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波紋 その3 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

 九州の戦いが高橋鑑種と竜造寺隆信の降伏という急転直下で誰もが注視している中でも戦いが続いている場所がある。

 筑前国帆柱山城攻防戦と、そこを攻めている大友軍の兵站妨害を狙う毛利水軍と、それを防ごうとする大友水軍の姫島沖での海戦である。

 帆柱山城攻防戦は守将麻生隆実の抵抗が未だ激しく落ちていない。

 この城は門司城攻めにおいて攻める大友軍の背後を突ける位置にあるから、無視する訳にはいかない。

 そして、姫島沖での大友水軍と毛利水軍の衝突もついに発生した。

 第一次姫島沖海戦と呼ばれるその海戦の結果は、大友水軍の完勝だった。


「……我が方の損害は、関船二隻、小早船二隻、弁才船三隻。

 これに対して毛利の船は、安宅船一隻、関船二隻、小早船二十一隻、弁才船一隻で、小早船七隻拿捕か。

 勝利なのは間違いがないが、この報告は本当に信頼できるのか?」


 この損害は大友水軍全体の損害であり、宇和島大友家水軍には一隻の損害も出ていない。

 宇和島城の評定の席で報告する柳川調信は苦笑しながら肩をすくめる。


「ある程度は数字を盛っているとは考えたほうが良いでしょうが、小早船七隻の拿捕は本当との事。

 勝ちそのものは揺らがないでしょうな」


 何でこんな完勝に繋がったかと言うと、横の連絡の悪さがあげられる。

 数だけは何とか集めた大友水軍は合同して動くことを最初から放棄していた。

 お蝶の父親である田原親宏の影響下にある浦部衆と宇和島大友水軍の合同警備に口を挟んだのが、俺との縁が切れていない佐伯水軍。


「水臭いことを。

 我らにもお手伝いさせてくだされ」


 彼らの援軍がなかったら、この大勝利は無かった。

 大友家を代表する水軍衆四つのうち三つまでが参加する以上、最後の若林水軍がじっと見ている訳にも行かず、彼らも参加を表明。

 彼ら水軍衆もこの勝っているように見える毛利戦に参加したかったという事なのだろう。

 それを知らない毛利水軍は海賊狙いで数十隻の船を繰り出して姫島沖に出撃。

 この時周辺に集まっていた大友水軍は姫島及び国東半島に二百隻もの船を集めていたのを毛利水軍は気づかず、警戒していた浦部衆を襲撃した事で海戦が発生。

 最初の戦いで失った船が大友水軍の損害の全てであり、姫島沖から浦部衆と宇和島大友家水軍が、国東半島から佐伯水軍と若林水軍が出撃するのを見て遁走に移る。

 だが、だが、このあたりの潮を知り尽くしている浦部衆に遁走を阻まれ、包囲殲滅されたというのがこの海戦の顛末である。


「虜囚から話を聞いた所、彼らは周防の水軍衆らしく戦意はそれほど高くはなかったようですな」


 柳川調信の話からすると、毛利元就死去と大内家復興の機運で周防国長門国がピリピリしているという事なのだろう。

 だからこそ、現在内部分裂しかかっている大友家中の亀裂を塞がねばならない。


「日田のお屋形様は何か言っておるのか?」


 現在本営を置いている日田の大友宗麟の動向に俺は注意を払う。

 それについては大鶴宗秋が報告をした。


「はっ。

 竜造寺家とは人質を差し出し、博多攻めの先陣を引き受ける事で和議が整ったとの事」


 ある意味常識的な対応だろう。

 第一次姫島沖海戦の完勝は毛利の弱体化を印象づけてしまっていた。

 戦略的要衝である博多を抱え、同紋衆という身内の裏切りを放置できない以上、竜造寺の降伏のラインはその分下がる。

 高橋鑑種は肥前方面を敵に回し、周防長門の毛利領という連絡線を切断されかかっている危機に陥る事になる。

 同時に田原親宏や俺の排除が選択肢には入っているのだろうが、この段階ではするつもりは無いというサインでもある。

 今ならば、周防長門に討ち入れるのではないか?

 大内輝弘や大友家中枢がそう考えている可能性は否定できない。


「申し上げます。

 只今、幕府奉公衆相良大膳権大夫様が幕府使者として参られたとの事」


 評定の席に篠原長秀が現れて上の言葉を告げる。

 相良大膳権大夫?

 俺が畿内で相良家当主相良義陽に渡したのは修理大夫のはすだ。

 あ。

 一人該当しそうな奴が居る。

 評定を中断してその客人を連れてくると案の定の顔だった。


「おお。久しいですな。

 大友主計頭殿。

 和泉国を捨てたと思ったら、今や伊予半国の主。

 その武名はまだ都に轟いていますぞ」


 実に白々しい世辞を笑顔で受け止めて、俺も相良大膳権大夫こと相良頼貞に返事をする。


「幕府奉公衆とは公方様の覚えもめでたいと見える。

 後で一席もうけるとして、まずは用件から片付けてしまおう」


 俺の誘い水に相良頼貞は大仰な仕草で書状を取り出しそれを読む。

 ここ最近驚いてばかりだが、これは予想できないすっとんきょうな報告だった。


「公方足利義昭様は、大内義胤殿の大内家復興を認め、伊予半国守護に任ずるとの仰せです」


「は?」


 たまらず声が出る。

 何言っているんだ?こいつ?

 こっちの間抜け顔を見て相良頼貞は楽しそうに話を続ける。


「先ごろ伊予国守護だった河野左京大夫殿が亡くなり河野伊予守殿への守護申請が来ていたのだが、河野伊予守殿がまだ若く先ごろ伊予で起こった大きな戦で力を発揮できなかった事を公方様は懸念しておってな。

 ひとまず半国のみ渡して、もう半国を復興を目指している大内殿に渡す事にしたのだ」


 あー。やりやがった。

 これは実は前例が有る。

 嘉吉の乱で一度滅んだ赤松家がこれで、三種の神器のうちの神璽が後南朝勢力に奪われる事件を解決した功績で、加賀国半国守護に復帰。

 その後の応仁の乱で旧領国だった播磨に帰還しているのだ。

 前例が有るならばアレンジは容易な訳で、足利義昭から見たらメリットしか見えないのがこの手の素晴らしい所だ。

 まずは地方における幕府権威の復権。

 大友と毛利の大戦がいい感じで煮詰まったこの瞬間に、最後の問題点になるだろう大内家復興について双方の顔を立てる形で解決しているように見える。

 次に打つ手は大友と毛利の仲介。

 そこまですれば、実戦力として西国大名を上洛させて、織田信長から実権を奪還するというあたりだろうか。

 もちろんこのような絵図面通りになる訳がない。


「大内殿が伊予半国守護になれば守護代の任命も必要になるだろう。

 それも大内殿におまかせするというお言葉を頂いておる」


 半国守護の便利な点はここにある。

 国を分けただけで行政組織が二つできるからポストが増えるのだ。

 田舎においては未だこの手のハッタリは無視できない。

 目の前の相良頼貞が権官とはいえ大膳大夫を名乗っているのが良い証拠だ。

 大膳大夫は、正五位上に当たる殿上人の末席に連なり、相良義陽の修理大夫と同格である。

 つまり、この半国守護とは俺の領国内を指し、俺を伊予半国守護代に任命するという足利義昭のいらない好意の産物という訳だ。


「公方様の好意はまことにありがたく。

 ですが、このような大事は府内のお屋形様と相談して決めたく……」


 不愉快な気持ちを顔に出さずに、俺はひとまず時間稼ぎに入る。

 本来ならば、この書状は府内に持っていってお屋形様こと大友宗麟の前にて開けるのが筋のものだ。

 それを俺の前で開けるという事は、俺をなし崩し的に公方側に取り込もうという策謀に他ならない。


「あい分かった。

 これはそもそも俺にとってはついでだからな。

 大友殿の好きにすればいい」


 幕府の使者がついでと来たか。

 という事は相良頼貞自身の目的は別にある訳で、おそらくは先に島津家に従属した相良本家なのだろう。


「里帰りですか。

 都で立派になられた姿を見たら色々と思う事があるのでしょうな」


「まぁ、今更だが顔は見せておこうと思ってな。

 公方様の周りには人がおらぬ」


 要するに、従属した為にリストラされる相良家家臣をスカウトしに来た訳だ。

 後で知ったが、相良頼貞は紀伊国の畠山家没落の合間をぬって勢力の拡大に成功し、年一万貫近い収入を得ているらしい。

 よそ者である事を利用した地元国人衆との仲介や、俺がブレイクさせた海洋交易の便乗等が彼の収入源である。

 その収入を使い幕府に賄賂をばら撒いて、大膳権大夫と奉公衆の地位を買ったという訳だ。

 

「公方様と副将軍の仲は悪くないはずだが?」


「今はな。

 だが、延暦寺の件が尾を引いておる」


 一色義輔こと斎藤龍興が逃亡した比叡山延暦寺を兵火に晒した事に足利義昭は激怒し、実行者の一人である松永久秀の処分を求めた。

 だが、彼の上になる細川管領家も織田信長もその処分をしなかった事で、自前の武力の必要性を感じたらしい。

 京周辺と丹波国を中心に味方を増やし、但馬国山名家等を味方に引き入れて自前の戦力の確保に勤しんでいる。

 そんな彼らが狙うのは播磨国。


「大国で古には平相国が国主になった国だ。

 ここを押さえて、公方様は更なる力をつけるつもりだ」


 今回の人材スカウトはその播磨攻略の為の人員集めらしい。

 だけど相良頼貞は気づいていない。

 あの三好長慶ですら、播磨国を勢力圏に入れたのに直轄にしていなかったという事実を。

 播磨国を押さえるというのは、西国の戦乱に否応なく巻き込まれるという地政学的リスクを抱える事になるという事を。


「どうだ。

 大友殿。

 一枚噛まないか?

 大国播磨の主も夢では無いぞ」


 相良頼貞の誘惑を俺は笑顔で一蹴する。

 いずれ起こるだろう織田対毛利の天下人決定戦の最前線なんぞお断りだなんて言える訳もないが。


「止めておこう。

 それがしには、伊予半国でも過ぎた身ゆえ」




 相良頼貞との会見終了後、俺は右筆の田中成政に命じて手紙を書かせる。

 顔がニヤけるのが自分でも分かる。


「府内と田原親宏殿に文を届けよ。

 『大内義胤殿に伊予半国守護が公方様より命じられた。大内義胤殿の御身を伊予に送りたい』だ」


 これは、毛利元就の仕組んだ完璧な謀略にできた数少ない傷。

 予想はしていただろうが、ここまで我慢できずに手を出してくるとは想定外だったのではないか。

 足利将軍家にとって巨大化した大名勢力というのはその成立時点から常に抱え込んでいた癌の一種だ。

 歴代の公方が己が命を捧げて駆逐していたその重みを、国人衆上がりの毛利元就は理解できない。

 大友家を食らった毛利家が大内家を越える西国十数カ国の主になるという恐怖を、毛利元就は己が天下を望まなかったがゆえに理解できない。

 そして、将軍としての権威を確立したいのならば、何よりもこの巨大勢力である毛利家を抑える必要が出る。


「打ち手はへぼだが、この一手で毛利はその分遅れる。

 ありがたく使わせてもらうさ。

 この話を府内に持ってゆく。

 大内義胤殿には就任の為に伊予宇和島に入ってもらおう」


 あえて大内輝弘に道を譲る。

 その上で彼に周防長門に討ち入ってもらい、博多を奪還させてもらおう。

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