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17 研究準備

「リーシェさん、ひとつだけ僕のお願い聞いてもらえるかな?」

 保健室。

 リーシェが泣き止むと、空はゆっくりとそう切り出した。

「……はい」

 リーシェは自分に拒否権はないという風に返事をする。

 目は赤く充血し、若干鼻声であった。

「僕は魔術学の授業時間を利用して、魔術の研究をするつもりなんだけど、それを手伝ってくれないかな」

「えっ……」

 実は、空はこの提案について昼からずっと考えていた。

 研究ができるとなると、先ずは研究室・設備の確保である。

 そして次に、人員の確保だ。

 研究室はアルギンの口ぶりからおそらくは用意して貰えると判断した空は、人員確保を考えていた。

 しかし、適当な人員を確保すればいいという問題では無い。

 空の言う魔術の仮説を理解し、検証出来るだけの魔術の腕の立つ人員が必要だった。

 また、研究に参加すると魔術学の授業を受けることが出来ないため、授業の必要がない程に魔術が習熟されている人員でなければならない。

 そこで必要になってくるのが、選別作業である。

 そして、思ってもいない絶好の選別が行われた。

 それは実技の授業での、ヒーチの魔術挑戦レクリエーションであった。

 空はそれを踏まえて、グリシーとリーシェを勧誘しようと考えていたのだ。

「嫌だったらいいよ、無理強いはしない。でも、きっと授業に出るよりはリーシェさんの為になると思うんだ」

 空の下で現代科学を学び魔術の理解を深めれば、きっとリーシェは今まで以上の魔術を扱うことができる。

 空はそれを見越してリーシェに提案する。

「…………わかったわ」

 リーシェは渋々といった感じで返事をした。

「そっか、有難う」

 空は笑顔で頷き、立ち上がる。

「それじゃあ、また」

 そう言って、リーシェを保健室に残し廊下へ出ると、そこにはグリシーがいた。

「ソラ君、どうだった?」

 心配だったのか、空のことを待っていたようだ。

「うん。ちゃんと和解できたよ」

「わ、和解って、殺されかけたのにかい?」

「彼女にも彼女なりの理由があったのさ……」

「何遠い目しちゃってんのさ。僕は彼女を許さないよ」

「まあまあ、助かったことだし。ね?」

「……ソラ君がそう言うなら。でも、やっぱり暫くは許せそうにないな」

 膨れっ面である。

 空はグリシーにも例の件を伝えようと口を開く。

「そういえば、グリシー。話は変わるけど、僕今度から魔術の研究ができることになったんだ」

「ええっ!? 凄いじゃないか! ……あ、いや、ソラ君なら当たり前かぁ」

「それでね、魔術学の時間に研究するんだけど、グリシーにもその研究を手伝って欲し――」

「手伝う! 絶対手伝うよ!」

 空が言いきるより先にグリシーは返事をした。

 空に誘われたのが余程嬉しかったみたいだ。

「よ、よかった。放課後でもいいから、よろしくね」

「うん! 研究か、楽しみだなぁ」

 先程まで最高に不機嫌だったグリシーは、今や満面の笑みであった。

 すると、そこへアルギンの侍女がやって来る。

「ソラ様、学園長がお呼びです。学園長室までご案内致します」

 空とグリシーは挨拶をして別れ、空は侍女に付いて行った。


「失礼します」

 空が学園長室に入ると、そこにはアルギンとヒーチがいた。

 空はアルギンと向かい合っているヒーチの横に並ぶ。

「ヒーチから説明を聞いた。ソラ、無事で何より」

 アルギンは空を見て、ほっとしたような顔で言った。

「さて、今回の件だが」

 そう言うと、腕を組む。

「魔法実技中の事故ということで間違いないか?」

 空はほっと胸をなでおろす。

 リーシェの事は感知されていないようだ。

「はい。その通りです」

「……そうか。では確認も取れたことだ、ヒーチはもう帰っていい」

「失礼します」

 空が返事をすると、アルギンに促されてヒーチは部屋を去った。


 暫しの静寂の後、アルギンが喋り出す。

「リーシェがすまなかったな」

 空の背中を冷や汗が伝う。

 アルギンは事の顛末を知っていたのだろうか。

「あいつは昔から人に褒められるために魔術をやっているように見える。今回もそれが空回りしてやりすぎてしまったのだろう」

 どうやら、アルギンはリーシェが嫉妬に操られて今回の事件を起こした事には気がつかなかったようだ。

 もしくは、気づいていない振りをしているか。

 しかし、と空は考える。

 リーシェは人に褒められるために魔術を頑張っているのではなく、アルギンに褒められるために頑張っているのだ。

 それを今ここで言おうか言うまいか、空は逡巡した。

 アルギンの事だから、リーシェに厳しく接するのは何か理由があるはずだが、それを聞くのも干渉しすぎだと思った。

 家族間の問題は非常にデリケートであると、空は身をもって知っていたからだ。

 ここで他人の自分が顔を突っ込んでいいのかどうか。

 空は、考えた結果、やめておいた。

「先程リーシェさんも謝罪に来ましたし、気にしてないですよ」

「ふっ、そうか……あんな娘だが、宜しく頼む」

 空の言葉に、アルギンは軽く笑ってそう言った。

 契約書から続くアルギンの思惑に、空はまだ気付いていない。


「こんな事があってこの質問をするのもどうかと思うが、お前は実技の授業を受けてどうだった」

 アルギンが空に聞くのは、座学と同様に出席を免除するかどうかの打診だ。

「はい。質問に質問で返すようで申し訳ありませんが、僕の研究において研究室とグラウンド使用の許可は取れますか?」

 空は、もし研究でグラウンドを使えなければ、実技の余った時間を利用してこっそり実験をしようと考えていた。

「その都度許可を取れば、研究におけるグラウンドの使用を認めよう」

「分かりました。でしたら、実技の授業の出席も免除して頂きたいです」

「分かった、免除しよう。それと、明日は教養の授業だから、研究室は明後日までに手配しておこう」

「有難う御座います」

 事が決まり、ほっと一息。

 と思った空だが、一つ報告を忘れていた。

「あ、それと、研究の助手についてなんですが、同じように授業の出席の免除ってできますか?」

「能力によるな」

「1組のグリシー・メティオはご存知ですか?」

「知らん」

「彼は僕の見立てですが授業は必要ないかと思います」

 アルギンはそれを聞くと、少し難しい顔をした。

「……ヒーチに話を通しておこう」

 ヒーチから見て問題が無ければ免除ということだろう。

「有難う御座います。それとリーシェさんも助手として勧誘しました。免除して頂けますか?」

 空がそう言うと、アルギンは目を見開いた。

「リーシェ、か。分かった。免除しよう」

「有難う御座います」

 リーシェの名前が出たのが意外だったのか、驚いたようだ。

 しかし、免除についてはすぐに答えが出た。

 空は、やはりアルギンはリーシェの事を特別に思っているのだな、と感じる。

 お礼を言って、今度こそほっと一息。

 研究の根回しは終了だ。

 と思った空だが、最後に一つ聞き忘れていたことを思い出す。

「あ、そう言えば、図書室のような場所ってありますか?」

「ああ。自由に使って構わん」

「分かりました。有難う御座います」

 図書はやはり研究には必要不可欠なものだろう。

 アルギンは口の端を釣り上げ言う。

「ふん、お前のように自主的に向上心を持ち学園を利用しようとする者が少なくほとほと呆れていたところだ。その点、お前は私の見立ての通りだった。リーシェにも良い影響を与えてくれ」

 空は、生徒が自主的に動けないのは学園長が怖いからだろう、と薄ら思ったが、口には出さない。

「ただ、増長はしてくれるなよ。無いと思うがな。くははっ」

 そう言って嬉しそうに笑うアルギンだが、空は愛想笑いで返すしかなかった。

 こうして、授業初日にして空の研究の準備は整う。

 波乱の授業を終え、まさに前途洋洋といった感じであった。


 お読み頂き有難う御座います。

 ご意見ご感想お待ちしております。


 空は研究へ向けて色々と考えているようですね。

 死にかけた後だというのに、何というメンタル……。


 次回は、空の生活について色々、です。


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