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28 魔術祭 前編

 魔術祭当日。

 ソラは開催の時間に間に合うように学園に向かうと、既にグラウンド周辺には大勢の観客が集まっているのが見えた。

 正門に差し掛かると、アルギンの侍女がソラを待っていた。

「お待ちしておりました、ソラ様。こちらです」

 そう言って案内する侍女。

 ソラは猛烈に嫌な予感がした。


「どうしてこうなった……」

 呟くソラ。

 ソラが侍女に案内された先は、幸か不幸かアルギンの隣の席であった。

 グラウンドの正面、最も見晴らしの良い特等席の真横である。

「ソラ。お前、魔術祭は初めてか?」

「は、はい……」

「そうか。なら私が教えてやろう」

 アルギンは機嫌良さげに笑ってそう言った。

 ソラとしては落ち着いて一人で見たかったが、断るわけにもいかない。

 基本四属性に分かれた魔術発表会で云々、というアルギンの話に適当に相槌を打っていると、入場のコールと共に出場者と思われる生徒達がグラウンドへと入ってきた。

 それと同時にアルギンの話は終わり、会場は静寂に包まれた。

 全員の入場が終わり整列すると、アルギンが立ち上がる。

「これより、第128回オニマディッカ魔術学園魔術祭を開催する。皆々にとって有意義な催事となる事を願う。健闘せよ!」

 開会の言葉と共に、アルギンは真上へ向けて魔術を放った。

 手を振り上げると、大きな炎が生み出される。

 直径20メートルはあろうかという巨大な炎の円だ。

 その炎は天高くうねりながら飛翔した。

 名付けるとすれば、それはウロボロス。

 内側へと回転する炎のうねりは空気を巻き込み大きく高く空へと昇って行く。

 焔の魔女の名に恥じない、豪快かつ華やかな魔術であった。

 アルギンが魔術を放つと同時に、観客は割れんばかりの歓声を上げる。

 こうして、魔術祭は始まった。



「ふん、火柱を三本か……2点だな」

 魔術祭・火の部が始まると、グラウンドの中心に生徒が出ては魔術を披露して、という事をかれこれ30人ほど繰り返していた。

 アルギンはその実演を見てつまらなそうに呟いたかと思えば、名簿のようなものに何やら書き込んでいた。

 審査委員長なので、おそらく採点した点数を書き込んでいるのであろう。

 またこの時間は、ソラにしてみても退屈であった。

 発想の捻りを感じない魔術ばかりで刺激がない。

 アルギンが放ったあの魔術の直後に火の部が開始されるというのも酷な話なのだが。

 すると、ぼんやりと見ていたソラは、あることに気が付いた。

「……あっ、次はリーシェの番ですよ」

 順番待ちの一番前にリーシェの姿が見える。

 彼女はつんと取り澄ました顔をしているが、若干の緊張がソラには見て取れた。

 アルギンは鼻息一つ、腕を組んでリーシェを見据える。

 リーシェは一礼してグラウンドへ入り、正面を向いた。

 アルギンと視線を交わす。

「リーシェ・ロイス・オニマディッカさん。グラウンドへ」

 何処からか号令の声が響くと、その場でアルギンへ一礼し、グラウンドの中心へと向かって歩いた。

 ――この時、リーシェの中には揺るぎない自信があった。

 自分が優勝するという確信。

 この場にいる誰よりも自分の魔術が優れているという自覚。

 元々誰よりも努力し、誰よりも優れていた魔術は、ソラとの研究の日々により他の追随を許さないどころか、他など誤差程度にしか感じない域に達していた。

 魔術理論、科学知識は無くともその理論知識を理解したらどれだけの差ができるのか。

 リーシェ自身がその貴重なサンプルとしての自覚を持ち、絶大な差を身をもって感じていた。

 リーシェはグラウンドの中心に着くと、目を瞑り、両手を前に出して念じる。

「――――ッ」

 アルギンは目を見開いた。

 リーシェが手をかざした前方の空中に、直径15センチほどの火の玉が数え切れないほど現れたのだ。

 その数は50にも至る。

 そして何より驚くべきは、その火の玉が綺麗に整列している事であった。

 それはまるで、マスゲームのように。

 その光景を見た観客からは、あまりの壮観さにため息が漏れる。

 だが、リーシェの魔術はそこで終わりではなかった。

 再びリーシェが念じると、四隅から火の玉が渦巻き状に消えて行く。

 中心まで、全ての火の玉が消え切ると、今度は中心から逆回転で火の玉が現れる。

 観客から大歓声が上がった。

 恐るべき緻密性と正確性。

 魔術理論を理解し、日々の研鑽を怠らず、血の滲むような努力を重ねた賜物である。

 リーシェは一通り終えると、一礼して下がった。

 リーシェが退場して暫くの間、歓声が鳴り止むことはなかった。


「…………ソラ、お前リーシェに何をした?」

 娘の急激な成長を目にして呆気にとられていたアルギンは、我に返るとソラにそう問いかけた。

 ソラは、してやったりという気持ちがその顔を緩ませ、嬉しそうな笑みを隠せずにいた。

 きっとリーシェのためになるから、という3ヶ月前の約束を果たせた事を喜ぶ。

「少し研究を手伝ってもらっただけですよ」

 笑顔でそう答えた。

「くははっ! やられた。これ程とはな」

 アルギンは大げさに手を額に当ててやられたポーズを取る。

 その口角は上がっていた。

「……ここだけの話だが、私はリーシェを誰にも負けん一流の魔術師として育て上げようと必死だった」

 振り返るように語るアルギン。

「だが、たった3ヶ月でこうも化けるとはな……お前に嫉妬を禁じ得ない。フハハッ」

 不敵に笑うアルギンだが、ソラはというと嫉妬というキーワードに少々の怯えを禁じ得なかった。

 娘が娘だったので、この恐ろしい親なら何を仕出かすか分かったものではない。


「……ソラ。私がリーシェに厳しく指導した事は間違っていたのだろうか?」

 アルギンとは思えない唐突な弱気発言に、ソラは度肝を抜かれた。

「この際お前が何をしたかはいい。だが、あの難しい娘が何故お前の研究を手伝い、何故魔術師として大成したのか。リーシェを突き動かすものが何なのか、それを知りたい。お前は分かるか?」

 アルギンは自分のリーシェに対するスパルタ教育に自信を持てずにいた。

 それは今までもそうだったが、この3ヶ月間ソラの研究に参加させていたことで大きく成長したリーシェを見て、更に自信がなくなった。

 自分の教育では駄目なのか。

 ソラのもとで魔術の研鑽を頑張れる”何か”を得たのか。

 リーシェの努力の原動力を知らないアルギンは、今までの自分の教育にはその何かが無かったのではないかと疑う。

 アルギンはそう考えていた。

 ソラは驚きの中で、母娘の思いの行き違いを察知していた。

 アルギンがここまでリーシェの事を思っているということが分かれば、後は背中をひと押しするだけである。

「リーシェは、アルギン様に褒めて欲しかったのではないでしょうか」

 ソラのその言葉を聞くと、アルギンは目を丸くし、それでいて何か心の中にすとんと落ち着くような、不思議な顔をした。


 ――アルギンはあの事件以来、リーシェに対して厳しく教育して来た。

 たった一人の家族、たった一人の娘。

 いずれオニマディッカの名を背負う人間として、不足の無いように。

 娘の将来を思って徹底的な教育を施していた。

 力があれば。

 揺るぎない力さえあれば、家族を守ることができる。

 アルギンの求めている力に、リーシェは程遠かった。

 これでは自分の身を守ることで精一杯だ。

 それでは駄目だ。

 ――いつからだろうか。

 アルギンはリーシェの事を考えるあまり、リーシェが力を得ることしか考えなくなっていた。

 しかしながら、リーシェは血の滲む努力を重ねて成長するものの、アルギンの求める力までに達す事はなかった。

 当たり前の事である。

 アルギンの力でさえ、娘一人しか守れなかったのだから。


「……思えば、リーシェを褒めた事など、あれ以来一度も無かったな」

 独りごちるアルギン。

「フハッ、簡単な事だ。何故こんな簡単なことに気が付かなかったのだ」

 母親が娘を褒めないでどうする、と自問する。

 リーシェに力を、と焦る余り、大切な事を忘れていた事にアルギンは気が付いた。

「ソラ、感謝しよう。お前のお陰であの娘の事が少し分かった気がする」

 ソラに一言礼を言って、前を向くアルギン。

 その顔は憑き物が取れたようにスッキリとしていた。



 魔術祭は終盤。

 ここまで、火・水・風の部は全てリーシェが吃驚仰天の魔術技量を誇示して優勝。

 残るは最後の土の部だけとなっていた。

 土魔術は人気がなく、参加者は20人程である。

 何故なら、土魔術は他の魔術に比べて扱えるものが少なく、難易度が高いとされているからだ。

 その要因の一つとしては、土にも粘土や赤土や砂土など様々な種類が存在するため、イメージし辛いという事が挙げられる。

 注目のリーシェは、有象無象の出場者の中で、グラウンドにミニチュアの学園本館を土で作り上げた。

 他の生徒が土の雪だるまの様な物を作り上げてドヤ顔していた事を考えると、あまりに圧倒的である。

 観客からも賞賛の声が上がる。

 リーシェの全部門優勝。

 誰しもが、そう思った。

 土の部最終出場者、グリシー・メティオの魔術を見るまでは――――


 お読み頂き有難う御座います。


 魔術祭は書いていたら思ったより長くなってしまったので、前編後編の二つに分けようと思います。

 今回はリーシェのごっつい成長と母娘関係のお話でした。


 次回は魔術祭、後編です。

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