうなれば、区の現状を維持することは不可能だ。そもそも他の区よりも、エルフの人口が多いからこそ、彼らの協力と彼ら寄りの政策で、街を盛り立ててきたというのに。
「この年って確かお前がうちに来た年だよな」
パンドラの声にウィルトが沈黙する。彼は戦争中に孤児を育てていたが、口減らしのために人間側から襲撃を受け、生き残った後も濡れ衣を着せられた。
そのせいでエルフの人間扱いが取り止めになるなど不幸が服を着て歩いているような存在だ。
この件に関してウィルトに落ち度は何もないけど、負い目を感じているようだ。なまじ人間側が、魔物に勝利してしまったせいで、エルフの名誉は回復していないし、当人は魔王軍で活躍したこともあって、このことは公然の秘密となっている。
「続きはよ」
「急かすなって。次の日記の部分は……」
パンドラがページを捲る。途中で何かの計算や金額が小さくなっていくのに連れ、字が汚くなり最後には塗り潰している部分が目に留まり、胸が苦しくなる。
追いつめられていたことが、これだけで分かるのが辛い。
――人世歴……年。秋の第一月……日。今月と来月の収穫は間に合いそうだが、やはり施設の維持はできないことが明らかになった。元々は何もないこの土地が今のような豊かさを持つのは、エルフたちの発電所があったからだ。自然の風で稼働し、作り出した魔力と電力で安定して持続するようになったこの施設は、余剰なエネルギーを用いて魔法を発動させ、水を作り出す仕組みだった。風の副産物である砂で、砂丘が生まれ、発電所の電力は水源を創った。これが無くなるということは、その二つが無くなるということだ。区の生産力、それ以前に自給自足もままなるまい。新制度が導入されてからは、周囲に助けを乞うこともできない。早く手を打たなければ。
「つまり、元々ここは、そんなに良い土地じゃなかったってことか?」
「発電所の力で暮らしていけてたけど、施設の機能不全で振り出しに戻ったってことかな」
「恐らくは。発電所の羽が回っているにも関わらず、水が作り出されていないのはそういうことでしょう」
ここで分かったことは、発電所がここにある理由。これは屠殺がエルフたちの街だったこと。
街はいつからこうなってしまったのか。これは魔物と人間の戦争が起こり、神無側が滅亡する前。
で、発電所に何があったのか、俺たちはどうするべきか。住民はどこへ行ったのか。
残された疑問は三つ。その内の一つには、たった今答えが出たところだ。
――失敗した。もうおしまいだ。
ページを残して書かれた最後の一文は、俺たちにここで得られる情報がもう無いことと、次の目的地である発電所へ、向かわなくてはいならないことを示していた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




