6話
「まだくたばってなかったとはなあ」
店員は親し気にそう言って笑う。
「死にたくても死ねないって知ってるだろう」
「まあな。じゃなきゃ、そう何度も『出演』できるかよ。ところで最近、めっきり来なくなってたじゃねえか。待ってたぜ」
店員は親し気にジェットの手を握り……そして、言った。
「ところで、今日は売りに来たってことだったが……『出演』の方を考える気はねえか?」
店員の言う『出演』とは、悪趣味な見世物にされるということである。
単に刃物で切りつけられたり刺されたりするのならまだましな方で、大抵はより『趣向を凝らした』ものになっている。
出演者があっさりと死ねることは滅多にない。一つしか無い大切な命……『商品』は徹底的に嬲られ、踏み躙られ、一欠片も残さず楽しみ尽くされる運命にある。
酷い経験など数え切れない程にしてきたジェットでも、ショーの『出演』の中の数度は、人生におけるあらゆる経験の中で5本の指に入る酷さであった。
……過去にジェットは数度、『出演』しているが、当然、このショーも臓器の売買と同じように、『二度目』はそうそうありえない。
臓器を既に売ってしまっている者や、そういった呪いや病などによって臓器を商品にすることすらできなくなってしまった者、更に或いは罪を犯して処刑されるのを待つばかりとなった者が、演者として選ばれる。
つまり、罪を犯したのでもなければ、『出演』は最後の手段なのだ。命どころか真っ当な死、そして人間としての尊厳すら売り渡して金にするのだから。
だからこそ、このショーの演者は、少ない。臓器を売って金にした方が余程ましなのだ。誰が好き好んで、そんなところへ『出演』するだろうか。
「なあ、頼むよ。金は弾む。あんた以上の演者はいねえんだ!」
店員は縋るようにジェットの手を握って離さない。ジェットは、至極面倒なことになった、と、来店したことを少しばかり後悔した。
「あんたは演技もそこそこできるし」
「大根だけどな」
「とんでもない!前の……ほら、あの娼婦がバックれて逃げやがった時に代役で出てもらった時の。あの魔物数体と『共演』した時なんか、不死ってことを感じさせねえ名演だったぜ」
「……あれは演技じゃなかったんだが」
「それから、健康体だ。ついでに見目も中々いい。こんな演者、滅多に居ない」
「呪いで顔も内臓も爛れてるような奴らと比較されてもな」
「金なら前金を出したっていい!……そうだ。あんたは演技よりも見目よりも、その性格がいい。出ると言った演目をすっぽかしたことは一度もなかった。あんたなら信用できる」
「嬉しくない」
「なあ、頼むよ!」
店員に迫られ、ジェットはため息を吐いた。
万年演者不足のこのショーは、それなりに需要があるらしい。だからこそ、この店では必死になって演者を探しているのだろうが。
……だが、ジェットとしても、あっさりと死ねるならともかく、舞台の上で数時間掛けて酷い目に遭わされるのは避けたいところだった。わざわざ『出演』するくらいなら、心臓を10個ほど売った方が余程楽で、金になる。
「なあ、助けてくれ。出演予定だった奴が突然消えやがったんだよ」
「逃げたのか」
「死んだ。死んじまったらそれ以上殺せねえし、嬲ったところで反応もなくて何も面白くねえ」
「だろうな」
死んだ、ということは、もともと病だったのか、呪いのせいか。はたまた、『出演』を前にして、自ら命を絶ったのかもしれない。自殺ならそれは賢明な判断である。『出演』したなら、死が救いであることを深く知ることとなっただろう。
「もう予定は立っちまってるんだ。チケットも売れてる。なんとかしねえと、俺が舞台に上がることになる!」
「そうすればいいだろ。あんたも一回、経験してみたらどうだ」
「俺は不死身じゃねえんだぞ!?」
「なら、公演中止の口上でも述べればいい」
「それで許されるか!見ろ、今回の客だ!」
店員は、顧客のリストと思しき紙をジェットの眼前に突きつける。そこに連ねられた名は偽名も多いが、いくらか、見覚えのある名もあった。偽名を使わなければならない用事なら、その都度名を変えたほうが合理的ではあるのだが、中には、好んで同じ偽名を使い続ける者も居る。そして、そういった者達の方が、余程悪趣味で粘着質なのだ。更に厄介なことに、そういった手合いほど、権力と金を多く持っている事が多い。
無感動に、しかし律儀にリストを眺め……ジェットは、尋ねた。
「……なあ。この公演、いつだ」
「出る気になったのか!?」
「日時を聞いてるだけだ」
「明日の夜。これが演目の予定だ。前座は魔物にお出まし願っての一幕。今回は珍しいぜ、小悪魔だ。そこそこ可愛い顔してやがるからな、まあまあ楽しんでもらえるだろうよ。その後にちょいと薬の宣伝とヘマした奴の罰則を兼ねた一幕。ま、定番だからな。外さねえだろ。……で、その後のメインがあんたの出番だぜ」
「まだ出るなんて言ってないからな」
続いて差し出された演目予定……悪趣味を煮詰めたような言葉の羅列を眺める。
「で、出るのか?出てくれるよな?な?」
リストから目を上げれば、店員の縋るような目がジェットを見つめている。
ジェットは少し考えて、それからため息混じりに答えた。
「……いつも通り、条件付きだ。金も割り増しで貰うぞ」
「おーい、オーガス。爺さん。起きてる?」
リリアナが隣室の戸を叩くと、間を置いてから掠れた返事が聞こえる。
さらに間を置いて戸が開けば、中から如何にも不機嫌そうなオーガスが顔を出した。
「あ、悪ぃ。寝てた?」
「そう思ったのならもう少し控えめに声を掛けるべきだったな」
オーガスは、寝ていたところをリリアナの声に起こされたのだろう。苛立ちと不機嫌とを隠そうともしないが、リリアナは一向に気にした様子がない。
「そいつは悪かったね。で、そろそろ昼だけど、飯、どうする?ジェットは?」
「ジェットは知らん。武器屋か薬屋か、はたまた臓器屋か。少し前に出ていったきりだ」
「ぞーきや……」
リリアナは瞬間、その単語を理解できずに自身の中で反芻し、ぞーきや、ぞーきや、と呟いた後、ようやく単語の意味を理解した。
「まじかよ」
「冗談を言うとでも思ったのか」
「ひえー……」
リリアナは何とも言えない顔で肩を竦めた。ジェットの行動にあれこれ言うつもりは無いらしい。あれこれ言うべきではない、と思っているのだろう。
「ま、ジェットはいいや。じゃあ爺さんは?」
「寝ている」
オーガスはリリアナを部屋の中へ招き入れると、ワイルマンの様子を見せた。
ワイルマンは窓辺で椅子に座ったまま、眠ってしまったらしい。杖を抱えて陽だまりの中、気持ちよさそうに眠っていた。
「……ところで、シーラは」
「起きてるよ。なんか工作してる。スクロペタムの改良だってさ。決戦に向けて頑張ってるぜ」
「決戦?」
シーラの様子を聞いただけなのに、随分と物騒な単語が飛び出て、オーガスは怪訝な顔をする。
するとリリアナはにっかりと笑って、答えるのだった。
「おう。あんたの里帰りのことさ。シーラもしっかり気張っててね。……もしかしたらスクロペタムが火ィ吹くかもしれねえな!」
高らかに笑いだすリリアナを見て、オーガスは複雑な心地になった。
「……何故、そうなった」
「落ち着かねえんだろ。多分。そんで、自分にできることやっとこう、ってなってるんじゃあないかな。あの子なりに、あんたに何か、したいんだろ」
更に、リリアナが優しい笑みを浮かべてそう言うものだから、より一層、心境は複雑になる。
「……で。私もさっきまで寝こけてたんだけどさ。二度寝ってのも勿体ないし、かといって私にできることってのも、そう多くはない。……ってことでさ」
だが、オーガスが複雑な面持ちで居る中、リリアナは再び笑みをからりと明るいものへ変え、オーガスの手を引く。
「ちょいと、買い物に付き合えよ」




