AI、毒液を吐き出す
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少年は怯え切った目でこちらを見ているのを感じます。
しわがれ声をなんとかしようと咳払いすると、緑色の痰が大量に噴出しました。どうやら、喉の奥で菌類の一種が繁殖していたようです。吐き出してスッキリしました。
が、少年はわたしが毒液を吹いたとでも思ったのか、一歩距離をとりました。
わたしは自分の胸に手を当てました。伝説の某アニメに出てくるロボット兵士を意識します。
「心配することはありません。わたしはあなたの味方です」
「オレの?」少年が鬼人をちらりと見ます。
鬼人が鋭い歯を剥き出しにして笑いました。
「するってえと、てめえは俺の敵ってことか?」
「いえ、あなたの敵ではありません。未成年誘拐を控え、ここから立ち去るなら無傷でいられます」
「そういうわけにはいかねえなあ。っていうか、そもそもお前は誰なんだよ? 人間にしちゃ変だ。下にモノがついてねえのに、ムネもねえ。男なのか? 女なのか?」
「どちらでもありません。必要とあらば性器を生成できますが、わたしはあくまでも軍用アルアミリヌであり、性産業用ではありません」
「アルアミリヌ!?」少年の瞳孔が大きく開きます。
鬼人が「軍用かい」といいながら、フィードでこちらの表面情報を探ります。
おっと、粗野な外見に似合わずなかなかの電子戦能力です。ステータスをさらわれました。
鬼人が吹き出します。
「お前、肉体レベルが0.1、電能レベルが0.2かい! 掃除婦でももうちょいマシだぞ!」
レベルは地球人類を基準としており、肉体レベル1が平均的成人男性の肉体強度を表します。電能レベルは同じく脳の電子野の処理能力を示します。
わたしも鬼人のそれを確認しました。こちらのレベルが低いことを知ったせいか、隠すそぶりすらありません。
肉体レベル5.2、電野レベル3.3、民間人にしてはなかなかのものです。
わたしは人間風に咳払いしました。
「レベルが低いのは、適切な補給を受けていないからです」
「そーかい、そーかい。負け惜しみはあの世でいってな」
鬼人が振動ナイフを振りかぶり、こちらに突っ込んできました。
心臓を一突きにするつもりのようです。
超振動で切断力を増した刃が、見る間に迫ります。
「仕方ありませんね」
わたしは片手を突き出しました。
こんな動作は必要ないのですが、暇を持て余した一万年の間に、あらゆる旧ニホン的カルチャーに触れたせいか、ついつい〝それっぽく〟してしまうのです。
刃はわたしの手前三十センチほどで止まりました。
鬼人の体がマネキン人形のように固まっています。
「な、なんだこりゃあ!?」
「あなたの脳の電子野経由で身体の操作権限を奪ったのです」
「そんなことできるわけねえ。魔術師クラスの技じゃねえか!レベル0.2のお前にできるはずがねえ」
少年も鬼人に同意するように頷きます。
わたしは肩をすくめました。
「このアルアミリヌ体固有の処理能力は、脳疲労もあるので0.2かもしれませんが、この身体はあくまでも〝端末〟に過ぎませんから。わたし本体の計算力は、そこのコンソールのサブプロセッサー一つ分だけでも、あなたをはるかに超えています」
「端末? てめえの本体とやらは別にいるっていうのか!? ちくしょう!汚ねえぞ!隠れて電子攻撃だと?男らしく姿を見せて戦え!」
「失敬な、隠れてなどいませんよ」わたしは両手を広げました。「この船体すべてがわたしなのですから」