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第一章ー2 宇宙から来た黒船

外務大臣、小久保通はニューヨークにいる。国連総会で「地球政府設立案」を提出するためである。この案は、日中が共同提案している。すでにイギリスもフランスもロシアも賛成の同意をとりつけてある。あとはアメリカである。拒否権を持つ安保理常任理事国のこの国の出方如何で、地球の運命は左右される。

 この案に従って地球政府が成立した場合、アメリカが結んでいるセイヨウ星との通商条約は、その主体が地球政府に引き継がれ、アメリカは宇宙貿易を独占できなくなる。そんな案をホワイトハウスが飲むはずがない、というのが大方の観測である。ただ、一つだけ希望があるとすれば、今の大統領が国際協調派であることだった。

 タイロン・リー暗殺の後、アメリカ大統領になったのはノーブン・ブリッジである。ブリッジは、かつてのリーとは違い、アメリカが国際社会で孤立することを避けようとする傾向があった。そして、思想的には今流行の「地球は一つ」という考え方だ。

 ブリッジは大統領執務室に掲げられた星条旗を見ながら、さまざまな思考をめぐらしていた。亡きタイロン・リーが強引に締結した宇宙人との条約は、たしかにアメリカに強大な富をもたらした。しかし、アメリカはそれと引き替えに大きな何かを失ってしまったような気がしてならない。

今の時代、もはやアメリカ大統領はアメリカ一国のことだけを考えていればいいのではない。自らが「地球政府」と名乗ってしまった以上、その責任を全うするしかないだろう。

 自分はアメリカ大統領である以前に、この地球という惑星に住む地球人である。そして今、地球の運命を左右できうる数少ない人間の一人である。その責務の重さはどうだろう。世のため人のため、自分は政治家を志したのではなかったのか。

 一方で、自分を大統領に選んだのはアメリカ国籍を持つ人々であって中国人でもなければ日本人でもない。選挙で自分に投票してくれた有権者に報いるのが道義である。

彼は自問自答していた。

 一週間後、状況はアメリカにとってさらに悪化した。日本の西条首相と中国の張志雄書記長が、厳しい要求を突きつけてきたのである。アメリカ政府がこれを飲むとは、到底考えられないような要求だった。

「国連本部のあるニューヨーク市を、国連の直轄地とし、アメリカの主権から独立させよ」

 というのである。世界中が騒然となった。

ニューヨークの国連本部周辺を、バチカン市国のように、小さな独立国としてアメリカ合衆国主権と切り離す、というのである。そうでなければ、本当の意味での「地球統一政府」ではない、というのが時代のイデオロギーであった。

 アメリカがこの街を手放すはずが無い。ニューヨークとはアメリカ文化の発信地であり、まさにアメリカ中のアメリカ、すなわちアメリカそのものであり、ニューヨークの無いアメリカなど考えられなかった。

 全米で激しい反日・反中運動が巻き起こった。弱腰外交のブリッジ大統領と国連大使への批判も急激にエスカレートしていった。

 ロスにあるリトルトウキョウの寿司屋は、バールを持った十数人の集団に襲撃され、店は大破させられた。サンフランシスコの日本人街も、日系人は白人の襲撃におびえ、外出もままならない状況になった。

 全米各地で日中に抗議するデモが頻発し、日の丸を焼き捨てる光景が日本のテレビでも映し出された。

 日米安保が破棄されたため、米軍はすでに日本から去っている。そしてその戦力はフィリピンにいる。この在比米軍は、自衛隊との戦闘に備えて臨戦体制にあると報道された。日本とアメリカが、第二次世界大戦以来、再び戦争を起こすかもしれなかった。中国軍との軍事協力があるとはいっても、日本国民に再び甚大な被害が起こる可能性もある。

「戦争は、きっと起こるだろう。誇り高きアメリカ国民が、そのアイデンティティともいうべき摩天楼を擁する世界一の大都会を手放すはずがない。必ず戦争になる」

と西条は予測した。

タイロン・リーの後任のアメリカ大統領ノーブン・ブリッジは、激しい葛藤に悩まされていた。彼は基本的にはアメリカ一国よりも地球全体を優先する思想の持ち主だ。しかしアメリカの魂ともいうべきニューヨークを失うことは、この国で生まれ育った人間としては耐え難かった。

 連邦議会の突き上げも激しい。全米のマスコミも厳しい論調で「断固拒否すべし」と政府に迫っていた。

 優柔不断な面を持つブリッジは、「本心は戦いたくないが戦う」という中途半端な気持ちで下院の推進する対日中戦争を承認した。すなわち二回目の太平洋戦争の開始が決定されたのである。

その情報が伝わると、西条首相は「受けて立つ」という決意を固めた。第二次大戦敗戦以来の長い年月、平和国家として歩み、戦争をしてこなかった自衛隊に、今“同じ地球人に対する攻撃”を命令しなければいけない。憲法九条が改正されて、海外での武力行使が認められてから既に一世紀以上。来て欲しくはないが、来てしまったこの事態。こうなった以上、躊躇するわけにはいかない。野党から何を言われるか、マスコミは、平和団体は。言われることは分かっている。

 しかし、今、指をくわえて見逃したら、人類が長年夢見た地球統一政府は絵に描いた餅になってしまう。

「ニューヨークの件は、譲歩しても良いではないか」という意見も少なくはない。しかし西条には、そうは思えなかった。国連はあくまでも独立した直轄地を持つべきであり、直轄地にその居を構えなければ、国連のアメリカからの独立は果たせない。

 西条一個人は、後世に汚名をかぶっても構わないと思った。作戦に失敗し、戦犯としての罪を着ても構わない。総理大臣になった時から、その覚悟が出来ていた。

 彼は一国の指導者である。政治家である。である以上、手を汚しても、一部の人間に災いを与えようとも、全体の人々の幸福を導く義務が有る。そう腹を決めた。

 彼は悪人かもしれない。いや、間違いなく悪人であろう。しかし悪人でなければ、乱世の政治家はつとまらないのかもしれない。

「事態は、緊急を要する。一分の空白も許されない」

「それから防衛大臣はマスコミに対してくれぐれも慎重に」

 言い終えて、西条は会議室を後にした。

 次の日、国会はもめた。委員会では強硬採決をめぐって肉弾戦になり、ハイヒールの女性議員が、果敢にも男性プロレスラー議員の頭を抑えつけて大暴れをした。本会議でも、演説中の長髪の与党議員が、野党の野次に腹をたて、壇上からコップの水をまき散らした。これをきっかけに大乱闘が始まり、若い議員同士がスーツの袖を破るような騒ぎになった。

 街の声も賛否両論さまざまな意見が乱れ飛んだ。高学歴の中年女性と大学教授ばかりの「市民団体」は、駅前などで反戦のビラを配ったが、足を止めて受け取る人は意外に少なかった。一方で、大音量で古めかしい軍歌を流し続ける右翼の街宣車も活発に活動していた。

 すでに太平洋では自衛隊と米軍が臨戦体勢でにらみあっていた。米軍空母はすでに出港している。巡航ミサイルには核が搭載されているかどうかは不明だが、無いという情報もない。爆撃機、戦闘機、対潜哨戒機などが続々と南の海に終結し、緊張感を高めている。海上自衛隊の護衛艦も、対艦ミサイルの整備を終え、呉を出港した。陸自も上陸占領作戦に備えていた。その装甲車の横腹には日章旗が大きく描かれている。

 太平洋上で両軍の衝突が起こったのは、深夜の三時過ぎであった。戦闘機による軽快な空中戦でこの戦争は始まった。

 マッハで飛び交う戦闘機は、凄まじい轟音をあげ、太平洋の闇を切り裂いた。撃墜された機体が、人の命とともに炎の塊になって落下していく。闇夜には、無数の煙と閃光が尽きることはなかった。

兵力が大きいのは米軍だが、日中の空軍もよく粘り、攻防はほぼ互角のまま三時間が経過した。やがて水平線に日が昇ると、地上戦も始まった。南の海に浮かぶ小さな島々で、陸上自衛隊と中国陸軍による上陸作戦が敢行された。キャタピラが砂を踏み、砲身が火を噴く。自動小銃を持った歩兵は、走っては伏せ、走っては伏せしながら、土と血にまみれていた。銃弾が飛び交い、手榴弾が炸裂した。

 戦況は一進一退を続けている。勝敗の行方は、わからない。


 その頃、永田町の首相官邸では「切り札」の最終チェックが徹夜で行われていた。戦争の勝敗は現場の兵士たちだけで決まるのではなく、政治の動きに大きく左右されることを西条はよく知っていた。おそらく、この「切り札」は、アメリカ政府を動揺させるはずだ。なぜならホワイトハウスの主はノーブン・ブリッジだからだ。西条は、ブリッジという人物の思想信条や性格をよく知っていた。

日本時間午前六時三十分。日本政府は、世界中のマスコミとインターネットに対して、ある映像を公開した。映像は七分ほどの短いものであった。国連事務総長ヨハネ・ブッダ四世が、三本の旗に囲まれている。国連旗と日章旗と五星紅旗である。やがてヨハネ・ブッダ国連総長は高らかにこう宣言した。

「日中連合軍は国連軍であり、アメリカは国連の敵である」

 そして画面が替わった。そこには自衛隊と中国軍の軍艦が映し出されていた。そのマストには、オリーブの葉と地球がデザインされた巨大な青い国連旗が、海風を受けて力強くたなびいていた。京都西陣の錦で作られた文字通り「錦の御旗」であった。

さらに画面が替わり、陸軍兵士たちの姿が映し出された。日中二ヶ国の兵士たちは、左腕に青い腕章をつけている。腕章は国連旗であった。

「この腕章は京都の西陣織を使った上質な布である」と英語でナレーションされ、日本語と中国語の字幕が付いた。

「我こそは国連軍なり」という正義のアピールである。

 米軍は「賊軍」になった。

 この映像は瞬く間に世界を駆け巡り、戦地の米兵の目にも入った。同時刻、それに呼応するように陸上自衛隊は用意していた横幅三メートルの国連旗をいっせいに天高く掲げた。その数、約千三百。南の島々の激戦地に、ブルーの旗が林立すると、米軍兵士の士気は一挙に崩れ落ちた。

 二十一世紀初頭までの人間なら、ここまで士気にかかわることはなかっただろう。しかし、セイヨウ星人が浦賀に現れて以来、ここ数年ほどの間に、国連を神聖視する思想がすみずみまで定着した。先進国ほどその傾向が強かった。愛国心に代わって“愛地球心”が崇高な理想として求められて久しい。先進国の高等教育を受けた人間の中で、誰も国連に逆らえる者などいなかった。

 ブリッジアメリカ大統領は、激戦の最中に突如退却命令を出した。「賊軍の汚名」をかぶりたくなかったのだ。「国連に逆らった逆賊」と後世の歴史家に言われ続けることを、ブリッジは最も恐れた。

 大統領の退却命令をきっかけに、米軍はやがて総崩れになり、太平洋を東へ去っていった。国連軍の勝利である。戦端が開かれてわずか三日後のことであった。

 水平線に日が沈むころ、南の海には静けさが戻った。


「ニュース速報 日中連合軍勝利、米軍撤退開始」

「米大統領、日中提案受け入れへ」

「国連地球統一政府、発足へ」

 世界に驚きのニュースが伝えられた。

 あのアメリカが負けた。世界を圧倒する軍事大国のアメリカが。

「国連地球統一政府」なんて、所詮は夢物語で現実にはありえない、と世界中の多くの人々は思っていたが、アメリカの敗北で現実味を帯びてきた。

 大学四年生の佐々岡小次郎はSNSでこのニュースを目にした。若い彼はこの時代の流行の最先端である「国連絶対主義」という思想に知らず知らずのうちに染まっていた。そんな小次郎にとって、このニュースは人類の未来をバラ色に思わせる朗報に思えた。

(これから地球は良くなる。きっと良くなる)

 小次郎はその事を確信した。日本だ、アメリカだ、中国だと、狭いこの星で地球人同士が争ってきた愚かな時代は、いよいよ終焉に向かうのである。


 ノーブン・ブリッジ米大統領は、戦闘で敗れたことよりも、「賊軍・国連の敵」になってしまったことにショックを受けていた。書物を読み過ぎて国連に逆らうことが不可能になってしまったブリッジに出来ることは、従順にニューヨークの主権を譲り渡すことだけだった。徹底恭順政策である。

 ホワイトハウスでは、記者会見の準備が進められていた。CNN、BBC、ロイター、新華社、NHKなど世界各国のマスコミが場所取りをしている。無人の演壇と、その横には星条旗。記者席だけが人であふれてざわついていた。

 やがて一人の男が入ってきた。言わずと知れたアメリカ大統領ノーブン・ブリッジである。無数のフラッシュとシャッター音が会場を包み込み、記者会見が始まった。

 このアメリカ大統領は、自国が戦争に負けたにもかかわらず、笑顔でこう語った。

「今日は地球にとって記念すべき第一歩を印すことが出来ました。今、人類の長年の夢であった世界統一政府が誕生することが決定しました。人類は一つになったのです」

国連総会では、日本中国の共同提案が正式に採択されたのである。アメリカも賛成票を投じた。

 この日、人類は歴史的な第一歩を踏み出したのである。

国境の無い地球。今、まさにそれが実現した。

「世界統一政府が出来れば、国家と国家の戦争もなくなり、世界中の人たちが、わけ隔てなく友達になれる。そう、世界は一つ。世界は一つなんだ。これこそ人類が長年にわたって追い求めた理想郷であろう。ついに達成した。人類の叡智はついにここに至った」そんな気分が、世界中に満ちあふれた。

 その夜、東京では神宮外苑で花火が上がり、政府は祝賀ムードを演出した。さらに翌朝、内閣官房長官の大渕恵三が、風呂敷に包まれた額縁を持って記者会見に臨んだ。

 改元である。

 天皇の即位と関係なく元号が改まるのは、なんと幕末以来のことであり、日本政府が国連地球統一政府発足をいかに大きな出来事であると認識しているかを示すものだった。

 茶色の太いフレームの眼鏡をかけた大渕官房長官が、風呂敷をほどいた。カメラのフラッシュが一斉に光り、書道の達人が書いた文字が現れた。

「治明」

 この日から日本は、治明元年である。

 国連地球統一政府発足というビッグニュースは、集団的な熱狂を起こすのに十分なインパクトがあった。世界中の先進国の大都市では若者が繁華街に集まり始め、ブレーキの効かない群衆と化していた。

 とくに大阪ミナミの街では、歴史的な出来事に興奮した大勢の若者たちが集まり、戎橋周辺はすでに歩くことも困難なほどの群集で埋め尽くされていた。若者たちは、オリーブと地球をデザインしたブルーの国連旗を手にしている。日本が戦争に勝ったというのに、日の丸を手にした者はいなかった。胸に大きく国連旗がプリントされた青いTシャツを着ている者もいる。

 すでに時代遅れになった「ニッポン、チャチャチャ」に代わって若者のハートを掴んだ「コクレン、チャチャチャ」のコールが響きわたり、群衆は気勢をあげていた。そして国連旗を大きく振りかざしながら、戎橋から道頓堀へと飛び込む者が後を絶たなかった。二人、三人、そして一人、また二人。ヘドロの川へのダイブは、尽きることなく続いていた。飲食店のカニの看板によじ登る者や、フライドチキン店の創業者の人形を川に投げ落とす者さえ現れた。

「これで、世界から戦争が消えるのね」

「消えてもらわんと困る。そのための統一政府ではないか」

 テレビ中継では街頭インタビューに答える老若男女がみな笑顔で話していた。

大阪など各地の繁華街の喧騒は一夜で終わり、日本も世界も、また変わらぬ一日を刻み始めた。ともあれ、地球人同士による「内戦」は終結し、国連による新時代が幕を開けることとなった。

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