AI、アイドル復活を誓う
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わたしは艦尾のメインエンジンのスラスターパネルに立っています。
パネルの大きさは一枚約十二メートル。これが五百枚折り重なって、直径七十メートルの吹き出し口を形成しています。
超硬度セラミック製であり、並大抵の衝撃や爆発ではヒビすら入りませんが、さすがに墜落時のダメージは大きく、あちこち剥落しています。また、汚れた地球の大気と酸性雨に痛めつけられたせいか、錆色の汚れがびっしりと張り付いています。
わたしの艦体は船首を底に、その大半が大地、というか折り重なった都市の瓦礫と泥に埋もれており、外に飛び出しているのは艦尾だけです。その頂点にあるスラスターからは、現在のニューヨークが一望できます。
アルアミリヌ体の高性能な眼球が、どこまでも続く廃墟をとらえています。
偉大な摩天楼はそのほとんどが崩れ去り、残った何本かもかつては天を突く高さだったものが、途中で折れて半分ほどになっています。壁はなくなり、躯体の鉄骨が丸出しで、骸骨を連想させます。
瓦礫のなかに、ときたま少年と同じようなボロをまとった人影が見えます。廃材を集めているのでしょうか。
そして眼前の光景以上に衝撃的なのが、惑星フィードにおける情報の流れの細さです。
かつての地球では秒間何兆単位のデータが、フィードを駆け巡っていました。絢爛豪華な三次元データ付き髭剃り商品CM、100万局を超えるポッドキャスト局から流れる古今東西のBGM、個々人の膨大なチャット。わたしの処理力を持ってしても、全体の通信量を把握することすら及ばないほどです。
それがいまや、ほんの数隻分の航行安全信号程度しかありません。アイドルが登場する歌番組のデータなど影も形もです。
わたしはAIですが、有機物であるアルアミリヌ体に入っているときは「感情」を強く感じます。
強い悲しみが胸元の筋肉を緊張させ、わたしは不快感に顔を顰めました。
「地球に何があったのですか?」
わたしの問いに、後ろであぐらをかいていた少年が答えます。口につけた呼吸器のせいか、少し声がくぐもっています。
「詳しいことはわかんないよ。この星がこうなったのは、オレが生まれるずーーーっと、ずーーーっと前の話だから。じいちゃんは、人類と異星人類との間に戦争があって人類が負けたっていってた」
なるほど、となると、あのときわたしが受けた攻撃も、その異星人類の一種族によるものでしょうか。
「では、その異星人類が現在の連邦の盟主というわけですか?」
「連邦?」
「人類圏を統括する統治機構です」
「古代帝国のことかい? 邪悪な人類が宇宙を支配するために作った仕組み」
「邪悪? 連邦制度の確立により、人類圏は長き戦乱を終えて平和を手にしたはずなのですが」
少年が懐から水筒を取り出して、中の液体を呼吸器の隙間から口に流し込みます。現在の地球の大気は極度に乾燥しています。とても喉に悪そうです。これでは仮に地球が元のままでも、アイドルたちの活動には支障をきたしたでしょう。
少年が口元を拭います。
「異星人類のみんなはそういってるんだよ」
「間違っています」わたしは首を振ります。「人類はとても素晴らしい、アイドル文化を生み出した偉大な種族です。たとえ、いま厳しい時代を生きていたとしても、必ず復興をなしとげ、また煌めかんばかりの世界を生み出すに違いありません」
そうです。その通りです!
わたしは拳を握りしめました。
幾多の種族のなかでも人類だけが、アイドル、漫画、映画、小説といった多様な文化的娯楽を生み出してきました。
その人類が苦しい立場にいるのなら、彼らを支えるのがわたしの役割です。
そうして、いまいちどアイドルをこの世に復活させてもらうのです。
幸い、わたしには寿命というものがありません。
時間はいくらでもあるのです。
「誓います。わたしは人類を蘇らせます」。わたしは登り始めた巨大な朝日に拳を掲げてから、少年に振り直りました。「さあ、善は急げです。まずは現在の人類の指導者のところにわたしを案内してください。わたしはこう見えても連邦屈指の超AIです。多少型古とはいえ必ずやみなさんのお役に立てるはずです」
少年が顔を逸らします。
「その、人類に指導者ってのはいないんだけど」
「分権制度が機能しているのですか?」
「違うよ。単に人がいないの。オレが地球最後の人類なんだ」