18 衣食足りて礼節を知る
空は学園長室を出てから、商店街へと向かった。
寮の自室に、また生活に必要なものを買うためだ。
この寮なのだが、寮というのは名ばかりで、アルギンが空の為に用意した小さな一軒家である。
空はそれに薄々気づいていたが、これより大きな家や屋敷に住めと言われるよりはこの小さい寮の方が幾分か住みやすいため黙っていた。
その寮だが、昨夜はベッドがあったため寝ることはできた。
だが、ただ寝るだけの家でしかなかった。
「うーん、どうしようか」
空は考える。
「とりあえず服と食べ物だな」
衣食住というからには、先ずはそれを揃えようと思い立つ。
持ち金はダイアウルフで稼いだ20万セルのうち一万セル程持ち歩いていた。
服を買うには十分な金額だ。
空はとりあえず目に入った服屋に入ると、そこには様々な種類の服が並んでいた。
それらはスタンダードなズボンや襟の付いたシャツやローブなど、布の質は日本と比べるとあまりよくはないが、こちらの世界ではかなり確りとした服の数々である。
空は日本にいた時から特に服に拘りは無かったが、何故だか異様にローブに惹かれるものがあった。
それはおそらく、ゲームなどに登場する魔術師への憧れのようなもので、ローブやとんがり帽の様なザ・魔術師という装備を自分も着けてみたくなったのである。
思えばギルドにいた魔術師らしき人もそういった格好をしていたし、アルギンもローブを着ていた。
何の意味があるのかは分からないが、こちらの世界でも魔術師の格好といえばそうなのだろう。
空は、特に気に入った黒地に藍色の装飾の入ったローブと、ズボンとシャツを上下セットで数着、そして下着を数着購入した。
しめて、6000セル。
食事が1回100セルということを考えると、かなりの買い物であった。
「よーし、次は食事か」
服を買って上機嫌な空。
今は一度寮に帰り、食事についてどうするかを考えている。
寮の部屋は、十畳以上のリビングと六畳程の寝室に分かれている。トイレは屋外に汲み取り式が設置してあり、リビングからはウッドデッキに出られる。小さな庭もあった。
だが、リビングにはテーブルと椅子があるだけで他に何もなく、寝室に至ってはベッドと棚しかない。
寮では自炊できないかも、と空は思った。
この世界では一般的にはかまどや囲炉裏を利用して煮たり焼いたりとしているのだが、寮にはそれがなかったのだ。
さらに言えば、流し台も。
「かまどを買うか……いや、作るか? ん、待てよ……」
空の中で妙案が浮かぶ。
火は魔術でいつでもつけられるため、種火はいらない。
つまり、コンロや七輪のような小さなかまど的な物を作れれば自炊も容易なのではないか、と。
この際、流し台は外で水魔術を使って我慢するとして、せめてコンロ台は作ってしまおうと空は考えた。
問題は、どうやって作るか、である。
空は、試しにコンロの上部分の五徳を想像する。
材質は鉄。
イメージして魔力を注ぎ込むと、なんといとも簡単に作成できた。
「おお! これは凄い!」
空は次に、五徳に合わせた大きさの七輪のような台座をイメージする。
材質は土。
これも見てくれは悪いが作成できた。
五徳と組み合わせて簡易コンロの完成だ。
「魔術って凄いな……」
空は魔術の有用性に軽く引いた。
その後、空は調子に乗って様々なものを作った。
フライパン、鍋、食器、包丁、箸など食事関係は勿論のこと、蝋燭とその台や、紙、鉛筆、桶、石鹸なども作り出した。
紙に関しては表面がザラザラとして上手く作れなかったが、使えないわけではない。
鉛筆に関しては、黒鉛と粘土の芯は問題無く作れたが、それを包む木材が”毛羽立つ木のような何か”しか作れなかったため、その周りをゴムで包んで使う事にした。
桶はプラスチック製である。
生活に役立ちそうなものを沢山作り上げた空は、流石にへとへとであった。
本日一度魔力枯渇を起こしているからだろうか、本調子の空ならばこれしきでへとへとになる事はない。
ここに注釈しておくが、常人の魔力量なら五徳を作ろうとした時点でへとへとである。
また、空は一つ気が付いたことがあった。
「イメージが細ければ細かいほど魔力の消費も激しい……のかな?」
その事象に、適当にそう算段をつける。
事実は分からない。
ともあれ、これで食事についてもほぼ解決したのであった。
「後は……」
空は考える。
(流し台はウッドデッキに出て水魔術で何とかなるとして、トイレも汲み取り式だけどそこで問題ないか。えーっと、後は何だ、何がある…………あ、そうか、風呂だ)
この世界にきてより、空は一度も風呂に入っていなかった。
そう書くと誤解を生みかねないので注釈するが、頭は水洗で体は拭くに留まっているという意味だ。
「入浴……実に良い響きだ」
街を見たところ銭湯のような場所は無かった。
本を読んだところ貴族の家にはあるみたいだが、この家には生憎と水回りの設備が全くもって皆無である。
「どうしようか……浴槽作っても水を流せないんじゃなあ」
空は更に考える。
排水パイプを作るにしても、プロではないので設置後の水漏れが怖く、暮らしが安心じゃなくなる気がするので中々やる気が起きない。
そもそも排水する場所が庭しかないので、水浸しにしてご近所に迷惑もかけてしまうだろう。
「風呂は諦めるかー」
そう独りごちる空だったが、内心は諦めていなかった。
機会があれば風呂を何とかしよう、と思う空であった。
「よし、食材買って来て自炊しよう」
気合を入れ直し、商店街へと繰り出した。
衣食足りて礼節を知ると言うが、正にその通りである。
怒涛の日々が過ぎ、波乱の一日も終盤。空はやっと生活に余裕を持つ事ができるようになった。
すると、色々なものが見えてくる。
「あ、そうだ。ご近所さんにご挨拶してないな」
こちらの世界ではどうかは分からないが、引越しの挨拶は日本では常識である。
寮と言っても一軒家なので、両隣も一軒家なため、相手は同じ魔術学園の生徒とは限らない。
それを踏まえると、やはり食べ物あたりが無難かと空は思った。
「うーん、お菓子でも作るか……?」
砂糖の組成は知っているのでおそらく魔術で作り出せる。
商店街で売っている食材を見て、作るお菓子を決めようと空は考えた。
「おおぉー」
商店街を歩く空は、精肉店で生肉を見つけた。
「すいません、これ、ひと切れください」
「60セルだよ」
空は我慢できず、大きな厚切りのステーキ肉を買ってしまった。
オロクスの肉とあるが……これはおそらく、牛の肉だ。
オロクスは牛に非常に似ているので、こちらの世界での牛のことをオロクスと呼ぶのだ。多分。
オロクスの肉が実はあぶない肉で、後になって店主に「本当に食べてしまったのか?」と聞かれることは無いだろう。おそらく。
「まいど」
60セル払うと、店主は肉を紙に包んで空に渡した。
空は、ついでにと店頭に並んでいたバターと胡椒も買っておいた。
今夜はステーキだ!
その後も商店街を歩いていた空の目に、ある物が飛び込んできた。
「……こりゃ、卵だな」
それはどう見ても卵だった。
ヤイケの卵、とある。
ヤイケとは……きっと鶏である。
空は卵も3個ほど購入した。
「クッキーとか……いやでも小麦粉がないなぁ」
空は依然悩みながら商店街を歩く。
ふと、八百屋へ目を向けると、そこには運命の出会いがあった。
「こ、これはっ! さつま芋!」
空がさつま芋だと思ったそれは、アメポイと書かれている。
だが、どう見てもさつま芋だった。
空はさつま芋を5本ほど購入した。
そうと決まれば、という風に空は精肉店へと駆け戻る。
「すみません、オロクス乳1本ください」
先程寄った際に、牛乳があることが分かっていた。
いや、この世界ではオロクス乳である。
空はオロクス乳も1本購入した。
砂糖、バター、卵、さつま芋、牛乳。
これだけ揃えば、スウィートポテトが作れる。
こうして空の挨拶の品が決定した。
「ふぅー、美味しかったー」
夜。
ステーキを食べ終わった空は一息ついた。
オロクス肉はやはり牛肉だったみたいだ。
塩とバターと胡椒だけのシンプルな味付けだったが、中々に美味しかったらしい。
空の作った料理道具も、簡易七輪型コンロも問題無く機能した。
上々の夕食だった。
食後は副交感神経が活発になり、眠くなる。
空も疲れが出たのか、段々と眠くなってきた。
夕食前に作ったスウィートポテトは、小分けにして紙で包んである。
明日の朝、教養の授業へ向かう前にご近所へ挨拶がてら配る予定だ。
「よし、寝るかー」
空はそう決めると、皿洗いなど諸々のことを済ませ、床につく。
かけ布団をかぶると今日一日のことを思い出した。
今日は色々あったなあ、としみじみ思う空。
そして、これからのことも考える。
明日は教養、明後日からは研究だ。
まだまだやることは多い。
アルギンに騙されて養子になったものの、その目的は未だ分からない。
新たに、戦闘に使えそうな魔術の開発もしてみたい。
教養を学びこの世界をもっと知る事も必要だ。
年度内に魔術研究の成果も出さなければ。
そういえば、予言魔術の謎を解明する事も――――――
「ああああああああああ!!!」
空は飛び起きると、予言魔術の巻物をベッドの脇から取り出す。
――衣食足りて礼節を知る。
空は今の今まで予言魔術の巻物を開いてすらいなかったことに、今更気が付いたのだった。
お読み頂き有難う御座います。
ご意見ご感想お待ちしております。
空の放課後回でした。
徐々に生活のリズムを掴めてきた空の今後に期待です。
次回は、彼女が久しぶりに登場です!
<追記(2014 6/16)>
活動報告を始めてみました。
もし気が向きましたら、お気軽にコメントを宜しくお願い致します。




