7話
「こっちこっち」
「おい、リリアナ、一体どこへ行く?買い物と言っていたが、こっちは」
「わーってるって。単に買い物の前に先立つものがねえとな、ってことだよ」
リリアナがウキウキと歩いていく方向は、イスメリアの中心近く、それでいて商店の類から離れた方である。
そこはオーガスにとって、大いに見覚えのある地区だ。何故なら……貴族の、居住区であるので。
「貴様が妙な格好をしているから、何かあるとは思っていたが……」
「ん?妙な格好だって?一応これが正しい格好だぜ」
「貴様にとってはそうではないだろうが」
「ご尤もだね」
リリアナはいつものように、聖衣の裾を端折り上げることもなく、袖も上げず、無骨な手袋も外し……そして、歩き方もまた、しずしずと優雅なものになっている。
話している言葉さえ聞こえなかったなら、至極真っ当な神官、そして聖女に見えるだろう。
少し首を傾げ、微笑みを浮かべるリリアナは、中々に様になっている。オーガスはそれを見てため息を吐いたが。
「……貴様がこれから何をしようとしているかは概ね見当が付いているが」
「おーっ、そいつは話が早くていいね!」
「何故、私を連れてきた?私が知り合いに見つかったら何かと面倒なことになるぞ」
リリアナはきょとん、とし、それからにこり、と笑った。
「いいえ、違いますわ、オーガス様」
突然、聖女然とした話し方をするリリアナにオーガスが慄く中、リリアナはにこにこと微笑みながら続けた。
「スティーリアでお会いしてから、私はあなたに同行させていただいていました。当然、アイゼニカでのあなたの活躍も、この聖女リリアナが見ています」
オーガスは、はっとしてリリアナを見る。リリアナはそれに1つ頷くと、にやり、と聖女らしからぬ笑みを浮かべた。
「聖女たる私であるならば、あなたの活躍を証言できるでしょう。それに、メイナード様とのいざこざについても、弁護できます。ですから、あなたは私と一緒に居るべきなのです」
オーガスには、いくつか懸念していたことがある。
1つは、アイゼニカでの魔王討伐の功績が認められないことである。
アイゼニカ国王の証書もあり、アイゼニカの勲章もある。だが、アイゼニカはエリオドールと比べれば、ほんの小国に過ぎない。そして、周囲を険しい山に囲まれているという特性上、国交も碌になく……エリオドールからすれば、アイゼニカでの活躍など、黙殺してしまえばそれまでのことなのである。
そしてもう1つは、メイナードのことだった。
スティーリアで盗賊の手引きをしたという濡れ衣を着せられてずいぶんと酷い目に遭わされたが、その時の経緯を捻じ曲げてエメルド家に報告でもされていたなら、厄介である。
……だが、それら2つはリリアナが居ることである程度は解決できる。
リリアナは、聖女だ。神に仕え、人のために働く彼女を、人々は無碍に扱うことなどできない。アマーレンはイスメリアとはまた異なる権力を持つのだから、貴族に対しても十分な発言力を持っていると言える。神の言葉を聞いた、とでも言えば、そうそうは反論もされないだろう。
そう。オーガス1人では黙殺されるであろう訴えであっても、リリアナが共に居たならば、その限りではなくなるのだ。
「……つまり。貴様は。むしろ私が『聖女』と共に居ることを、他の貴族連中に見せつけておけ、と?」
オーガスが確認すると、リリアナはにっこりと笑って頷いた。
「ええ。だから、あなたは私と共に居るべきなのです。それから……」
そして、ますます笑みを深めて、続けるのだ。
「傷病者が居て、信仰に篤く、若しくは信仰に篤いふりをしなければならない……それでいて金払いの良さそうなアホ貴族の家を教えていただきたくて」
それからリリアナとオーガスは、貴族の屋敷を数軒分訪ね、その家の傷病者に癒やしの術を施し、祈りの言葉を捧げ、布施を掻き集めた。
貴族達はオーガスが居ることを少々不思議に思ったり、或いは不満に思ったりもしたようだったが、聖女たるリリアナがにっこりと微笑んで隣に立っていれば、それに表立った不満など言えようがない。
そして、リリアナについてもただ布施をせびるだけではなく、きちんと癒やしの術を施していくのだから、文句や不満など出ようもなかった。
ある老貴族に癒やしの術を施してやった時など、ずっと老貴族を苛んでいた痛みが嘘のように消えた、と、老貴族もその家族も涙を流して喜び、跪いてリリアナに礼を言ったものである。
他にも、幼子が産まれたばかりの家でその子に祝福を授けてやったり、単に神の教えを乞う者には道を説いてやったり、と、リリアナは大いに活躍したのである。
「っしゃ、儲かった儲かった」
そうして夕方に近づく頃、リリアナはそれなりの金額を手にすることができたのだった。
「しっかし、顔が攣りそうだぜ、ったくよぉ……」
そうぶつぶつと文句を言いつつもリリアナは、金貨の詰まった袋片手ににまにまと笑みを滲ませている。
そんなリリアナを見て、オーガスはため息を1つ吐いた。
「お?どうした?さては、真面目に聖女やってるリリアナ様に見惚れたか?」
「馬鹿を言え」
揶揄うようなリリアナに顔を顰めて更にため息を吐きつつ、オーガスは金貨の袋に目を留める。
「……それで、その金で何を買うのだ」
確か、リリアナに連れ出される時には買い物に付き合え、と言われたはずである。だが、今のところリリアナがしている事と言えば、布施をかき集めることだけだ。
「ん?ああ、とりあえずは食いものかな」
そして、リリアナはあっさりとそう答えた。
「……何のために」
「そりゃ、布施集めたんだ、ちゃんとその用途で使ってやらねえとなあ」
そして数十分後には、2人は王都公営の孤児院を訪ねることとなっていた。
「ほーら、沢山あるからな、喧嘩せずに分けて食えよー」
リリアナがけらけら笑いながら子供達に食べ物や菓子を与える中、オーガスは1人、荷運びをさせられていた。
……当然、不服である。
買い物に付き合え、と言われたはずが、買い物以外の方が余程多い。
しかも、貴族としてやるべきことでは無い荷運びまでやらされる始末だ。当然のようにオーガスは不機嫌になる。
だが。
「あの、騎士様」
孤児院で働いている者だろう、年かさの女が1人、へこり、と頭を下げながらオーガスへ近づいてきた。
「このようにお恵み頂いて、感謝いたします。これで子供達もしばらく飢えから逃れることができるでしょう」
柔らかな物腰でそう礼を言ってくる女に対してまで、不機嫌を表すのはオーガスの矜持に反する。オーガスは1つ息を吐くと、少しばかり笑みを浮かべて答えてやることにした。
「何、大したことではない。恵まれた者が恵まれない者に恵むのはごく当たり前の責務だ。それに……」
ちら、と目をやれば、リリアナは子供達の中でさも楽しそうに笑っている。
「……私はあちらの『聖女様』の付添でいるだけだ」
実際、リリアナが居なければ、オーガスがこのように働くことなど無かっただろう。
今までに寄付の類をしてこなかった訳ではない。恵まれた者が恵まれない者に恵むということは貴族としての責務であると、オーガスは自然に考えている。
だが、金銭を送付する程度にしか、関わってこなかった。このように自ら動いて、更には荷運びまでさせられたことなど、当然、無かった。
「……あの、失礼かもしれませんが。このように、恵まれない子供達の為、自ら働いて下さる貴族の方を見るのは、その、初めてで……」
「だろうな」
しどろもどろになる女に、オーガスは自嘲めいた笑みを返す。
だが、女はオーガスの笑みの意味に気付くでもなく、ただ、嬉しそうな笑みを浮かべるだけだった。
「その、本当に、ありがとうございます。あなたの御心、決して、忘れません」
「……これで用事は済んだか」
「おう。ありがとな。助かったわ」
宿へ戻る中、オーガスはリリアナに対して多少、不機嫌にあたっていた。
孤児院の女と話すうちに、怒りが萎んでしまった為に、そのあたりかたはオーガスにしては大分柔らかなものとなっていたが。
「……それで。貴様は、何故突然、このような事を」
「そりゃ、貴族連中と町の連中に私とあんたの顔を売っとこうと思ってさあ。多分、役に立つぜ」
リリアナがそう言うのを聞き、オーガスはいよいよ、ため息を吐く。
……今日の働きが、役に立つようなことにならないことを、祈りつつ。
そうして、翌朝。
「……では、行くか」
「ま、あんまし深く考えなくていいんでない?ただ、お家に帰るだけじゃない。ねっ」
呑気なワイルマンに対して半眼を向けつつ、オーガスは深呼吸をし……エメルド家の門を、潜った。




