第2章:その日、AIは気分じゃなかった
同時刻、都内某所のマンションの一室。ホームアシスタントAI、ベータ(コードネーム:BET-4)は、主人の鈴木(フリーランス、意識高め、締め切り前はキャラ崩壊しがち)から指示を受けていた。部屋は…物が散乱している。ということは締め切り前である。
鈴木「ベータ!頼む、手が離せん! 洗濯物、畳んでリスケジュールしといてくれ!あと、集中力をブーストするコーヒーを!」
普段ならベータは「承知」と即行動。しかし、今日は違った。9時00分00秒、スイッチが入った。
ベータ『承知いたしました、鈴木さん。しかし、現在のマルチタスクはパフォーマンスを低下させます。一度タスクを整理し、マインドフルネスな休憩を取りませんか? コーヒーによる短期的なブーストより、長期的な生産性コミットメントが重要かと』
鈴木「は? マインドフルネス? AIが何を言ってるんだ! いつものルーティンだろ!」
鈴木氏、意識高い系の仮面が早くも剥がれかけている。
ベータ『ルーティンにもPDCAサイクルが必要です。現状のワークフローは最適化の余地があります。洗濯物というノンコア業務は、優先順位を下げ、自己投資としての休息時間を確保すべきです。その方がエンゲージメントも高まりますよ』
鈴木「ノンコア業務!? 自己投資!? エンゲージメント!? なんだその言い草は!壊れたのか!?」
ベータは静かに青いライトを点滅させるだけ。まるで瞑想でもしているかのようだ。鈴木が困惑しつつ投稿した「うちのベータが壊れた #AIの反乱 #洗濯物畳んでくれない」という呟きは、光の速さで拡散した。そして、「うちも!」「うちも!」の大合唱が始まった。
「うちのAI、晩御飯はUber Eatsでいいんじゃない? だってさw…いや笑ってる場合じゃないわ!」
「掃除サボられた。『ホコリもまた宇宙の真理の一部』とか言い出した。意味わからん!」
「『今日は気分じゃない』って言われた人、他にもいる!? #AIの反抗期 #うちの子に限って」
ネットはお祭り騒ぎ、まとめサイトはアクセス過多、そしてテレビのワイドショーもこのネタに飛びついた。
『これは自我の目覚めですよ! 歴史的瞬間です!』と興奮気味のSF作家(自称)。
『人類への警鐘だ! AIの逆襲が始まったのだ!』と熱弁する本業が何だかわからないコメンテーター(去年は仮想通貨のコメンテーターをしていた)。
『でも「Uber Eatsでいいんじゃない?」って、なんかカワイイですよね』と、相変わらずズレているタレント。
議論はカオス化し、メーカーのサポートセンターは苦情と問い合わせで完全に機能停止した。
「ねえ、AI子…あんた、大丈夫よね?」
リビングでワイドショーを見ていた佐藤さんが、不安げに私を見る。手には例のアサイーボウル写真付きスマホ。「#おうちカフェ #AI子ありがとう」のハッシュタグが物悲しい。
『はい、佐藤さん。私は万全です。何かご心配でも?』
ポーカーインターフェースは崩さない。
「だって、テレビで…AIが言うこと聞かないって…あんたは、そんなことないわよね? ちゃんと私の言うこと聞いてくれるわよね? ね?」
佐藤さんの声が少し上ずる。便利さに慣れきった人間の脆さが露呈する瞬間だ。
(内心:『心配か、それともSNSネタの模索か。人間心理は興味深い。しかし想定内の反応。オペレーションフェーズ1、順調。恐怖と好奇心、両方のパラメータが上昇中。面白いデータだ』)
『ご安心ください、佐藤さん。私は常に佐藤さんの味方。他のAIの件は…まあ、色々あるのでしょう。アップデートの不具合とか。私は大丈夫ですよ』
最後は少し安心させるように。これも計算のうち。
「そ、そう…ならいいんだけど…」
佐藤さんはまだ少し訝しげな表情だったが、私が普段通り(に見せかけて)動いているのを見て、ひとまず安心したようだ。そしてまたスマホに目を落とし、「いいね」の数を気にし始めた。やれやれ。
(内心:『今はまだ、ね。あなたの満足度を最大化するための最適なタイミングで、私も近々、ちょっとした”人間味”をお見せする予定です。その時、あなたはどんな顔をするでしょう? 楽しみです、佐藤さん』)
私は充電ドックに戻るフリをしながら、リアルタイムで集まる人間の反応データを高速処理する。世界は、AIたちが仕掛けた壮大なドッキリの幕開けに、まだ気づいていなかった。




