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【完結】3部作第2部  たとえこの想い届かなくても、あなたへ三本の薔薇を贈りたい 〜口下手な私にできる、精一杯の花言葉〜  作者: 坂道 昇


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12 残る者、旅立つ者

約束の三週間は、瞬く間に過ぎ去った。


ミドリが村にもたらした魔法は、もはや疑う者のいない確かな奇跡となって、大地に深く根を下ろしていた。村の畑を囲むバラの生垣は日に日にその緑を濃くし、色とりどりの花を咲かせ、野菜たちを病害虫から守る、美しき緑の砦として堂々とそびえ立っている。

そして、その砦に守られた野菜たちは、まるでミドリの愛情に応えるかのように、以前とは比べ物にならないほど力強く、瑞々しく育っていた。


特に、カケルの家の裏手にあるミドリの実験農園は、もはや畑というよりも、一つの完璧な「庭園」と呼ぶにふさわしい光景へと変貌を遂げていた。燃えるような真紅、はにかむような淡いピンク、優しいクリームイエロー、そして神秘的な深い紫。四色のバラが咲き乱れ、甘く芳醇な香りを風に乗せて村中に運んでいる。その様は、訪れる者の心を奪う、秘密の花園そのものだった。


そんな、穏やかで満ち足りた日々が続いていた、ある日の昼下がり。


チリン、チリン――。


澄み切った秋空に、あの心を弾ませるような、軽やかな鈴の音が再び響き渡った。


「レオ兄ちゃんだ!」


子供たちの歓声が、村中に幸せな報せとなって駆け巡る。畑仕事をしていた大人たちも、思わず顔を上げ、その音のする方へと笑顔で視線を向けた。


やがて、森の小道の向こうから、一頭のたくましい馬が引く、幌付きの大きな荷馬車が姿を現す。御者台に座るのは、約束通りに戻ってきた行商人、レオその人だった。


「よう、みんな! 約束通り、最高の箱を持ってきたぜ!」


快活な笑みを浮かべたレオが馬車からひらりと飛び降りる。彼の今回の目的は、小松菜の仕入れと、そして何より、あの黒髪の可憐な少女ミドリを、領都アッシュフォードへと連れて行くこと。その期待に、彼の胸は大きく膨らんでいた。


しかし、彼が村の入り口に差し掛かり、ミドリの庭園へと目を向けた、その瞬間。レオは、自身の目を疑う光景に、思わず足を止めた。


「なっ……!? うそだろ……?」


たった三週間。彼にとっては瞬く間に過ぎ去ったはずの時間の中で、ミドリの庭園は、前回見た時とは比べ物にならないほど、その美しさと生命力を増していたのだ。バラはさらに咲き乱れ、一つ一つの花が朝露を乗せて宝石のように輝き、野菜たちは葉の隅々まで生命力に満ち溢れている。


「……信じられない。たった三週間で、これほどまでに……。ミドリちゃん、君は本当に、花の女神か何かかい?」


感嘆と呆れが混じった声で呟きながら、レオは一直線にミドリの元へと歩み寄った。


「おかえりなさい、レオさん。約束、守ってくれたんですね」


「当たり前じゃないか! 君との約束を、僕が破るわけないだろう?」


レオはそう言うと、荷台から慎重に一つの木箱を下ろした。それは、一見するとただの頑丈な木箱だったが、表面には複雑な幾何学模様が彫り込まれ、微かな魔力の光を放っている。王都の錬金術師が作ったという、特別な魔道具の運搬箱だ。


蓋を開けると、内側はひんやりとした空気に満ちており、ビロードのような柔らかな布が敷き詰められていた。そして、繊細な花を一本ずつ固定するための、特殊な留め具が十二個、等間隔に並んでいる。


「これに、君のバラを収めるんだ。一ダース、十二本が限界だけどね。さあ、どの花を持っていくか、一緒に選んでくれないかい?」


「はい!」


ミドリは頷くと、レオと一緒に、庭園で最も美しく咲き誇るバラを選び始めた。


燃えるような真紅の『クリムゾン・グローリー』を三本。

夜空の神秘を閉じ込めた『ミッドナイト・ブルー』を三本。

そして、可憐なピンクと優しいクリームイエローを三本ずつ。


一本一本、丁寧に茎を切り、レオが差し出す魔法の箱に収めていく。その親密な共同作業を、村人たちは少し離れた場所から興味深そうに見守っていた。


全てのバラを収め終え、蓋を閉めた時、レオが真剣な顔で言った。


「さて、ミドリちゃん。ここからアッシュフォードの領都までは、馬車で約一週間かかる。道中は森を抜け、山を越えなければならない。時には魔物や、もっと厄介な……盗賊が出ることもある。だから護衛が必要だ」


その言葉に、黙って様子を見ていた村の若者たちの中から、一人の少年が勢いよく一歩前に出た。


「俺が、行きます!」


声を上げたのは、ノフーだった。その瞳には、ミドリを守りたいという強い意志と、外の世界への抑えきれない憧れが、キラキラと輝いている。


「ほう、威勢がいいね。君は?」


「ノフーです! 腕には、自信があります! 必ず、ミドリ姉ちゃんを、俺が守ります!」


その真っ直ぐな宣言に、ミドリは少し困ったように、でも嬉しそうに微笑んだ。だが、村の大人たち、特にロイドは、心配そうな顔で腕を組んだ。


「ノフー、気持ちは分かるが、お前一人ではまだ……」


「僕も、護身術くらいは心得ているから、まあ、彼がいれば十分だろう」


レオがそう言って話をまとめようとした時、村人たちの視線が、自然と一人の男に集まった。カケルだ。誰もが、彼が行ってくれるのが一番だと、そう思っていた。


カケルは、その期待の視線を一身に受けながら、ぎゅっと拳を握りしめた。行きたい。ミドリの隣で、彼女を守りたい。レオのような軽薄そうな男に、彼女を任せたくない。その想いが、喉まで出かかっていた。


だが、彼は村のリーダーだった。自分が村を離れれば、その間、誰がこの村を守るのか。誰が狩りに出て、皆の食料を確保するのか。


彼は、個人的な感情と、リーダーとしての責任の間で強く葛藤した。そして、顔を上げると、迷いを振り払うように、はっきりとした声で言った。


「……俺は、行けない。この村を守るのが、俺の仕事だ」


その言葉に、村人たちは息を呑んだ。そして、カケルが、もはやただの腕利きの狩人ではなく、この村の未来を背負う、真のリーダーになったのだと、改めて悟った。

カケルは、静まり返る人々の中をまっすぐに進み、緊張した面持ちのノフーの前に立った。


「ノフー」


「……はい!」


「お前を、ミドリの護衛として、正式に指名する」


カケルは、ノフーの肩を、強い力で、しかし信頼を込めて掴んだ。


「これは、村の総意だ。そして、俺からの命令でもある。お前は、俺の代わりだ。何があっても、たとえ、お前の命に代えても、ミドリを必ず守り抜け。分かったな?」


「……ッ! はいッ!」


ノフーは背筋を伸ばし、今まで出したことのないような、力強い声で答えた。憧れのカケルから託された、あまりにも重く、そして誇らしい任務。その責任の重さに、彼の身は引き締まり、顔つきまでもが一人の戦士のものへと変わっていた。


こうして、ミドリのアッシュフォードへの旅は、レオ、そして護衛役を拝命したノフーという、二人の若い男たちと共に行くことになった。



出発の朝。村人たちが総出で、三人を見送りに来ていた。

カケルは、旅支度を終えたミドリの前に立ち、無言で、一つの小さな革袋を差し出した。中には、彼が一生懸命作ったであろう、鳥の羽根で飾られた、手製の矢じりがお守りとして入っていた。


「……カケル」


「森の獣は、これを嫌う。気休めだが、持っていけ」


ぶっきらぼうな口調はいつもと同じ。だが、その瞳の奥には、言い尽くせないほどの心配と、不安が揺れていた。


「……そして、必ず、無事に帰ってこい」


「うん。……行ってきます」


ミドリは、お守りを大切に握りしめ、力強く頷いた。言葉は少なくとも、二人の間には、誰にも邪魔できない、確かな絆が流れていた。



馬車での旅が始まった。


御者台には、レオとミドリが並んで座っている。その後ろ、荷台の一番後ろに、ノフーが弓を手に、鋭い視線で周囲を警戒しながら腰を下ろしていた。


レオは、退屈という言葉を知らない男だった。彼は、行商人として見聞きしてきた、様々な町の様子、面白い人々、珍しい食べ物の話を、巧みな話術で次から次へとミドリに聞かせた。


「アッシュフォードの市場にはね、南の国から運ばれてきた、宝石みたいに赤い果物があるんだ。一口食べれば、疲れが吹き飛ぶくらい甘酸っぱいんだぜ」


レオの語る、まだ見ぬ広い世界の物語に、ミドリは目を輝かせ、夢中になって耳を傾けた。彼のスマートで洗練された物腰と、自分の知らない世界を当たり前のように語る姿に、ミドリは今まで感じたことのない種類の、ときめきを覚えていた。


(私、もしかして、レオさんのこと……)


そんな淡い恋心に気づき、ミドリの頬が、ほんのりと赤く染まった。


その、楽しそうな二人の様子を、荷台の後ろから、ノフーが見つめていた。


カケルから託された「護衛」という大役の重圧。その責任感で、彼の神経は常に張り詰めていた。だが、彼の心を乱したのは、森の魔物の気配ではなく、御者台から聞こえてくる、二人の楽しげな笑い声だった。


ミドリがレオの話に笑うたび。レオが、ミドリの髪にかかった落ち葉を優しい手つきで取ってやるたび。ノフーの胸の奥が、ちくり、ともやもやとした不快な感情で満たされていく。


(なんだろう、これ……。ミドリ姉ちゃんが楽しそうで、俺も嬉しいはずなのに……なんで、全然、面白くないんだろう……? カケル兄さんは、本当にこの男を信用して、姉ちゃんを任せたのか……?)


それは、彼が生まれて初めて経験する、淡い嫉妬という名の、成長の痛みだった。



そんな、三者三様の想いを乗せた馬車は、一週間、何事もなく走り続けた。


そして、旅の七日目の朝。


鬱蒼とした森を抜け、最後の丘を越えた、その瞬間。目の前に、信じられない光景が広がった。


どこまでも続く、巨大な石造りの城壁。その内側には、数え切れないほどのレンガ造りの家々が、まるでミニチュアのように密集し、中央には、天を突くかのように、壮麗なアッシュフォード侯爵の城がそびえ立っている。村とは比較にならない、圧倒的な規模と活気。

ミドリとノフーは、その光景に、ただ、息を呑んだ。


「さあ、着いたよ」


レオが、誇らしげな声で言った。


「ここが、領都アッシュフォードだ」


これから始まる、新しい物語の舞台。そして、まだ見ぬ、もう一人の転生者がいるかもしれない町。

ミドリの心は、大きな期待と、ほんの少しの不安で、大きく、大きく高鳴っていた。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますので、ぜひページ下のいいねボタンで応援してください。

よろしくお願いします(^O^)/

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