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15_奇跡の再会(1)

(同情だと──? そんなわけあるはずがない──!)


 セドリックは我を忘れて、フィリスの肩を強くつかむ。そして、


「──私も、過去の記憶があるんだ!」


 苦しげに叫んだ。


 セドリックには、フィリスやミーシェと同じように、前々世と前世の記憶があった──。




          ***


 はじめてその少女を見たとき、ひどく胸が痛んだのを覚えている。


 もう六百年も前のことだ。


 そのときのセドリックは、王城に務める一介の騎士だった。


 ある日、巡回で割り当てられた裏庭を見回っているとき、ひとりの少女を目にする。


 王城の裏庭にいるということは、それなりの身分をもつ子どもであることはわかったが、少女の身なりはお世辞にも貴族というにも難しいほどみすぼらしかった。


 王城には、現在、少女と呼べる年齢のふたりの王女がいる。


 側妃から生まれた第一王女と、正妃から生まれた二歳違いの第二王女。


 第二王女は、誰もが美しい少女だと褒めたたえているのを知っていた。一方で、第一王女は母親の身分が低いことから、あまり優遇されていないという噂も耳にしていた。


 ならば、目の前の少女は、おそらく第一王女だろうと、セドリックはあたりをつける。


 王女とは到底言えない、その幼い少女の不憫な姿に胸は痛んだが、一介の騎士にすぎない自分が同情しても仕方ない。


 セドリックはゆっくりときびすを返して、立ち去ろうとした。


 しかしその瞬間、セドリックの視界の端で、第一王女が突然、地面に倒れ込んだ。


 その直後、王女の後ろから、あきらかに高価なドレスに身を包んだ一際華やかな少女が姿を現した。


 第二王女だ、とセドリックは直感する。


 第二王女は何かを金切り声で叫んでいる。

 そして、倒れ込んでいる第一王女に向かって、大きく手を振り下ろし、平手打ちをした。

 再び何かを叫んだあと、憤りながら、その場を離れていった。


 第一王女は、ぶたれた頬に手を当て、よろめきながらゆっくりと立ち上がる。


 幼い子どもなら声をあげて泣き叫ぶだろうに、第一王女は泣き叫ぶどころか、声すらもあげない。


(あんなに幼い少女なのに……)



 その日以来、セドリックは第一王女のことが、どうしても頭から離れなくなった。


 それから、裏庭を巡回する持ち回りが数ヶ月に一度回ってくるたび、第一王女を見かけると、なんとなく声をかけるようになった。


 最初はあいさつをしただけで、びくつき警戒していた王女だったが、何度か顔を合わせたり、お菓子をあげたりするうちに少しずつ心を開いてくれるようになる。


 第一王女が垣間見せる笑顔に、セドリックの胸はじんわりとあたためられる。その一方で、申し訳ない気持ちを抱く。


 自分にはこれくらいしかしてやれない。


 本当なら、第二王女の暴挙を止めてやるのが一番だ。でも一介の騎士にそんな権力などない。ただ首が飛ぶだけだ。


 聡い第一王女は、誰にも第二王女を止められないことはわかっているのだろう。


 大人であるセドリックに対して助けを求めることはなく、それどころか、自身の身分も明かさず、セドリックの名前すらも尋ねはしなかった。


 万が一に備えて、セドリックに被害が及ばないようにと考え、他人同士の線引きを頑なに守っているということは、少女の態度からもよくわかった。



 そして、セドリックが第一王女と時々会話を交わすようになって数年が経過したとき、事件は起こった。


 王城内で、第一王女の母である側妃と、第二王女の母である正妃がふたりそろって毒殺されたのだ。


 その犯人として捕えられたのは、第一王女だった。


 セドリックは、何かの間違いだと思った。

 あの心やさしい少女が殺人など犯すはずがない。


 セドリックはそのときになってはじめて、それまで傍観していたことを後悔し、第一王女を救うべく、行動に移した。


 なんとか伝手を頼り、高位貴族の中でも頂点に立つスペディング公爵家の当主と話をする機会をもち、現状を訴えた。


 事件については、公爵も疑念を抱いていたらしく、すぐに真相解明に乗り出してくれた。


 命を狙われていた第一王女の侍女をすんでのところで保護し、ほかにも証言できる者を集め、罪が捏造(ねつぞう)だとあきらかにしようとした。


 しかしまたたく間に、第一王女の罪は確定され、処刑の日を迎えてしまう。


 その頃には、度重なる重税の原因は、第一王女の浪費のせいだという噂まで広がっていた。


 民の怒りの矛先は、なんの罪もないひとりの少女へと向けられた。


 セドリックは、最期の瞬間まで、第一王女の無実を証明しようと奔走したが、ついには叶わなかった。


 間に合わなかった処刑場の片隅で、セドリックは激しく己を責めた。


(どうしてもっと早くなんとかしてやらなかったんだ──! それだけの時間は十分にあった──! あの少女がこんな惨めな死に方をしなければいけない理由などどこにもないのに──!)


 そしてその第一王女の死をきっかけに、民の怒りは、王族への批判となり、ついには大暴動へと発展する。


 さらにその隙をついて、敵国のガルド帝国が攻め入ってきて、王国は混乱を極めた。


 それはまるで、無実の少女を無惨にも死に追いやった国に対する、神の怒りのようだった。


 それでもかろうじて、スペディング公爵家をはじめとする貴族諸侯らや王国の騎士らの尽力によって、ガルド帝国を退けることができ、王国は存続したのだった。


 その後、セドリックは、第一王女の安らかな眠りだけを祈り続け、自らの生涯を終えた──。



前々世の次は、前世を語ります……!

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