表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/68

19 甘味芋・75days・文化的衝撃

 空はベッドから跳ね起きて巻物を取り出し、リビングのテーブルに広げた。

 暗くてよく見えないので、蝋燭に火をつける。

 火の光に浮かび上がった巻物は、広げると10メートル程の長さがあり、その長さにわたってぎっしりと呪文のような文字が書かれてあった。

 そして、巻物の終点。

「こ、これは……」

 エニマが書いていた時には余白になっていたその部分に、人の手で書かれた文字とはまた違う不思議な文字で、予言が記されていることが見て取れた。

 そこには、日本語に直すと、こう記されている。

『2年3ヶ月16日後、エクン王国北の森の川のほとりに来訪者来たり』

「来訪者……? 随分とアバウトだな……」

 空は、空が来ると予言された巻物には正確な位置やソラ・ハルノという名前までもが予言されていた事を思い出す。

「術者のコンディションが予言の正確性に影響するのか?」

 実験してみなければ分からないが、大方そういった予測がついた。

「うーん、先ずはこの呪文の解読からだな」

 予言魔術を託されたからには、全てを解き明かす。

 空は今まで忘れていたくせに、そう決意して床につくのだった。



 翌朝。

 鳥の囀る気持ちのいい晴れの朝である。

 ぴっしりと制服を着込んだ空は、両手いっぱいにスウィートポテトの包を持って家を出た。

 そして、近所の家に朝っぱらから押しかけては挨拶をしてスウィートポテトを渡して回った。

 近所からは、朝っぱらから何なんだあの青年は、というあまり良くない印象を持たれたが、スウィートポテトを一口でも食べるとその印象はがらりと一変し、何がどうなったか分からないが、制服を着ていたにも関わらず、引っ越してきた奴は早朝から精の出るお菓子職人だという風に覚えられてしまった。

 空は最後に残った右隣の一軒を尋ねる。

 その家は、見た目はかなりボロい、小さな家だった。

「すみませーん」

 空は扉をノックして、声をかける。

「……あぁー?」

 家の中から機嫌の悪そうな声が返ってきた。

 どこかで聞いたことのある声。

 がちゃりと扉が開く。

 ドアの隙間から顔を覗かせた家主と空の目が合った。

 ギロリと眼力だけで人を殺せそうな目である。

 暫しの沈黙――

 バタンと勢いよくドアが閉まった。

「な、ななななんでテメェがここに来んだよ!!?」

 家主はシスティ・リンプトファートであった。

 予想外の出来事に動転するシスティ。

 システィは玄関から、閉めたドアに向かってそう叫んだ。

「システィさんここに住んでたんですか」

 空も少しびっくりしたが、気を取り直す。

 知り合いならば尚更ご近所付き合いは大切である。

「僕、隣に引っ越してきたんです。その挨拶に」

「はぁああああ!?」

 システィは更に仰天した。

「と、隣に引越しぃいい!?」

 空はシスティのリアクションを聞き、余程嫌だったのかな、と思い少し悲む。

 当のシスティはというと、隣の家に空が住むという事実が衝撃的なようで、頭の処理が追いついていなかった。

 単に寝起きというのもある。

「それで、あの、これ。つまらない物ですが……」

 空はそう言って、ドアを少しだけ開き、そこから手を突っ込んでスウィートポテトの包を渡した。

 システィはその包をそっと受け取る。

「これからよろしくお願いします」

 そう言い残し、空は立ち去った。


 システィは空が立ち去った後、暫しの間放心していた。

 あの空が自分の家の隣に引っ越して来るなど考えてもみなかった彼女は、嬉し半分恥ずかし半分といった風で、スウィートポテトの包を大事そうに机の上に置くと、ベッドに飛び込んだ。

「~~~~ッ!!!」

 枕を顔に押し付けて叫ぶ。

 空と食事をしてからというもの、なかなか接する機会を持てずにいたシスティ。

 千載一遇のチャンスであった。

 とは言うものの、システィにとって初めての恋。

 19年間、色恋とは縁遠い生活を送ってきたシスティは、何をすればいいのか全く分からなかった。

 システィは仰向けに寝っ転がると、手を額に当てて嘆いた。

「あ゛ー、何浮かれてんだよあたしはよぉ……」

 まともに会話すらできない現状で、隣に空が引っ越してきたところで何の進展も有り得ないとシスティは気付いた。

「会話、か……」

 ぽつりとそう呟くと、むくりと起き上がって机の上のスウィートポテトの包を手に取り、椅子に座る。

「何かきっかけがねぇと会話なんて無理だぜ……」

 だって恥ずかしいんだもん、という表情で包を開けた。

 包の中には、しっとりと艶やかなスウィートポテト。

 システィはそれをぱくっと一口食べると、あまりの美味しさに思わず立ち上がった。

「なんだこれうめぇ!! ってかこれ手作りか!?」

 加工食品を小分けで売る文化が無いこの世界では、スウィートポテトのようなひと手間かかったお菓子は珍しく、手作りするしかない。

 食事に特に拘りのなかったシスティは、ここまで甘く美味しいお菓子を生まれてこの方食べたことがなかった。

「うおおお、すげぇなあいつ! 魔術もすげぇし、お菓子もすげぇし」

 ちまちまと味わいながらスウィートポテトを食べるシスティ。

 システィの中で、空の存在がまた一つ大きくなった。

 と、そこであることに気がつく。

「ん、魔術……?」

 システィは空の魔術の腕を勝手に凄いと思い込んでいた。

 それは、火属性の簡単な中級魔術までなら何とか扱えるシスティが見たことも聞いたこともない魔術を空が扱っていたからである。

「そうか! 魔術だよ魔術!」

 魔術があまり得意ではないシスティ。

 空との距離を縮める妙案を思いついたのであった。



 学園に到着した空。

 相変わらず馬鹿でかいなと思いながら、本館の1組教室へと向かう。

 今日は教養の授業日である。

 午前と午後のどちらも教養の授業を行うようだ。

 教室に入ると、複数の視線が空に刺さった。

 グリシーが駆け寄って来る。

「おはよう、ソラ君。今日も麗しいね」

「おはようグリシー」

 そう挨拶を交わす様子を、ちらちらと1組の生徒達が観察する。

 違和感は確信へと変わった。以前と比べると、明らかに生徒達が空のことを気にしていたのだ。

 その中にはリーシェの姿もあり、空がリーシェの方を見やると、リーシェはつーんといった表情で顔を逸らし前を向いた。

 空への誤解は解けたけれど、やはりまだ嫉妬はあるようだ。

「グリシー、何か見られてる気がするんだけど」

 空は声を潜めてグリシーにそう聞いた。

「みんな昨日の出来事を見ていたからね。ソラ君が気になるんだよ」

 竜巻を一瞬で消し去る魔術を扱う学園長直々の特待生――

 なるほど。それは騒がれるな、と空は他人事のように納得する。

「……どうしよう」

 空は注目されることに全く慣れていなかった。

 またこれは日本人の国民性のようなもので、集団という相手には滅法弱いのである。

「風化するのを待つしかないね」

 グリシーは困った顔で言う。

「人の噂も七十五日……か」

「なんだいそれ?」

「僕の故郷のことわざさ」

「へぇ。七十五日とはまた随分と長いね」

「僕もそう思うよ……」

 そんな会話をしているうちに、教師が教室に入ってきた。

 今日は教養の授業なので、その教師はヒーチではない。

「それでは授業を始めます」

 教師がそう言うと、教養の授業が始まった。



「ソラ君、今日こそ一緒に昼食を取ろう!」

 教養の授業が終了すると、何故かテンションの高いグリシーが空にそう持ちかける。

「いいよ。ところで昼食って何処で食べるんだい?」

「本館からちょっと歩いた所に学食があるんだ。そこへ行こう」

「分かった。案内よろしくね」

「任せてよ」

 二人並んで歩き出す。

 空は教養の授業について考えていた。

 午前中は、日本で言うところの歴史と国語の授業であった。

 午後は道徳と算数らしい。

 空としては、午前中の授業は非常に色濃く学べて充実していた。

 だが、午後の道徳は良いとして、算数。これを懸念していた。

 おそらく、受けても意味がない。

 アラビア数字に似たものがあるのは知っていたが、空の読んだ本では四則演算止まりだった。

 アラビア数字と互換性のある数字があるならば、数学について研究する学者もいてもおかしくないと思った空だったが、果たしてそれがどこまで進んで、教養の授業にどれだけ取り入れられているかはまだ分からない。

 空は算数の時間に何をして暇を潰そうか考えながら、グリシーと学食へ向かうのだった。



「ここが学食か……でっかい高級レストランみたいだ」

 空は学食の佇まいに感心した。

 本館と同じく煉瓦造りで、内装は木造。一階建てだ。

 日本の大学の学食のような場所ではなく、そこにはまるで三ツ星レストランのような落ち着きがあった。

 生徒が沢山入っても混雑し過ぎないように、とても広々と作られている。

 1組が少し早く授業を終えたからか、学食は生徒が少なく空席が多かった。

「ほら、ここで注文するんだよ」

 グリシーがそう言って空を案内した先には、メニューの書かれた看板があった。

 このあたりのシステムは日本の学食とあまり変わらないようだ。


 空とグリシーはそれぞれ注文し、窓口から料理を受け取って席に着いた。

「頂きます」

 空がそう呟き食べだすと、グリシーもそれに合わせて食べだした。

 二人が食事を終える頃になると、学食は生徒たちで溢れていた。

「混んできたね。僕たちはそろそろ行こうか」

「うん。そうだね」

 グリシーに同意して空は立ち上がる。

 食器を片付けるため、二人は足早に返却口へと向かった。

 食器を返却すると、そそくさと学食を出る。

 本館へ戻る途中、空はグリシーへ問いかける。

「視線、気が付いた?」

 グリシーは顔をしかめて答えた。

「うん。昨日の事の噂がもう全学年に流れてるんだね」

「七十五日我慢するしかなさそうだ……」

 そう言って気を落とす空。

 代わって、グリシーは一つ懸念していた。

(これだけ有名になっちゃうと、あの女のようにソラ君のことを良く思わない人も出てくるかも……僕が守らないとね)

 そのグリシーの予感は、いずれ的中する。

 そんなこんなで食事を終えた二人は、午後の教養の授業を受けに本館へと戻った。



 午後の授業が終了した途端、空は頭を抱えた。

 算数が予想通り四則演算止まりだと判明したからだ。

 ただ、空が頭を抱える理由はそれだけではなかった。

 道徳。

 この授業がカルチャーショックだった。

 その内容とは、王族や貴族様に逆らってはいけない、領地においてはこれを守るべき、これをすると牢に入れられる――といった感じで、このスクロス王国の社会における暗黙の了解の様な事を実体験や過去の例を交えて教訓めかして解説するのだ。

 領地に暮らす民をこうして教育し、善良な民へと育て上げるのだろう。

 人治国家の無秩序な社会はこうして形を保っているのか、と空は目からウロコであった。

 そして、空は同時にこの世界の厳しさを再確認する。

 ここは、空の今まで暮らしていた日本とは似ても似つかない世界。

 徐々に適応していくしかないと、そう決意する空。

 こうして、初回の教養の授業は終了した。


 お読み頂き有難う御座います。


 内容に一貫性がないのでタイトルを適当につけました。


 次回は、システィ祭り開催です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ