表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

195/257

波紋 その1 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

「え?」


 宇和島城に戻った俺にその報告が飛び込んできた時、俺の顔はきっと呆けていただろう。

 チート爺毛利元就面目躍如の一手だったからだ。


「はっ。

 神屋経由の情報ゆえ間違いがないかと。

 白鹿城で戦っていた尼子家と毛利家は将軍足利義昭様仲介の和議を結び、戦を終わらせたとの事。

 白鹿城と島根郡の領有を認め、毛利家の旗下に加わるとの誓紙を交わしたそうです」


 博多商人に強いコネを持つ柳川調信からの報告だから、多分間違いがない。

 俺が機内から去って、安国寺恵瓊がそのまま残っていたから何かするとは思ったが、ここまで見事にしてやられると笑うしかない。

 この手の包囲網というのにはきちんとした盟主とその下での統制が無いと、簡単に各個撃破される。

 良い例が史実の信長包囲網だろう。

 現在構築されていた毛利包囲網も大友家が主体にはなっていたが、連携が取れるような距離でなかった事がこの各個撃破を可能にした。

 水島合戦で浦上家の大敗と宇喜多直家の謀反によって、一時は月山富田城を占拠した尼子家は窮地に陥っていた。

 月山富田城を放棄して白鹿城で抵抗していた尼子軍も、その抵抗が限界に来ていたのだ。

 武田家及び一向宗との戦いに追われる織田家には西国の戦に絡む余裕はなく、己の権威を確立したい足利義昭は実績が欲しい。

 そして、『次はお前だ』というのが分かっているが、とにかく時間が欲しかった尼子家の実情を知り抜いた上でのこの和平提案。

 老獪であり、老練な見事な一手にもはや感心するしか無かった。


「せめて博多が大友のものだったらな。

 海路からの支援もできたのだろうが」


 俺のぼやきに柳川調信が俺と同じように苦笑する。


「それをさせぬ為に博多を抑えたのでしょうな。

 殿が親しくされていた方に京での動きを探らせますか?」


「無駄だな。

 これは大友への和議の申し出でもあるんだ。

 動くことはできるが、変に手を出すと負けた時に洒落にならなくなる」


 勝つならば問題はないが、負けた場合京の幕府や朝廷を使っての和議仲介は終戦に向けて絶対に必要になる。

 三好政権に深入りしすぎて現足利義昭体制に嫌われている俺が動くと、足利義昭の警戒を招くことになる。

 何しろ、俺が頼んでそれで動く人間が松永久秀と細川藤孝なのだ。

 畿内を去った三好家が再び野心をなんて噂が立てられたら目も当てられない。


「浦上家は合戦時の内応で崩し、尼子家は幕府の和議で時間稼ぎ、伊予は結局手打ちにして、かくして九州での大戦ですか」


「それで終わるならこっちも楽なんだろうがな」


 柳川調信が俺のぼやきを真似するが、俺はそれに乗らずに真顔で考える。

 あの毛利元就が決戦なんてわかりやすい大博打を打つだろうか?

 打たない。

 冷徹に己の置かれた状況を俯瞰して、この毛利包囲網を瓦解させたのだ。

 ならば、大友にも何か仕掛けてくるのだろう。

 

「日田親永の件はどうなっている?」


 柳川調信を呼び寄せて耳元で話す。

 柳川調信も声を落として俺の耳元で囁き返した。


「臼杵鑑速殿が受け持つ事が決まり、日田親永を使って北原鎮久へ内応工作を」


「現在の戦況はどうなっている?」


「筑後川で対陣している竜造寺の動きは鈍く、帆柱山城攻めでは城主麻生隆実の抵抗激しく手こずっているとの事。

 肥後の動きが怪しく肥後衆を帰した為に、先陣の戸次鑑連殿を呼び戻したそうです」


 敵を竜造寺軍に絞ったらしい。

 現在古処山城に居る戸次鑑連の兵は甲斐宗運の離脱と多胡辰敬と麻生鎮里を除いた第二別働隊を吸収して七千ぐらいあるはずだ。

 これが竜造寺軍を攻めるとなると、筑後川戦線での大友軍対竜造寺軍の兵力は二万千対八千となり、一気に優勢に持ち込むことができる。

 そうなる前に高橋鑑種と毛利は何かの手を打たねばならなかった。


「仕掛けるとしたら肥後だろうな」


 天草争奪戦で島津義虎に追われた菊池則直の動向が全く伝わってこなかった。

 彼がどれぐらいの兵を抱えているのか知らないが、相良家の島津従属によってバランスが崩れている今だからこそ、火種があれば簡単に燃え上がる。

 その炎上が俺に延焼する事だけは避けなければならなかった。


「ちと遅いが宇喜多に手を打っておくか」


 俺の一言に柳川調信が俺の方を向く。


「何か手があるので?」


「手というより繋がりだな。

 まずはそこからだ。

 たしか、宇喜多家は備前国の豪商阿部善定と繋がりがあるらしい。

 臼杵鑑速殿に了解を取った上で、仲屋乾通を使って繋ぎを取れ。

 毛利に分かる形でな」


「……殿も人が悪い」


 毛利元就のことだ。

 決して宇喜多直家を信用していないはずだ。

 その上で、俺が接触しようとしているとしたら、ブラフだとしても対策を考えてくるだろう。

 嫌がらせレベルだが、しないよりはマシだろう。

 そんな事を考えていると、ドスドスと足音を立てて法華津前延が入ってきた。


「一大事でござる!

 府内からの早船ですが、毛利の水軍衆が海賊働きをしているとの報が!!」


「なんだって!

 誰か地図をもってこい!!」


「ご主人!

 ここに」


 俺の声に控えていたらしい男の娘が即座に地図を広げる。

 一同その周りに座って、法華津前延の説明を聞く。


「海賊の被害が出たのは姫島の東の沖合。

 船は神屋の持ち船で箕島へ向けての兵糧を運んでおりましたが、数十隻もの海賊達に囲まれて沈められたとの事。

 浦部衆の船が出て、船員を助けたそうですが既に海賊の姿は遠く。

 海賊の帆には『丸に上文字』の紋があったそうです」


「村上水軍か。

 いやな手を使いやがる」


 法華津前延の報告に俺は即座に吐き捨てる。

 おそらく大友家が行っている買収工作を知って、毛利家が圧力をかけたのだろう。

 水軍衆にとって海賊の仕事は日常茶飯事だから、


「申し訳ござらぬ。

 たまたま海賊働きの仕事をしていたまでの事。

 我らも飯を食べねばならぬゆえ、気をつけましょう」


と言い逃れができるギリギリのラインなのがまた腹立たしい。

 なまじ伊予での戦が終わったので、河野家を攻めて村上水軍の足を引っ張るという絡め手が封じられた途端にこれである。

 ここで買収工作を止めたら完全に村上水軍が敵に周り、門司周辺がしゃれにならない事になる。

 何よりも厄介なのが、府内から箕島への兵糧運搬船を狙ったという所。

 あえて毛利と繋がりのある神屋の船を沈めた事で、兵糧運搬船は容赦しないというメッセージになってしまった。

 少なくとも毛利は豊前戦線について何らかのアクションをしようと考えていると判断するしか無い。


「毛利からすれば、九州への後詰は門司の確保が大前提。

 圧力をかけるのは当然でしょうな」


 柳川調信の声に俺は頷いて対策を立てる。

 この後の九州出陣において不安要素は潰しておいたほうが良い。


「法華津前延。

 三崎を拠点に、国東半島を経由し浦部衆と組んで、姫島まで出て海賊を警戒しろ。

 何隻出せる?」


「安宅船一隻、関船二隻、小早船十九隻、弁才船三隻は出せまする」


 休憩や整備等を除いた宇和島大友家水軍の全力出撃に近い。

 浦部衆も自分の庭先での挑発行為だから全力で迎撃に出るだろう。


「誰か。

 お蝶を呼んできてくれ。

 お蝶より義父上あての文を書いてもらい、法華津前延に協力させる」


「じゃあ僕がいくよー」


 手を上げてさっさと出てゆく男の娘を見送るがいつもの事なので気にしない。

 だから俺はそのまま続きを命じる。


「この件も府内に報告をあげておけ」


「でしたらそれがしが」


 臼杵鑑速に了解を取るついでとばかりに柳川調信が手を上げるので俺は頷いて了承する。

 続きを話そうとして、珍しい人物の大声が聞こえてくる。  


「一大事!

 一大事でございまする!!」


 大鶴宗秋だ。


「何事だ?

 海賊の件ならば、法華津前延から聞いたが」


「それではございませぬ!

 一大事!

 一大事でございまする!!」


 大鶴宗秋をして一大事と慌てさせる事態。

 俺を含めて一同に緊張が走る。

 そして、皆を代表して俺が大鶴宗秋に尋ねた。


「何事だ。

 大鶴宗秋?」


 俺の声にも大鶴宗秋の顔は驚きを隠そうとせずに、その一大事を告げる。

 時が止まり、俺はその意味がわからなかったのでもう一度尋ねた。


「今、なんて言った?」


「ですから!

 毛利元就が死んだとの事!!

 配下国衆にも正式に伝えられて、毛利義元が毛利家を継ぐ事も合わせて報告され、配下諸将に起請文の提出を求めているそうです!!!

 この話は、長宗我部元親殿が河野家に放った間者より手に入れ、こちらには文で早馬にて伝えてこられました!」



 毛利元就が死んだ……!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ