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02 稀代の悪女と聖女と子爵令嬢1

 六百年前、前々世のフィリスは、レザーク王国の第一王女だった。


 母親は爵位の低い家門で側妃におさまったこともあり、王城内でのフィリスの待遇はあまりよいとは言えなかった。


 母のほかにフィリスが心を許せたのは、そばで支えてくれる侍女のマリナだけだった。


 フィリスには、二歳年下で異母妹(いもうと)のミーシェジェニカがいた。


 ミーシェジェニカは、正妃から生まれた第二王女で、金髪碧眼のとても美しい容姿の少女だった。


 天使のような彼女が微笑めば、周りはなんでも与えてやった。


 しかし貪欲なミーシェジェニカは、第一王女である異母姉(あね)のフィリスをいつも目の敵にした。


 ある日、レザーク王国は、友好国にあたる遠方からの皇国の使節団一行を出迎えた。


 宴会が催される夜、フィリスはめずらしく父である国王に呼び出され、その使節団の代表者とあいさつを交わすことになる。


 その場には当然、第二王女のミーシェジェニカもいた。


 国王からあいさつを促され、フィリスは一歩を踏み出そうとしたが、それをさえぎるように、ミーシェジェニカが前に出る。


 本来であれば、母親の地位に関係なく、年齢が上で第一王女であるフィリスがまず最初にあいさつをすべきだ。


 しかしミーシェジェニカは一切の迷いもなく、誰もがため息を漏らすような優雅な淑女の礼(カーテシー)を披露したあとで、使節団の国の習慣に則って右手を差し出し、異国の代表者と握手を交わす。


 フィリスは心の中でため息を漏らしたものの表に出すことなく、ミーシェジェニカに続き、淑女の礼をする。


 代表者が右手を差し出したと同時に、フィリスもさっと自身のか細い右手を伸ばしたところで、ふと手を止める。


 相手の右手の親指には指輪がはまっており、その指輪の台座に付いた宝石には何かの模様が刻まれていた。


 フィリスはとっさに、自身の右手をさっと引っ込め、代わりに左手を差し出す。


 相手は驚いたように目を見開く。

 しかしややあってから、柔らかく微笑むと、フィリスと同様に左手を差し出し、まだ少女のフィリスの手をしっかりと握った。

 代表者は国王に向き直ると、フィリスの聡明さを褒めたたえた。


 彼は皇国の中でも少数民族の生まれで、その民族の宗教観では、右手を神聖なものと捉え、握手を交わすときは左手を差し出す教えがあると説明した。

 そして、我が皇国の中でも、それを知っている者は一握りだ、と付け加えた。


 フィリスはほっと息をつく。

 その宗教のことを知っていたのは、フィリスにやさしく接してくれる数少ない庭師の老人がその国の出身で、代表者の指輪に刻まれていたものと同じ模様が描かれた刺青(タトゥー)を右手親指にしていたからだ。

 本来なら、左手で握手を交わすことも、その庭師が教えてくれた。


 その後、国王はフィリスの功績をたたえ、美しいブローチを下賜(かし)した。


 それは生まれてはじめて、父親である国王からの贈り物だった。


 フィリスは涙を浮かべてよろこんだ。


 しかし、フィリスを目の敵にしているミーシェジェニカは、国王や他国の使節団の前で恥をかかされたこと、フィリスが国王からブローチを下賜されたことにひどく腹を立てた。


 その日の夜、ミーシェジェニカはフィリスの部屋を訪れ、ブローチを奪い取ると、力いっぱい踏みつけた。


「あら、ごめんなさい。でも陛下からまたいただけばいいんじゃない?」

 そう言って、あざけるような瞳をフィリスに向ける。


 無惨にも壊されたブローチを握りしめ、フィリスはただ堪えるしかなかった。


 ミーシェジェニカの仕打ちは、年を追うごとにひどくなる。


 しかしフィリスは、凍てつく冬が通り過ぎるのを待つ小動物のように、ただひたすら耐え忍んだ。




 数年後、フィリスが十八歳になった頃、ある事件が起こった。


 フィリスの母である側妃と、ミーシェジェニカの母である正妃が、同じ日に毒殺されたのだ。


 王城内は騒然となった。すぐに犯人探しがおこなわれた。


 そして、なぜかフィリスの部屋から、毒の入った小瓶が見つかる。


 またたく間にフィリスは、実母と正妃殺しの犯人として捕えられ、牢屋に入れられた。


 無実をいくら訴えても、聞く耳をもってもらえなかった。


 侍女のマリナはフィリスの無実を信じ、牢屋を訪れては励まし続けてくれたが、ある日を境にぱったりと姿を見せなくなった。

 フィリスは最悪の事態を想像したが、手足がつながれた牢屋の中からでは、マリナの無事を神に祈ることしかできなかった。


 一ヶ月後、フィリスはやってもいない殺人罪で処刑を言い渡される。


 処刑執行が明日に迫った夜、フィリスの牢屋を訪れたのはミーシェジェニカだった。


「──ミーシェ! なぜ、お母さまを殺したの‼︎」

 フィリスは生まれてはじめて、怒りをあらわにして、大声で叫んだ。


「邪魔だったんですもの」

 ミーシェジェニカは、美しくも鋭く尖ったナイフのような微笑みを浮かべ、言い放つ。

「お姉さまのお義母さまは目障りだし。わたくしのお母さまは、わたくしが男児に生まれなかったからと言って、幼い頃からずっとわたくしに当たってばかり。もういい加減うんざりしていたの。でもね、そんな女でも母親でしょう? 最初は殺す気はなかったのよ。だけど赤子を身籠ったと聞いたから、考えを変えたの。もし生まれてくる赤子が男児なら、もっと面倒だもの。だから死んでいただいたのよ」


 まるで物語を聞かせるように語るミーシェジェニカに、フィリスは背筋を凍らせる。

 しかし怒りがそれを上回る。


「でもそんなことをしても、陛下は新たに王妃を(めと)るはずよ! 側妃だって、わたしのお母さまだけではないもの!」


 フィリスが反論すると、ミーシェジェニカは妖艶にくすりと笑う。


「ええ、そうね。でも、これからは、そのたびに死んでいただけばいいのよ。きっとばれやしないわ。だって、お姉さまの亡霊のしわざだと言えばいいんですもの。ね、うれしいでしょう、お姉さま? 死してなお、みんながお姉さまのことを覚えていてくれるのよ、ふふふ」


 フィリスはわなわなと震えた。

 つながれた鎖が食い込むのも忘れるほど、体はミーシェジェニカに襲いかかろうとしていた。


(狂ってるわ! ミーシェは狂ってる‼︎ こんな子にお母さまは殺されたというの……!)


「これでやっとお別れね、さようなら、お姉さま」


 ミーシェジェニカはくるりと豪華なドレスをひるがえすと、牢屋から出ていった。


 その後ろ姿になんで殺したの、お母さまを返せ、わたしが何をしたというの、とフィリスは何度も何度も叫んだ。

 しかしその声は、暗闇の中に消えていくだけだった。


 やがてフィリスは力なくその場にへたり込んだ。

 涙がとめどなくあふれた。


(ああ、わたし、明日で死ぬのね……)


 実感はまったく湧かなかった。

 唯一愛してくれた母は死に、そばにいてくれたやさしい侍女は行方知れず……。


(わたしが死んだとしても、誰ひとり悲しんでくれる人はいないのね……)


 無性に悔しかった。同時に、人恋しかった。


 そのとき、ふとひとりの人物の姿が思い浮かんだ。


 年上で名前も知らない、王城の一介の騎士。

 時折、裏庭で会って少しばかり話をするくらいの関係。


 やせ細っているフィリスを心配して、お菓子をくれることもあった。満足に食べられない中、そのお菓子は泣きそうなくらいとてもおいしく、空腹をしのげる以上に心が満たされた。


 フィリスにとって、兄のような存在。


 きっとあの騎士は、フィリスが誰からも(かえり)みられない第一王女だとは知らないはずだ。

 知っていたなら、あんなにもやさしく接してくれるはずがない。


(……でも年上のあの人なら、わたしの死を少しは悲しんでくれるかしら)


 フィリスは淡い夢を見て、すぐに冷笑する。


(きっとわたしが罪人である第一王女だと知れば、顔をしかめて裏切られたと吐き捨てるでしょうね……)


 疲れ果てたフィリスは、そのまま冷たい石の床に体を横たわらせた。


 もういい、明日になれば、すべて何もかも終わるのだから──。




 翌朝、フィリスは処刑の日を迎えた。


 民衆が狂ったように叫んでいる石畳の通りを裸足で歩かされ、見せ物のように処刑台へと引きずられる。


 どこからか小石が投げ入れられ、フィリスの額から血が流れる。

 しかし両手は背中の後ろで縛られているため、ぬぐうこともできない。


 自分の命の残りを数えるように、フィリスは処刑台の階段をのぼる。


 髪の毛を切り落とされ、柱の間に乱暴にうつ伏せに押し込まれ、首を固定される。


 吊るした刃をつないでいる縄が、斧によって断ち切られる。


 そして────。


 その日、フィリスはレザーク王国の稀代の悪女として処刑された。



ちょっと重苦しい回です……。次も不遇の過去エピソードが続きます。


連載開始したばかりですが、ご覧いただきありがとうございます!

引き続き楽しんでいただけるよう更新がんばりますので、よろしくお願いいたします(*´▽`*)

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