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【番外編SS】婚礼の祝宴と異国の来訪者

 教会での挙式のあと、場所をスペディング公爵邸へと移し、盛大な婚礼の祝宴(バンケット)が開かれる。


 色とりどりの生花で飾られた邸内は華やかで、訪れる招待客のほとんどはスペディング公爵家側の人たちだが、その誰もが、神との結婚の誓約を終えたばかりの初々しい新郎新婦、セドリックとフィリスのふたりをあたたかく祝ってくれている。


 この日のためにと趣向が凝らされた料理やデザートの数々に、王都でもなかなかお目にかかれないほどの最高級のワイン。


 みな思い思いに談笑しながら、提供される料理やワインに舌鼓を打ち、催される余興を楽しみ、盛大にダンスを踊っている。


 主役である新郎新婦のフィリスとセドリックへのあいさつは途切れることがなく、フィリスはその人たちの顔と名前を覚えるだけでもいっぱいいっぱいだった。




 祝宴がはじまってそれなりの時間が経過した頃、フィリスとセドリックは中座するために大広間を出て、隣接している控えの間に移動する。


 ソファーに並んで座り少しだけ息をついたところで、フィリスの父であるコッド子爵が訪ねてきた。


「フィリス、少しいいかい?」


 そっと開けた扉から控えめに、その丸い顔を覗かせている。


 フィリスよりも先にセドリックがさっと立ち上がり、戸口まで歩いていくと、にっこりと笑って扉を大きく開けて花嫁の父を中へと促す。


「ええ、もちろんですよ、義父上」

「……はは、どうも」


 コッド子爵は〝義父上〟という言葉にぎょっとしながら、落ち着かない様子で視線をさまよわせる。


 セドリックはあえて気づかないふりをしたまま、笑みを絶やさず、さらりと続けて言う。


「今日からは、私のことは実の息子だと思ってください」

「はあ、いや、まあ、そうですね、ははは……」


 コッド子爵はより一層たじろぎ、あいまいに笑ってごまかすしかできない。格上の次期公爵であるセドリックが自分の娘婿になったことを受け入れるには、まだ時間がかかるようだ。すると、


「──コッド子爵」


 子爵の背後から、ひとりの青年が存在を示すように声をかける。


 青年の肌は浅黒く、一目で異国の人間だとわかる。


 コッド子爵があっと思い出したように、こほんと小さく咳払いをしてセドリックに向き直る。


「ああ、公子。じつはこの方が、あなたにぜひごあいさつをと申しておりまして……、少しよろしいでしょうか」


 セドリックは一瞬訝しんだものの、すぐに愛想のよい笑みを浮かべ、予定にない来訪者の青年に向かって手を差し出す。


「ええ、構いませんよ。はじめまして、セドリック・スペディングと申します」


 青年も親しみを込めた笑みを見せて応える。


「はじめまして、スペディング公子。私は、セルム皇国のシヴ・アミルと申します」


 ふたりは和やかに握手を交わす。


 アミルと名乗った青年は、そのあとでセドリックのそばに近づいてきたフィリスにちらりと目を向ける。


「このたびはおめでとうございます。大変美しい花嫁で、うらやましい限りです」


 セドリックは一瞬すっと目をすがめる。しかしひとまず褒め言葉として受け取ってやると、余裕の笑みで返す。


「ええ、私は幸運ですよ」


 すると、すかさずアミルが一歩前に出てフィリスの手を取り、口づけを落とそうとする。


 その瞬間、ドリックはフィリスの前にさっと出ると、飛んでいる虫でも落とすようにアミルの手を躊躇(ちゅうちょ)なくはたき落とした。


 フィリスは思わず固まってしまう。セドリックは笑みを絶やさないまま、悪びれもなく言った。


「──失礼。彼女は今日、私の妻になったんだ。気安く触らないでほしいね」


 一瞬唖然としていたアミルだったが、すぐにさもおかしげに口端をあげ、コッド子爵に顔を向ける。


「とんでもない番犬が義理の息子になったものだな、子爵」


 コッド子爵は、アミルがセドリックに軽くあいさつをするだけだと思っていたのだろう、思わぬ険悪な雰囲気に言葉を失い、ひとり冷や汗をかいている。


 しかしフィリスは、そんな目の前のやり取りもよそに、

(……妻、わたし、セドリックさまの妻になったのね……)

 セドリックに言われて、ようやく実感していた。


 コッド子爵はなんとかこの場の空気を変えようと、言葉を発する。


「あの、公子。私は、アミル卿とはつい最近知り合ったばかりなのですが、すでに友人の息子と接しているような親しみを感じておりまして。そのうえ、アミル卿は我が領地に興味を抱いてくださり、このたび支援を申し出てくださったのです」


「え、本当なの、お父さま⁉︎」


 フィリスはよろこびの声をあげる。


 同時に、このスペディング公爵邸にフィリスと父が居候としてお世話になりはじめたばかりの頃、困窮する領地のことで少し見通しが立ちそうだと彼が言っていたことを思い出す。


 フィリスがよろこぶ一方で、セドリックは見定めるような視線をアミルに向ける。


「──ほう、そうでしたか」


 アミルは、そんなセドリックの視線など気にも留めない様子で、再びちらりとフィリスを見る。


「ええ、コッド領に伝わる繊細なレース編みはとても価値がある。それにコッド領にしかいない品種の蚕を扱う養蚕業も貴重な産業になるのではと思い、支援を申し出たのです」


 結婚式で自分の顔を覆っていた薄いベール、母が編んでくれたあのシルクのレース編みのことを言っているのだと、フィリスは気づく。


 すると、コッド子爵がうれしそうに頭に手をやり、力強く語り始めた。


「領地の中でも妻の故郷の村にのみ、ずっと受け継がれていたレース編みです。元々、自分の娘を嫁にやるときのためにしか編まないものですし、ベールほどの長さにするには何年もかかることから、これまで売り物にするなど考えたこともありませんでした。しかし村の若い娘でも編めるように編み手を増やせば、ある程度の量は編めるでしょう。それにあの蚕がそんな特別なものだとは、本当に灯台下暗し(とうだいもとくら)とはよく言ったもので、私たち領地の者は誰も気づきませんでした。支援してくださるとなれば、新たな産業になるのではと大変期待しているのです──」



 ひとしきりコッド子爵の話を聞いていたあとで、セドリックは微笑みながら答える。


「なるほど、それはじつに興味深い。うまくいけば、たしかに主要な産業になるでしょうね」


 それは彼の頭の中にもあった構想だった。


 彼にとって、コッド子爵は花嫁であるフィリスの父親という立場を抜きにしても、人間的にも好ましいと思える人物だった。


 子爵の誠実で正直すぎるところは、貴族として立ち回るには欠点となるが、揚げ足取りが当たり前の貴族社会にあって、この紳士なら大丈夫だという信頼をいだかせてくれる不思議な魅力がある。


 だからこそ、コッド子爵家が傾いているのを黙って見ている気は、セドリックにはさらさらなかった。


 侍従のケビンに子爵領の現状を調べさせ、固有種である蚕を育てている養蚕業に目をつけ、さらに数か月前にフィリスから彼女の母親が編んだというシルクのレース編みを見せられたとき、これだ、と思ったのだ。


 しかし、コッド子爵に支援を申し出たとしても、丁重に辞退するのは目に見えていた。


 ただでさえ片田舎の子爵家の娘であるフィリスが、レザーク王国の中でも王家の次に権力を持つスペディング公爵家に嫁ぐのだ。


 口さがない連中が、フィリスがセドリックを巧みに誘惑しただの、子爵が公爵家の弱みを握って無理やり娘を嫁に出したのなんだの、いろいろと噂しているのは知っている。


 もちろんセドリックとしては、そんな下衆な連中には圧をかけて早急に黙らせたが、悪い噂のある中で子爵がセドリックの手をすんなり取るとは到底思えなかった。


 だからこそ慎重に様子見していたのだが……。


(こんな大物を釣り上げてくるとは、つくづく人の縁に恵まれている方だな)


 セドリックは密かに感嘆する。


 目の前に立つ、アミルと名乗った青年をさりげなく観察する。


 人のよさそうな笑みを浮かべているが、利がなければ動かない人物のはずだ。


 当然、コッド子爵領が投資するに値すると踏んだうえだろうが、単純に金儲けのためだけに動くとも思えない。やはり最終的には、子爵の人柄に引かれて支援を申し出たであろうことは容易に想像できた。


 セドリックが頭の中で考えていることなど知りもしない子爵は、傾く一方だった領地にもたらされた明るい兆しに、よろこびと安堵を隠しきれない様子だ。


「ええ、そうなんです。なんとか軌道にのせられれば、と思っているところでして」


「そういうわけで、コッド子爵とはこれからも長いお付き合いになりそうです。そちらのフィリス嬢ともね。ああ、もちろん、夫になったあなたともでしょうが。ご結婚されると聞いて、ぜひお祝いにと思い、子爵に頼んで連れてきていただいたのです」


 アミルがセドリックに目を向けて言う。


 その言葉を受けて、セドリックはあくまで愛想よく微笑む姿勢を崩さない。


「そうでしたか。今日はお会いできて光栄でした、アミル卿。このあともぜひ宴を楽しんでいってください」


「ええ、ありがとうございます、スペディング公子」


 そのときちょうど、ケビンが飲み物を持って控えの間に入ってきた。


「ああ、ケビン、ちょうどいいところに来た。こちらはセルム皇国から来られて我が国に滞在されている、アミル卿だ。私たちの結婚のお祝いに来てくださったんだが、父上もきっとごあいさつをしたいだろうから、アミル卿をコッド子爵と一緒に父上のもとへご案内してくれないか」


「かしこまりました」


 セドリックの言葉に、ケビンは(うやうや)しく頭を下げて扉を開け、アミルと子爵を促す。


 アミルと子爵が廊下に出たあとで、セドリックは戸口に立つケビンに素早く近づくと、そっと耳打ちする。


「──セルム皇国の第六皇子だ。父上に伝えてくれ」


 ケビンは表情を変えずにひとつ頷くと、その場を離れて行った。


 セルム皇国において、〝シヴ〟はダーヴァ語で、〝神の子〟を意味する。そのため、その言葉は王族のミドルネーム以外に使うことは許されていない。それに、そもそも慣例では人前で軽々しく口にするミドルネームではないと聞いていたのだが、子爵はよほど気に入られたのだろう。



 思わぬ来訪者が去ったあとで、セドリックはふうと感嘆の息を漏らした。


「きみの義父上には、本当に驚かされるな」


「そうですね。セルム皇国なんて、とても遠いところの方がご支援くださるなんて。本当にありがたいことです」


 セドリックの言葉をフィリスは別の意味に捉えたらしく、相手に感謝するような言葉を返す。


 セドリックは微笑むとさっと手を伸ばす。彼女の手を取ると、その手の甲に少しばかり強く自身の唇を押し当てる。


 さきほどのアミルは、あきらかにフィリスに興味を抱いている目をしていた。


 もし自分とフィリスの出会いが少しでも遅ければ、フィリスがあの男に言い寄られていたかもしれないと想像するだけでも腹立たしい。


 しかし目の前のフィリスが頬を真っ赤に染めていたので、セドリックはうれしそうに目を細めて、すぐに機嫌を直す。


 思わず、そのまま押し倒したい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。この日まで堪えたのだ、あと少しくらい我慢できずにどうする。


「──そろそろ広間に戻ろうか」


 セドリックは紳士らしく、やさしくフィリスをエスコートしながら控えの間をあとにする。


 隣を歩くフィリスに目を向け、セドリックは慈しむようにふっと微笑み、彼女の隣に自分がいる幸福を噛み締めたのだった。





本編完結後のすぐ、挙式後のエピソードです。


こちらの番外編は、完結後かなり時間が経っての投稿です。

実は年末年始に色々整理していたら未投稿だった番外編があることに気づき(ˊᵕˋ:)、「今さら番外編を投稿するのも…」と思ったのですが、せっかくなので勢いで投稿してみました!


覗いてくださった方、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)

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― 新着の感想 ―
久しぶりに、この作品の番外編を読めて嬉しいです。 続くんでしょうか?ワクワク
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