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 アーノルドは医務室の扉に寄りかかっていた。


 荒い呼吸を繰り返し、額には大粒の汗を浮かべている。

 目の焦点が定まらず、顔色はひどく悪い。


 彼の体調が芳しくないのは明らかだった。


「……数日は安静にしてるべきだと、診察の時に告げたはずだがね」


 先生は静かな声音で、アーノルドに言う。

 だが、アーノルドは応えない。そんなことはどうでもいいとばかりに、先生を鋭く睨み返す。


「カミラに……何を、した……」

「心配ない。眠ってもらっただけだ。君同様に、彼女にはしばらくの休息が必要だと思えたからね」


 そして先生は再びベッドの上で眠るカミラに視線を戻す。

 それはとても愛おしげな眼差しだった。


「……『彼女』が戻ってきてくれる条件は何だろうと、何度も何度も考えた。確証は無いが、やはり一番可能性が高いのはこれだろう」


 先生は一旦カミラから離れると、白衣のポケットから小瓶を取り出し、机の上に置いた。


「皆のためだ。君のためだ。『彼女』のためだ。そして、私のためだ。カミラ君には悪いと思っている。だが、こうするしかない」


 先生はそう断言する。

 それが正しいのだと、彼は言う。彼はそう信じているのだ。


 ――『彼女』が戻ってきてくれれば、ハッピーエンドになるのだと。


「だからアーノルド君、心配なんてどこにもする必要はない。君は何も見なかったことにするといい。いや、すべきだ。これで君たちの問題は全て解決する。そうだろう?」


 再度、先生はアーノルドに問う。


 それにアーノルドは答えない。


 ただ彼はぽつりと呟いた。


「――あの時、誓った」

「……誓った? 何をだね?」


 先生は彼に対し訝しげな視線を向ける。


 どこか彼の様子がおかしい。おそらくそれはアーノルドの体の不調とは関係のないものだ。


 今にも倒れてしまいそうな状態なのに。それに反した力強い声音ではっきりとアーノルドは言葉を紡ぐ。


「――カミラに誓った。『もう二度と君を離さない』と。――カミラだった名も知らない彼女(・・)に誓った。『もう二度とカミラを離さない』と……」


 先生に対し、アーノルドは覚悟を決めた目を向ける。


「――俺はもう間違えない。二度とあの時のような悲劇は繰り返さない」


 そう言葉を発した次の瞬間、アーノルドは床を強く蹴り先生へ向けて走り出していた。



 ♢♢♢



 あと一歩踏み出せば、全てが終わる。

 そんな時だった。


 ――逃げるの?


 不意に背中から声がして、カミラは足を止める。


 ここは夢の中だ。

 自分以外に誰もいるはずがない。


 だが、その考えを否定するかのように、続けて言葉を投げ掛けられる。


「……本当、あなたはそればっかりね。見ててイライラしてくる」


 嫌悪を込めた声音で、あるいは呆れ果てたような声音でその誰かはカミラに語りかけてくるのだった。


 カミラはおもむろに振り向く。

 誰もいないはずの屋上に、ひとりの少女がいた。


 その姿はとてもカミラに似ていた。

 生き写しといってもいい。


 まるで姉妹のような姿をしたその人物は、カミラを冷たく見つめていた。


「誰……?」

「なに知らないの? 本当にムカつくわね、あなた」


 彼女は自分が不機嫌だという態度を隠すつもりは一切ないらしい。

 露骨に表情に出して、カミラに告げる。


「そうね、あなたにとって私とは初対面みたいなものだものね。私は、あなたがいない二年間、代わりにカミラをやっていたいわば『偽物のカミラ』よ」


 皮肉げに笑い、その人物は――『彼女』は言葉を続けた。


「はじめまして。『本物のカミラ』さん」


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