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【番外編SS】公爵家の名もなきフットマンの褒賞

 レザーク王国の中で、王室に次ぐ権力を有する由緒正しきスペディング公爵家。

 私はその公爵家に仕える、一介の男性使用人(フットマン)

 勤めはじめて五年目、新人の指導もおこなう中堅どころになる。


 スペディング公爵家は、高待遇の上、仕えるご主人さま方は、私たち使用人に対してとてもやさしく接してくださるため、働きたい職場として常に最上位を独占している。

 この公爵家で働けることは、使用人にとって大変な名誉でもあるのだ。


 公爵家にはひとり息子である、セドリックさまがいらっしゃる。


 いずれ公爵家を継がれるお立場で、容姿端麗、きめ細やかな気遣いをされる方だ。男女問わず、セドリックさまを慕う方は大勢いらっしゃるが、中でもご令嬢から好意を寄せられることが多い。


 セドリックさまは、とくにご令嬢に対しては、身分や見た目にとらわれず、ひとりの"ご令嬢(レディー)"として、分け隔てなく紳士的にやさしく接していらっしゃるので、そういったところも好意を抱かれる所以(ゆえん)だろう。


 いまだかつてセドリックさまが、誰かひとりを特別扱いするところは見たことはないのだが、ご令嬢の中には自分だけが特別だと勘違いする方もいるらしい。


 舞踏会にセドリックさまが出席されようものなら、高位貴族のご令嬢方は、セドリックさまの目に留まろうと常に激しい争いを水面下で繰り広げているというのは、貴族の家門に仕える使用人たちの間でもよく知られていることだ。

 そもそもセドリックさまからご令嬢にダンスを申し込むこと自体が少ないらしい。

 なぜなら、出席した舞踏会の主催者である女主人から何人ものご令嬢を紹介されるため、その方々と踊るだけでその夜が終わってしまうからだ。


 スペディング公爵家で開かれる舞踏会の場合は、主催者としてセドリックさまも招待客をもてなす必要があるので、通常の舞踏会よりも数多くダンスをこなされる。

 この機会を逃さまいと、(しと)やかなはずのご令嬢方が激しい火花を散らしながら、セドリックさまとあいさつを交わす機会を我先にと狙っている光景は、我々使用人の中でももはや見慣れたものになっている。


 また公爵家には、メイド頭をはじめとして、侍女や部屋メイド(チェンバーメイド)給仕メイド(パーラーメイド)

厨房メイド(キッチンメイド)などの女性使用人が数多くいるが、使用人の中にもセドリックさまへ憧れを抱いてしまうことがあるため、新しく若い女性使用人を雇用する場合は、厳正な審査をおこなうのはもちろん、働きはじめる前には必ず、メイド頭が「けっして勘違いしないように」と釘を刺すほどだ。




 そんなある日、突然、セドリックさまは、とあるお客さまを連れ帰って来られた。


 王都から離れた地方に領地をお持ちのコッド子爵と、その娘である、若いご令嬢。


 ご令嬢の名前はフィリスさまと言うらしいが、当然ながら、我々使用人が軽々しくお客さまのお名前を口になどできないため、コッド子爵令嬢とお呼びすることになる。


 コッド子爵とコッド子爵令嬢は、公爵家にしばらくご滞在されるとのことで、急遽、お部屋を用意することになったのだが、セドリックさまはめずらしくお部屋に対して注文をつけられた。


 子爵令嬢には、お客さまをお迎えするときによく使用される華やかな装飾がある大きな部屋ではなく、上品ながらも淡いクリーム色の壁紙がやさしい雰囲気をかもし出している比較的小さめの部屋をメイド頭に指示された。


 さらにセドリックさまは、その部屋に部屋メイドを付け、子爵令嬢が快適に過ごせるよう心を配るようにと念を押すほどだった。


 普段、公爵家にご滞在されるお客さまの中では、子爵家となると家格差があるようにも思われたが、よほど大事なお客さまなのだろうと我々使用人一同は気を引きしめた。



 そして子爵令嬢がご滞在されるようになってから、セドリックさまは別人かと思うほど、とろけるような甘い笑みを見せるようになった。


 元々人当たりのよい笑みをいつも浮かべていらっしゃる方だが、それは表向きの笑みだったのだと、いまならわかる。


 子爵令嬢の姿が見えると、こちらまで顔が熱くなるような甘い微笑みを浮かべ、すぐに歩み寄って手をとり、エスコートし、令嬢の姿が見えないと、「彼女はどこにいる?」とあちこちに声をかけるのだ。


 さらに気づけば、これまで特定の女性を名前で呼ぶことはなかったのに、「フィリス」と親しげに呼ぶようになり、立ち入られることをあまり好まれない自身の執務室に子爵令嬢を招き入れ、毎日お茶を淹れてもらうまでになっていたのだ。


 我々使用人の間では、ついにセドリックさまが恋に落ちたのだという噂でもちきりだった。


 これまでのセドリックさまは、なかなかお相手をお決めにならず、ご両親である旦那さまと奥さまは、半ば結婚を諦めているというお話だった。


 セドリックさまと同世代の私は、将来、もしセドリックさまのお心を射止めるご令嬢が現れるなら、どのような方なのだろうかと大いに興味を抱き、高貴な身分は当然ながら、きっと絶世の美女で、知性的で淑女の鏡のような方であろうと、正直なところ思っていた。


 しかし予想に反して、セドリックさまが心を傾けていらっしゃる様子のコッド子爵令嬢は、どれも異なっていた。


 貴族ではあるものの公爵家とは家格差がある子爵家で、見た目は美女というより、灰緑色(かいりょくいろ)の大きめの瞳が愛らしいご令嬢だ。

 我々使用人に対しても丁寧に接してくださる態度は非常に好感がもて、どこかこちらの気持ちを穏やかにしてくれる不思議な魅力のある方だった。

 時間が経つにつれ、セドリックさまにお似合いになるのはこういう女性だったのだと、実物を目にしてはじめて納得するほどだった。


 またお父上であるコッド子爵は、貴族にしては非常に物腰が柔らかく、どんな些細(ささい)なことでもいつもお礼の言葉をかけてくださるのだ。


 そのため使用人たちの間では、ふたりのお客さまを大いに歓迎して、中には率先してご用聞きに行く者もいるほどだった。


 とくにセドリックさまは、子爵令嬢の身辺には気を配っているご様子で、令嬢の邪魔にならない程度に部屋メイドだけでなく、侍女もそばにつかせた。


 そして我々男性使用人も、令嬢のお部屋があるそばを定期的に見回るようにと指示し、その際、見張られているという不快感を令嬢に抱かせてしまわないよう細心の注意を払って行動するように、と言い付かっていた。


 とはいえ、男性使用人は極力、子爵令嬢のそばに近寄らせたくはないようで、『部屋につながる廊下の手前まで』と指定されるほどだった。それを聞いたときは、セドリックさまもひとりの男性なのだなと微笑ましく思ったのは私だけではない。



 そしてその日、いつものように、私はコッド子爵令嬢のお部屋がある付近の廊下を見回りがてら歩いていた。


 すると突然、子爵令嬢が滞在されている部屋の扉が勢いよく開いた。


 私は驚きながらも、しごく平静を装い、偶然通りかかったそぶりをして、そのまま通り過ぎようとした。


 ところが、子爵令嬢から、

「あの、父は、コッド子爵は戻ってきましたか──⁉︎」

 と声をかけられる。


 私は振り返り、笑みを浮かべて、

「いいえ、今朝お出かけになられてから、まだお戻りではありません」

 と丁寧に答える。


 すると令嬢の顔がとたんに青ざめる。

「そうですか……」

 そう言って、おぼつかない足取りで廊下を引き返していく。


 心配になった私は、

「コッド子爵令嬢? 大丈夫ですか?」

 と背後から声をかけるが、令嬢は聞こえなかったようにふらふらと部屋に戻ると、急いで扉を閉じられた。


 どうしたものかと考え込んでいると、再び部屋の扉が開かれたので、私は慌てて廊下の向こう側に隠れた。


 すると、子爵令嬢は、どこか落ち着かない様子で駆け足で出て行かれた。


 追いかけるかべきか迷っていると、わずかに焦げくさいにおいがした。


 暖炉を使ったのだろうか、と思いながらも、あの慌てた様子では火がきちんと消えていないのではないかと、と別の心配が頭をよぎる。


 そのとき、ちょうど通りかかった部屋メイドを呼び止め、部屋の中を確認させると、

「ちょっと、来てください──!」

 部屋メイドの叫ぶ声がした。


 私は慌てて部屋の中に入る。


 メイドが手にしていたのは、大部分が燃えてしまった焦げた紙だった。


 どうやら手紙のようで、かろうじて残っている手紙の端には、やけに歪んだ字で、

『父親の命が惜』

『ダウンストリー』

『読み終わっ』

 と書かれていた。火の粉が散ったのか、断片的な情報だった。


 私はすぐさま、

「これをセドリックさまにお届けして!」

 と言って、燃え残った手紙を部屋メイドに託すと、急いで部屋を出る。


 廊下を走り、外に面する窓を開けて、身を乗り出す。

 目を凝らすと、すでに子爵令嬢は庭を通り過ぎ、門扉から通りへ出ていくところだった。


 私は、真下の庭を歩いている若い男性使用人を見つけると、

「おい! 一緒に来てくれ! 早く!」

 そう言って階下へと駆け下りる。


 若い男性使用人を引き連れ、厩舎に向かい、御者に小型の馬車を手早く準備させて、大急ぎで子爵令嬢のあとを追ったが、令嬢の姿は見当たらなかった。


 いやな予感がした。


「ひとまずダウンストリートへ! 急いでくれ!」

 私は叫んだ。


 訳のわかっていない御者と若い使用人を急かし、先ほどの焦げた手紙から読み解けた場所へと大至急向かう。


 ダウンストリートに着くと、方々に伸びる通りをくまなく馬車を走らせる。


 もう見つからないかと諦めかけたとき、通りの向こう側で、子爵令嬢が薄汚れた辻馬車に乗り込むところを発見する。


「あの馬車を追ってくれ!」

 そう言って、先行く馬車を追いかけさせたが、相手は追跡に気づいたのか、幾つもの角を何度も曲がり、同じ道を行ったり来たりを繰り返したのち、突然急発進したかと思えば、あっという間に見失ってしまった。


 その後、ダウンストリートに到着したセドリックさまと公爵家の騎士らと合流した私は、事の次第と怪しげな馬車を見失った方向を説明した。


「……すみません」

 私は苦しげに顔を歪め、頭を下げた。


 セドリックさまは、険しい表情ながらも、

「いや、すぐに追いかけてくれてよかった。あとは任せてくれ」

 そう言って、私の肩を叩いてくださった。




 その後、夜遅くに子爵令嬢が無事戻られたと聞いた私は、深い安堵の息を漏らした。


 あとで聞いたところ、何者かに呼び出され、危うくどこかに攫われる寸前だったとのことだった。


 あのとき即座に行動してよかった、子爵令嬢が無事で本当によかったと、私は心の底から思った。


 そしてその数日後、子爵令嬢が将来の公爵夫人になられると聞かされた公爵邸は、よろこびの声に沸いた。


 さらに私は、セドリックさまから、男性使用人の中でも優れた者に贈られる、スペディング公爵家の紋章が刻まれた金色のエンブレムを褒賞としていただいたのだった。



あの日の事件の裏側エピソードです。

名もなきフットマンが活躍したおかげで、フィリスは無事でした……!


【補足】

単語のふりがな(ルビ)が連続する箇所で、一部改行に乱れが生じているかもしれません(特にスマホ表示)。ご不便おかけいたします……!

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