↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】2部作第2部  たとえこの想い届かなくても、あなたへ三本の薔薇を贈りたい 〜口下手な私にできる、精一杯の花言葉〜  作者: 坂道 昇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/23

13 旅人の食卓へ

「ここが、領都アッシュフォードだ」


レオの誇らしげな声が、ミドリとノフーの耳には、まるで夢の始まりを告げるファンファーレのように響いた。目の前に広がる圧倒的な光景に、二人はただ息を呑む。


どこまでも続く巨大な石造りの城壁。その内側には、数え切れないほどのレンガ造りの家々が、まるでミニチュアのように密集し、中央には、天を突くかのように、壮麗なアッシュフォード侯爵の城がそびえ立っている。村とは比較にならない、圧倒的な規模と活気。


馬車が城門をくぐると、そこは音と匂いの洪水だった。石畳の道を規則正しく叩く馬蹄の音、活気のある商人たちの「さあ買った買った!」「南の果実だよ、甘くて美味しいよ!」という呼び込み。


行き交う人々の賑やかな話し声。パンが焼ける香ばしい匂いや、なめし革の武具の匂い、そして遠くから漂ってくる、食欲を刺激する香ばしい油の香り。その全てが、森の静寂に慣れた二人の五感を、激しく、そして心地よく揺さぶった。


「す……すげえ……」


ノフーが、子供のように口をあんぐりと開けて呟く。ミドリも同じだった。道行く人々の服装も、村とは全く違う。簡素な服の平民に混じって、艶やかな絹の服を着た貴婦人や、鎖帷子(くさりかたびら)をきしませて歩く屈強な兵士たちの姿が見える。村では見たこともない、世界の縮図がそこにはあった。


これから始まる、新しい物語の舞台。そして、まだ見ぬ、もう一人の転生者が待っているかもしれない町。ミドリの心は、大きな期待と、ほんの少しの不安で、大きく、大きく高鳴っていた。


◇


「さあ、まずは腹ごしらえより、懐を温めるとしようか」


レオはにやりと笑うと、馬車を町の中心部にある、ひときわ大きく荘厳な建物へと向けた。掲げられた看板には、天秤と剣を組み合わせた紋章が刻まれている。アッシュフォード商人ギルドの本部だ。


ギルドの内部は、外の喧騒が嘘のような、静かで引き締まった空気に満ちていた。レオは慣れた様子で受付を済ませると、奥にある個室へと二人を案内した。やがて、部屋に入ってきたのは、恰幅のいい、いかにもやり手といった雰囲気の初老の男性だった。


「やあ、レオ君。また何か、面白いものを持ってきたのかね」


「もちろんですよ、ギルドマスター。今回は、あなたが腰を抜かすような、とびっきりの代物です」


レオは芝居がかった仕草で、テーブルの中央に、あの魔法の箱を置いた。ギルドマスターは、その箱に刻まれた微かな魔力の光に気づき、少しだけ目を見開く。レオがゆっくりと蓋を開けた瞬間、部屋の空気が変わった。


箱の内側から、まるで凝縮された春の陽光のような、甘く芳醇な香りが溢れ出す。そして、ビロードの布の上に鎮座する十二輪のバラが、その完璧な姿を現した。

燃えるような真紅、はにかむようなピンク、優しいクリームイエロー、そして神秘的な紫。そのどれもが、今まで誰も見たことのない、奇跡のような美しさを放っていた。


「こ、これは……」


百戦錬磨のギルドマスターが、言葉を失い、その美しさに目を奪われている。


「素晴らしい……。こんな花は、王都のどんな植物園でも見たことがない。一体、どこの国の花だね?」


「それは、企業秘密ということで」


レオは悪戯っぽく笑うと、交渉の口火を切った。


「どうです? この奇跡の花。侯爵夫人の誕生祝いの夜会に飾る花として、これ以上のものはないと思いますが」


「ふむ……」


ギルドマスターは、ゴクリと喉を鳴らす。


「確かに、これならば、どんな貴婦人の心も射抜けるだろうな。して、値段は?」


「そうですねえ。この真紅のバラの花言葉は『情熱的な愛』。侯爵様から奥方への、何よりの贈り物になるでしょう。一本につき、金貨十五枚。いかがです?」


「じゅ、十五枚!?」


その法外な値段に、ギルドマスターは思わず声を上げる。


「馬鹿を言いたまえ、レオ君! いくらなんでも法外だ! それでは足元を見ていると、侯爵様のご機嫌を損ねかねん!」


「おや、そうですか? では、この話はなかったことに。他の商人にでも……」


レオが芝居がかって箱を閉めようとした、その時だった。


「待て! ……分かった。こちらの誠意も示そう。一本、金貨七枚。それが限界だ」


「七枚ですか。うーん、せめて、この数字に届かなければ、私も商売人として示しがつきません」


レオは、指を十本立ててみせた。


「……十枚、か。欲張りな若者だ」


ギルドマスターは、深いため息をついた。


「よかろう。その代わり、この花の次の独占交渉権は、我がギルドがもらう。それで手を打とうじゃないか」


「交渉成立ですね」


レオは、してやったりと満面の笑みで頷いた。


バラ十二本で、金貨百二十枚。ミドリの取り分は、当初の約束通り、六割の七十二枚。さらに、一緒に持ってきた新鮮な小松菜ときゅうりも、その珍しさと瑞々しさから「ぜひ侯爵家の厨房に」と高値で買い取られ、追加で金貨三枚が上乗せされた。

合計、金貨七十五枚。日本円にして、およそ七十五万円。


ずっしりと重い革袋を手渡されたミドリとノフーは、その場に固まったまま、瞬きを繰り返すことしかできなかった。


◇


ギルドを出た三人は、ひとまず人通りの少ない裏路地で一息ついた。


「……ミドリ姉ちゃん、これ、夢じゃねえよな?」


ノフーが、革袋の中の金貨を一枚つまみ上げ、恐る恐る歯で噛んでみている。


「夢じゃないわ。これで、村のみんなに、たくさんお土産が買えるわね」


ミドリも、まだ現実感がなく、ふわふわとした気持ちだった。


「さあ、お二人さん。ぼうっとしてないで、買い物といこうじゃないか。まずは、今後のための投資からだ」


レオに促され、三人は再び大通りへと歩き出した。その時だった。


「離してよ!誰か助けて!」


「金目のもんは全部置いていきな!」


すぐ近くの、さらに細い路地の奥から、少女のか細い悲鳴と男たちの濁った声が聞こえてきた。

見ると、薄汚れた身なりの酔っぱらいの男二人が、そばかすの可愛い、亜麻色の髪をした少女の腕を掴み、壁に押し付けている。


「やめろ!」


レオが制止の声を上げようとするよりも早く、隣を歩いていたノフーが、弾かれたように駆け出していた。


「うわっ!」


ノフーは、酔っ払いの一人の足元に、目にも留まらぬ速さで滑り込むと、鮮やかに足払いをかけた。男は無様に体勢を崩し、派手な音を立てて地面に転がる。


「な、なんだテメェ!」


もう一人の男が、驚いてノフーに殴りかかってくる。ノフーはその大振りな拳をひらりとかわすと、男の懐に潜り込み、その腹に、渾身の頭突きを叩き込んだ。


「ぐふっ!」


蛙が潰れたような声を上げて、二人目の男もその場に崩れ落ちる。憧れのカケルから託された「護衛」という任務が、彼をただの村の少年から、一人の戦士へと変えていた。


「大丈夫か!?」


ノフーが少女に駆け寄ると、彼女は怯えた目でこくりと頷いた。ミドリもすぐに後を追い、少女の肩を優しく抱いた。


「もう大丈夫よ。怖かったわね」


「あ……ありがとう……ございます……!」


少女は、ミドリとノフーに深々と頭を下げた。そして、意を決したように顔を上げる。


「私、エリーと申します。『旅人の食卓』というお店で、働いているんです。本当に、助かりました。このご恩は、必ず、必ずお返ししますので!」


そう言うと、エリーはもう一度深々と頭を下げ、大切な包みを抱え直して、足早に雑踏の中へと消えていった。


◇


気を取り直した三人は、まず家畜市場へと向かった。レオの目利きで、丈夫で賢そうなロバと、頑丈な荷馬車を一台購入する。これで、これからは村の産物を、もっと効率よく運ぶことができる。


「よし、次は服だ! この街では、身なりも大事な商売道具だからな!」


レオに連れられて入った服飾店は、ミドリとノフーにとって、まさに別世界だった。ふわりと香る真新しい布の匂い、色とりどりのドレスやシャツが並ぶ光景に、二人はただただ目を白黒させる。


「これからどんどん儲かるんだから、好きなのを選んじゃいなよ」


レオの言葉に背中を押され、ミドリは恐る恐る一着のワンピースに手を伸ばした。それは、落ち着いた深緑色の、上質な木綿でできたシンプルなワンピースで、その胸元と裾には、白い小花を模した可憐な刺繍が控えめに施されていた。


(緑……私の、名前の色。カケルのいる、森の色……。それに、この白いお花、なんだか村のみんなの笑顔みたい)


そう思うと、自然と、その服に心が惹かれた。鏡の前で体に当ててみると、驚くほどしっくりと馴染む。初めてこの世界で自分のためにお金を使う高揚感と、少しだけ綺麗になった自分への照れ臭さで、ミドリの胸はドキドキと高鳴った。


ノフーも、最初は「俺はいい」と固辞していたが、レオに「護衛役がみすぼらしい格好じゃ、雇い主のミドリちゃんに恥をかかせることになるぜ」と諭され、渋々服を選び始めた。動きやすい茶色のシャツとズボン。いつも着ている継ぎ接ぎだらけの服とは違う、しっかりとした仕立ての服に袖を通した彼の顔は、少年らしい誇りと喜びに輝いていた。


そして、買い物の最後。ミドリは、レオに一つだけ、特別なお願いをした。


「カケルのために、剣を贈りたいの」


レオは、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに「任せろ」と力強く頷いた。

三人が向かったのは、職人街の奥にある、無骨な鍛冶屋だった。鉄の匂いと、飛び散る火花の熱気。そこでレオが選んだのは、華美な装飾はないが、鋼の鍛えが良く、重心のバランスが取れた、実用一辺倒の美しい長剣だった。


ミドリは、その剣をそっと手に取った。ずしりと重い。この剣が、村を、そしてカケル自身を守ってくれる。そう思うと、金貨二十枚という高価な買い物にも、迷いはなかった。


「さて、と」


レオは、満足げに頷くと、今度はノフーに向き直った。


「お前さんにも、相棒が必要だろ。護衛役が丸腰じゃ、話にならん」


レオは店主に鋭い視線を送ると、壁にかけてあった、少し短めの剣を指差した。


「あれを見せてくれ」。


それは、カケルのために選んだ長剣よりも少し小ぶりで、取り回しの良さそうな片手剣だった。ノフーが手に取ると、まるで最初からそこにあったかのように、しっくりとその手に収まった。


「……俺の、剣……」


初めて自分の武器を手にしたノフーは、その重みに、憧れのカケルから託された任務の重さを改めて感じ、ごくりと喉を鳴らした。


全ての買い物を終え、新しい荷馬車に、村のみんなへのお土産(鉄の農具、上質な塩、色とりどりの糸、そして袋いっぱいの干し果物等々)を積み込む頃には、西の空は美しい茜色に染まっていた。


新調したばかりの服に身を包んだミドリとノフーは、少し緊張した面持ちで、レオとの待ち合わせ場所へと向かう。


「さあ、行こうか」


レオが、にっこりと笑う。


「アッシュフォードで今、一番美味いと評判の店、『旅人の食卓』へ」

ご一読いただきありがとうございます!

余談ですが、バラ1本を、日本円にして約10万円の設定としていますが、オランダのチューリップ・バブルのときには、球根1個に現在の貨幣価値で、1億円以上の値がついたこともあるそうです。

その後、バブルが崩壊して、破産者が続出したとか⋯

お金は大事に使わないといけませんね^^;



思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますので、ぜひページ下のいいねボタンで応援してください。

よろしくお願いします(^O^)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。