・職員の日記
・職員の日記
屠殺の役所は思いの外広く、部屋数も多かった。
石造りの壁に石造りの床。
三階建てで玄関には石造りの両扉。
お堅い外見から宮殿のような中身を、漠然と想像していたが、構造はどちらかといえば現代の小中学校に近い。
入ってすぐの壁に、部署への行先が書かれた地図があり、それでいて受付はない。今一不親切だな。
小分けにされた教室もとい、部署の壁には管轄している業務が、表示されていた。
過去形なのは表示をしていたらしい看板が、足元に転がっているからだ。冒険者の酒場のほうが居住性や快適さは上なんじゃないだろうか。
行ったことないけど。
「うちと比べるとちゃんと『課』があるな」
「そのうちできるよ、そのうち。ていうか税務課と戸籍課はできただろう」
砂埃を被った机と木の棚を漁りながら、パンドラと雑談をする。こうしている間にも外からの風が、窓を揺らし不快な音を届けてくる。
砂漠とは異なり、土地に粘土質も含まれているのか手が汚れていく。
「人が増えればそっちも増えるはずだ」
「うへー」
僅かながらも税収が安定したことと、産業の主流が公営事業なこともあって、管理の一環として従業員の戸籍情報を、まとめることになったのだ。
クラスの連絡網に毛が生えた程度のものだが、一応戸籍課ということになっている。そしてそれはゆっくりとでは、あるが区に浸透しつつある。
税務課は元からあったが、機能していなかっただけの話だ。
「ところでよーウィルト」
「なんですか」
手がかりにならない羊皮紙や、ゴミを端に寄せて片付けていたウィルトが、顔を上げる。
日記でもあれば良いのだが、やはり職員の自宅まで家探ししないと、いけないかもしれない。
「あの風車をぶっ壊して帰るんじゃ駄目なのか、それで風は止むんだろう?」
「それは最後の手段でしょうね。アレが治せるなら、この一帯を戻すことも可能でしょうし。壊すにも手順を踏まないと危険です」
ウィルトがこっちを見ると、その視線を追ったパンドラが気付く。あの公害扇風機が爆発でもして巻き込まれたら、俺だけは無事では済まない。
不老不死の呪いらしいけど、かすり傷一つ負うのもご免だ。
「でも本当、なんでこんなことになったんだろうな」
「そこです。我々エルフの作ったものにしては、あまりにも大出力なんです。それが気にかかる。発電所の異常が、この件の原因と見て間違いないでしょうが」
「現状手がかり無し。残すは最上階だけか」
残された書類から、最後まで人が残っていたのが、ミトラスの授業で言っていた、前神無側滅亡の時期辺りまでということは分かった。
予想としては屠殺が魔物に襲撃された際、発電所がおかしくなったか、人がいなくなって管理者が不在になって、暴走したかだろう。
ううむ、自業自得の臭いがしてきたぞ。
こういうのって気乗りしないな。
「足元、気をつけて」
「ああうん、ありがと」
砂が積もって滑りやすくなった階段を上がり、三階を探索する。他の階と違い会議室と倉庫、そして役員室以外の部屋は無かった。
会議室には大きな円卓と椅子。どうやって運びこんだのか気になるくらいの大きさだ。
倉庫には書類などは無く、壊れた備品や何かの廃材が詰め込まれていただけだった。そして役員室だが、中から物音がする。
「サチウス、ちょっとこれ持ってろ」
「生きてはいません。恐らくアンデッド。ここで亡くなった誰かが、弔われずに放置されたことで、化けて出たんでしょう」
パンドラが俺に頭部を渡して下がらせ、ウィルトは杖を翳して中の様子を伝える。生命力感知でもしているのだろうか。
「だ、大丈夫なのか?」
「面白味がないくらいには大丈夫だな。よっと」
パンドラが雑にドアを開け放つと、中から色褪せたローブに身を包んだ白骨、いや、ほぼ骨のミイラ化した死体が飛び出してきた。
飛び出してきて……パンドラに吸い込まれた。
「うわあ!」
思わず悲鳴を上げてしまう。だって兜が無くて空洞が覗いているパンドラの首元にずるりと吸い込まれてしまったのだ。掴みかかったゾンビが。
「いつ見ても怖ろしいですね。あなたのそれ」
「現役時代はこの後『ほうらご祝儀だぞ』って言って他の奴の前に、金をぶちまけてやったもんだよ。そんなことよりほれ、こいつこんな物持ってたぞ」
ぺっと唾を吐くように、兜から何かが勢いよく零れ落ちた。胴体と連動しているらしい。
「何これ」
床に吐き出されたのは、皮張りの装丁がされた手帳だった。羊皮紙ではない。紙の手帳は群魔以外では、高級品だ。
「予定や雑感、計算の記録などが、色々書き込まれていますが……当たりのようですね。どうやら日記でもあるようですよ」
よくゲームのイベントでモンスターを倒すと、手がかりとなるアイテムを、落とすことがある。
その際にアイテムを持っていたモンスターには特に何も台詞がないことも珍しくない。
長い間こんなところに閉じ込められ、ようやく出たと思ったら、訳の分からない怪物に食われて終わる。
「ちょっとだけ、お祈りしてやるか」
「そうですね」
なんとも不憫なゾンビに、しばし黙祷を捧げると、俺たちは見知らぬ故人の日記を、回し読みし始めた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




