後
あと、5人。あと、4人。
次第に近づく視線に、体を固くする。
ついに自分の番が来て、モリーナは息を止めた。
ほんの一瞬。
目を閉じて開く、またたきする程度の時間。
モリーナは、王子と相まみえた。王の緑の光彩が光を纏い、モリーナを映した。
だが、それもすぐ隣の者に移され、王の視線は遠くへ離れていった。
無駄に跳ねていた心臓がおさまっていく。代わりに残ったのは、胸を締め付ける何か。
自分のことをわかるはずがないとわかっていたのに、何かを期待していた己に気づき、モリーナは下を向いて苦笑した。己の愚かさを笑った。
王は村人全員を確認すると、側近の騎士を呼んだ。そのまま騎士に何事かを囁く。すると、王の代わりにその騎士が、村人の前に進み出た。
「村長以外は全員、去れ。通常の生活に戻るといい。」
騎士の声に、村人達は周囲を見回し目を合わせると、王に頭を下げてめいめいがその場を去った。モリーナも、後ろ髪を引かれる思いで、祖母に腕を引かれて家に帰った。
「水を汲んでくる。」
祖母の返事も待たず、モリーナは、木桶を持って家を出た。何だかじっとしていられなかったからだ。
外に出ると、騎士達の何人かは、村長の家を警備するように囲み、それ以外の者達は馬の手入れや、腰に携えていた剣を手入れするなど、めいめいに過ごしていた。
逆に、村人は騎士たちに恐れをなしたのか、畑仕事の途中だった者も、誰1人外へ出ず家にこもっているようだった。
モリーナは、騎士の視線を感じながらも、その横を通り抜け、村外れの川に足を伸ばした。
川には船着き場があり、その傍で水が汲める。
モリーナが腰を屈め、木桶を水につけると、手がすべった。木桶の持ち手を何とか掴み、落ちそうになったそれを引っ張りあげようと、後ろに重心を下げた。
「危ないぞ、モリーナ。」
ついさっき、聞いた声が背後で聞こえ、バシャッという音と共に水が跳ねた。
木桶が川を流れ、遠くにいってしまう。
振り向けば、王がすぐ傍に立っていた。
いけない!
慌ててモリーナが跪いて頭をたれると、その頭上から声がした。
「顔をあげよ、モリーナ。占術のできる聖女に、そなたのことを占わせた。遠い山村にてそなたが生まれ変わると言われ、待っていた。」
「ひ……人違いです。名前こそ、モリーナと申しますが、陛下の探している者とは違いましょう。」
「いや、そなたは元聖女のモリーナだ。モリーナ以外、身分が上の者の出迎え方を、平伏以外知らんようだからな。」
その時、聖女時代の癖で、跪いていることに気づき、慌てて平伏しようとした。だが、遅かった。
脇に手を添えられ、ぐっと抱えられた。小さな子どもを抱くように、臀部の下に腕を添えられ、もう片方の腕は背中に添えられる。
モリーナは、抱きかかえられ、王を見下ろす状態になり、慌てた。
「へ、陛下!」
モリーナは王に止めるよう声をあげたが、王はモリーナを降ろそうとはしなかった。
代わりに続けた。
「あの場では目立ちたくなかろうと、話しかけるのをやめてやっただけ感謝しろ。そなたに、祈りの塔からよりも、モリーナの丘からの景色よりも素晴らしい景色を見せてやろう。」
モリーナはもはや否定するのを諦め、 代わりに笑って答えた。
「村から見える朝日や夕日は、何よりも美しいですよ。」
王はその後、王宮に、どこからか年若い侍女を連れてきた。その娘が、妻となったかは、また別のお話。
また希望があれば、短編として続きをかけたらと思います。
詠んでいただき、ありがとうございました。
ちなみに木桶は、後に騎士が回収しました。
王子目線のお話を書き始めました。併せて読んでくださるとありがたいです。
→残された王子は、聖女を請う
モリーナ編の続編を開始しました
→生まれ変わった聖女は、聖女の救済を模索する