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覇王遠交

 堺という町は日本有数の商業都市であり、多くの人の欲望を吸い集める欲望の都でもある。

 そんな町でものを言うのは銭なのだが、今の所それに苦労はしていない。

 とはいえ、銭があるという事は寄ってくる者も出る訳で、間者働きで神経を尖らせている状況だからこそ、きちんと身内を固めようという話になった。


「とりあえず釘は刺しておきましたが……」

「間者が誰かまでは分からず……」


 大鶴宗秋と一万田鑑実の言葉には力が無い。

 明智十兵衛からもたらされた俺の暗殺依頼の依頼主が分からなかったからだ。

 文でのやり取りな上に、間にこちらの忍者--伊賀か甲賀か分からないが--を入れているらしく足取りが見事なまでにつかめないらしい。

 大鶴宗秋の郎党の話だと、この手の間者を防ぐならば、こちらも間者を用意しなければならないらしい。

 こちらも間者を雇うかと考えていたらそんな伝が無いのに気づいて頭を抱えていた所に、仲屋乾通の大番頭が俺に声をかける。


「御曹司。

 申し訳ございませぬが、相談したい事がありまして」


「ん?何だ?」


 堺における仲屋乾通の取引を一手に差配している大番頭の言葉だから警戒して聞いたのだが、出てきたのはこちらが予想していなかった言葉だった。

 大番頭は困った顔を浮かべたまま、俺にこう言ってきたのである。


「御曹司が府内より持ち込んだ荷についてお話が……」


 大番頭の話をまとめると、俺の荷を強引に買いたいという客が来ているという。

 しかも、他の荷の存在を知って一括で抑えたいと来た。

 俺の荷というのは、現在絶賛生産中の医書の事だろう。


「他の荷とは何だ?

 俺は知らんぞ?」


「一万田様が持ち込んだ硫黄でございます」


 鉄砲を撃つ為には火薬が必要なのだが、その火薬を作る原材料の一つがこの硫黄である。

 この硫黄は豊後では大量に採取できており、銀と並ぶ中世日本最大の輸出品に数えられていたりする。

 鉄砲の流通が始まっており、爆発的に火薬が必要になろうとしていた今、原材料の一つである硫黄は高値で取引されていたのである。


「硫黄だけ買っても仕方ないだろう。

 火薬は硝石と木炭も必要なはずだ」


「よくご存知で。

 こちらもそれを説明したのですが、言っても聞かずほとほと困っている有様で」


 なお、本来ならばこの硫黄は今井宗久が詫び料を乗せて買い取った上で、火薬製造まで担っている雑賀衆か根来衆に転売する事になっているそうだ。

 それを横取りしようというのだから、あちこちに軋轢が出てしまう。


「無茶苦茶だな。

 断ってしまえばいいじゃないか」


「……それが、相手が尾張国津島商家の堀田家の鑑札を持っており……」


 畿内は消費地である。

 という事は、畿内以外から生産し持ってこないといけない訳で、特に美濃国と尾張国という穀倉地帯を抱える津島の船便で運ばれる米は、畿内の人々の口に入っていたのである。

 下手な断り方をして相手の機嫌を損ねたくはないのだろう。


「つまり、断る理由として武家からの命がほしい訳だ。

 相手も武家、しかもかなり上の奴だな?」


「お察しの通りで。

 名乗りはしていないのですが、周囲の者が皆その御方の命に従っており、こちらも埒が明きませぬ」


 史実にはないのだが、この時点で何となく嫌な感じの名前が浮かぶ。

 もし、俺が想像する名前だったら、彼が発する魅力に逃れられるのか?

 その答えは出てこない。


「……御曹司?」


「すまぬ。

 少し考え込んでいた。

 一万田鑑実と大鶴宗秋を貸そう。

 大友家の杏葉紋に堺で逆らううつけは居ないだろうからな」


「御曹司のご配慮感謝いたしまする」


 大番頭が去った後二人を呼んで大番頭との話をする。

 で、その際に命じることを忘れない。


「相手の主人の事を事細かに見て、後で俺に知らせろ」

「その口ぶりだと、御曹司は誰か察しているのでは?」


 大鶴宗秋の質問に俺は苦笑でごまかす。

 大鶴宗秋や一万田鑑実らの常識から考えたら彼がここに出てくる事がおかしいのだが、未来知識なんてものがあると『あれならやりかねん』となるから困る。


「後でいい。

 尾張国の情勢も調べておいてくれ。

 多分、例の客、お忍びの織田家重臣だ」


(……多分あれ、織田信長だ……)


と、言えないこのもどかしさを、俺は早々に去ることでごまかした。

 例の客は、一万田鑑実と大鶴宗秋が出た事で引き下がったが、医書については本当に欲しいらしく今日出来上がった三冊を倍の値段で買って行ったという。




 間者に狙われていようとも、腹は空くし、眠たくもなるし、女も抱きたくなる訳で、人の欲というのは基本人である限り逃れることはできない。

 まぁ、そこから外れて坊主あたりになるという連中も居るが、俺はそういう人間ではないので飯を食べ、昼まで眠り、有明とお色を朝まで抱くという実に爛れた日々を送っている。

 とはいえ、今は末法極まる戦国の世。

 近く行われるだろう三好家と反三好家の決戦に備えて双方が兵をかき集めている中、己の兵を確認する。



 馬廻

  大友鎮成・有明・お色・大鶴宗秋郎党     

  一万田鑑実             百五十


 鉄砲組

  明智十兵衛               百


 尼子勢

  多胡辰敬             三百五十


 浪人衆

  大鶴宗秋                百


 合計                  七百


 おかしい。

 久米田合戦に勝ったはずなのだが、この減り具合である。

 理由は簡単、三好家と反三好家がそれぞれ引き抜きをかけているのだ。

 銭でドン、侍という正規雇用でドン、酒や女でドンとさすが戦国。手段もへったくれもない。

 笑ってしまったのが、馬廻として期待していた猫城から連れてきた連中が、一人を除いて綺麗さっぱり居なくなってしまった所。

 地場国人衆という出向の派遣が、大名という本社正社員に誘われたようなもので、ある意味分からないではない。

 バイトである浪人衆も半減しており、いかに忠誠というものが大事で、それを作る信頼というのが大事かよく分かる。

 一万田鑑実の減りが少ないのは一万田家に代々使えている連中が残った為で、多胡辰敬も同じ理由である。

 一方、一人の落伍者を出さなかった明智十兵衛の鉄砲組はさすがと言わざるを得ない。

 俺自身に与えられた仕事は幕府と朝廷を使っての毛利との和議推進という名目なので、一回は京に上る必要がある。

 今でも問題は無いのだが、困るのは俺の周囲を守る馬廻。

 今のままだと一万田鑑実にくっつく形になるから、一番確実な戦力である一万田鑑実の隊を前線に出せなくなる。

 という訳で、ここでそれぞれから志願者を募って馬廻を作ることにする。

 人数はとりあえず五十人で、唯一残った大鶴宗秋の郎党は旗持としてそのまま馬廻に入れることにする。


「どうした!

 ただの女狂いの剣にすら勝てんか!!

 おのれらは!!!」


 で、その志願者達への試験だが、とても簡単。

 俺自身が木刀を持って、俺に勝ったら良しというやつだ。

 この時点で志願者の半分が落ちた。

 次に木刀で挑んだ連中の半分が俺に勝てずに落ちた。

 もちろんからくりがあって、俺の木刀は用意した木刀より少しばかり長いのだ。

 一対一の対戦で、ルールのある場合の剣術は露骨にリーチが長いほうが有利になる。


「参った!

 お前は合格だ!!」


 なお、これで負ける例もあるが、そういう連中は皆一様に木刀が柔らかい。

 妙な力が入っておらず、自然に受け流すので確実に俺より技量がある連中だ。

 もちろん不満が出るのだが、その場合の対策も抜かりない。


「それも一理ある。

 文句を言ったお前、試しに通ったこいつと木刀で打ち合ってみろ。

 お前が勝ったら、お前をこいつの代わりに馬廻に入れてやる」


 で、そうなった場合全部文句を言ってきた連中が負けたので、抜擢した俺の評価と忠誠も上がったというおまけつき。

 あと、機転でくぐり抜けた連中もいる。


「得物が剣ではないのでそれでお相手してもよろしいか?」


と言ってきて、試験会場にその得物を持ってきた連中だ。

 大体そういう奴は槍なり弓なり鉄砲なりを実戦準備で持ってきているので当たり前のように戦う前から合格である。

 こうして、合格した連中は四十人で、その半分は一万田鑑実の郎党、残りのを多胡辰敬の郎党と浪人が分ける形になった。

 馬廻というのは最後の盾であり、最後の予備兵力でもある。

 その為に武装などで差別化を図り、その忠誠を最大にまで高めてやらないとその真価は発揮できないのだ。

 その武具を買おうと町に出たのは良いのだが、三好家と反三好勢力の決戦が近い中で良い武具なんて出回っている訳もなく。

 徒労に終わったので賭場にでも顔を出すかとふらふらと歩いている所だったりする。

 ついてきているのは有明と大鶴宗秋の郎党の三人だが、付かず離れずで馬廻十人が護衛の訓練としてついてきている。


「で、本気で博打を打つの?八郎?」


 俺の腕を抱きしめながら有明が楽しそうに質問する。

 ここ最近戦だの間者だので屋敷に閉じこもっていたからいい気分転換なのだろう。


「適当に遊んで、適当に帰るさ。

 賭場でくすぶっている連中も使えるなら雇いたいしな」


 黙ってついてくる大鶴宗秋の郎党は基本喋らないというか喋ると何かバレるので喋れない。

 それは俺も察しているので、問わないがなんとなく寂しい。

 特に、目の前の賭場でちょうど喧嘩騒ぎが起きている時には。

 剣戟の音が聞こえる。

 賭場の用心棒が刀を抜くというのは、尋常ではない事態だ。

 退屈していた俺達はその騒ぎに興味を持って賭場の前に来ると、男達が相手に暴れていた。


「てめぇらふざけるんじゃねぇ!

 ここまで見え見えないかさまをして、ばれたら力ずくたぁどういう了見だ!!」


 傾奇者姿の若い男が大見得を切っている。

 周りを半裸の賭場の連中が長ドスを持って囲んでいるが、明らかに戦慣れしているのか傾奇者達の下に賭場の連中達が倒れている。

 血が流れていないから命に別状は無いと見たが、傾奇者達の中心に居た人物を見て息が止まる。



 それは見事なまでの傾奇者で、きっとここで買ったのだろう伴天連服をお洒落に着こなし、天下の全てを見逃さないと言わんばかりに周囲を睨みつけていたのだから。



「帰るか」

「え?いいの?」


 俺は有明の手を引いて仲屋乾通の屋敷に戻る。

 あの場に居たら、織田信長と出会ってしまう。

 あの場に居たら、全てを捨てて織田信長に仕えてしまう。

 今、引っ張っている有明の手を放してさえも。

 そんな自分に気づいたのが嫌だった。




「おかえりなさいませ。

 早かったですわね」


「賭場で喧嘩騒ぎがあってな。

 結局打たずに戻ってきた」


 仲屋乾通の屋敷に戻るとお色が俺に声をかけ、俺は上の空で返事をする。

 何であの場に織田信長が居たかは知らないが、こっちに来た理由はなんとなく推測できる。

 織田家はこの時、一色家と名乗っていた美濃国斎藤家と激しく戦っていたからだ。

 斎藤家は運が悪いことに当主斎藤義龍が死んで、斎藤龍興が急遽当主に立ったばかり。

 この時代の足利将軍は神輿であるがゆえにその腰は軽く、現将軍足利義輝も三好家の護衛の元で石清水八幡宮に避難しているという。

 この決戦が終わったら出向いて、美濃守護あたりをもらって美濃進攻の大義名分でも得に来たという所か。

 一万田鑑実がもって来た硫黄の買い占めも別側面が見えてくる。

 近江国には国友村という鉄砲の生産地があり、織田家は斎藤家と戦う限りそこから購入するのは地理的に難しくなっていた。

 だから海路堺にやってきたという所だろう。

 なお、鉄砲は国友村で買えたとしても火薬の安定供給は大陸倭寇や南蛮人の存在無しには成り立たない。

 硫黄買い占めで火薬が上がれば、鉄砲の運用に支障が出るのは海路で堺と繋がっている織田家ではなく斎藤家の方だ。

 だから、あそこで声をかければ。

 仕官すればかなりの高待遇は約束されただろう。

 そんなことを部屋で寝っ転がり天井を見上げながら考えていたら、唐突に気づく。


「おい。

 この間三好殿からもらったやつ何処にやったっけ?」


「お礼に頂いた茶碗の事?

 箱にしまってなおしたけど」


「出してきてくれ。

 せっかくだから月を見ながら茶を楽しもうじゃないか」


 多分俺が有明の手をあそこで離さなかったのは先に三好長慶に会っていたから。

 織田信長の覇道と三好長慶の王道を比べることができたから。

 歴史のIFであり、この手の話に良くある織田信長への仕官という誘惑を振り払えたのは、有明の手と弟を助けた礼を言いに来た三好長慶の笑顔だった。


「持ってきたわよ。

 じゃあ、お湯を沸かしましょうか」


「では、私が茶席の主人をしましょうか」


 箱から出てきた珠光茶碗は、俺の目にはなんだか違って見えるような気がした。

 有明とお色の楽しそうな声を聞きながら起き上がって、その目に入る幸せを俺は噛み締める。

 そして、この風景を守ろうと心に誓った。

教興寺合戦が1562年5月19日

織田信清の謀叛が1562年夏

あ。いけるやんでこの話は作られた。

ここから信長仕官ルートの方がなろう的には受けは良いんだろうなぁ。


なお、馬廻の話で猫城から連れてきた連中が一人を除いて全部居なくなった時には大笑いをしながらサイコロと文神様の存在を信じて感謝の祈りを捧げた。

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[一言] >最後の一人(猫城) この時点で八郎、山伏君に気付いてない? <変装>がクリティカルだったか・・・w
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