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鬼札はどこにある?

 毛利軍の伊予上陸の情報に俺は一気に警戒レベルをあげる。

 情報収集を石川五右衛門に頼むと大鶴宗秋が俺に声をかけた。


「どうやら毛利は本気で殿を潰したいご様子で」


「そこまでの評価は嬉しいとは思うが、できれば評価されたくなかったな。

 大洲を捨てて、鳥坂峠と夜昼峠まで下がるぞ」


「よろしいので?」


「何のために、褒美を銭にしたと思っている?

 こうやって去りやすくする為だ」


 戦闘は必然的にその土地の地形に縛られる。

 毛利が水軍を連れてきたのもこの土地の特殊性によるものだ。


「水軍を連れて伊予に後詰に来た以上、大洲へ攻めてくるのは確実だろう。

 わざわざ戦う必要もあるまい」


 大洲盆地の防衛はできなくは無い。

 肱川とその支流の一つである矢落川の合流地点で迎撃すればいい。

 この案の問題点は、水軍を連れてきている毛利軍が海路喜木津を襲撃して八幡浜を直撃した場合に遊兵化してしまうという点。

 こちら側の兵力が少なくて主導権を失いつつある現在、攻勢から防衛に作戦を切り替える必要があった。


「殿の言い分は理解できるのですが、毛利がそれを見逃すとお思いで?」


「そこだな」


 三坂峠にて対峙している長宗我部軍は動けない。

 彼らが動くためには河野軍がこちらに視線を向けている事が絶対条件だったからだ。

 毛利軍が後詰に来て、河野軍が全力で防戦にこれる現状ではこちらが要請しても断られるだろう。

 石川道清も動けない。

 彼らの場合予州河野家という河野家一門を抱えている事から中から崩す算段だったからだ。

 それも、大兵を擁する毛利家の圧力に屈するだろう。


「結局、一万を超える毛利軍を我らで受け止めねばならん。

 こちらの兵はどうなっている?」


 大鶴宗秋はこちらの兵力を配置した紙を差し出す。

 なお、書いたのは田中成政で、柳川調信の編集済みである。

 おかげで読みやすいことこの上ない。



八幡浜 萩之森城  千五百

 一万田鑑実  

  南方親安


大洲  地蔵岳城  三千

 吉弘鎮理

  小野鎮幸

  白井胤治

  鹿子木鎮有

  内空閑鎮房

  大野直之


三崎  山崎城   千五百   安宅船二隻 関船三隻 小早船三十九隻 弁才船五隻

 法華津前延

  二宮新助


黒瀬城       千五百

 雄城治景

  雄城長房

  今城能定

  島津忠康

  桜井武蔵


宇和島城      二千    弁才船二十隻 末次船七隻 ジャンク船八隻

 大友鎮成 

  大鶴宗秋

  佐伯鎮忠

  淡輪重利

  火山神九郎

  日向彦太郎



合計        九千五百  

  安宅船二隻 関船三隻 小早船三十九隻 弁才船二十五隻 末次船七隻 ジャンク船八隻 

  


 数字の上だけなら戦えるように見えるが、九千五百の内三千五百は水軍衆である。

 つまり、使える兵力は六千しか無い。

 水軍衆の方にも問題があって、火山神九郎と日向彦太郎が指揮している船団は大陸航路向けの商船で、食料不足の西日本で大陸から芋や穀物を購入する大事な役目がある。

 こんな戦でそれを消耗させる訳にはいかない。

 なお、三崎に送った法華津前延率いる水軍衆の弁才船五隻については大友家からの要望で、いざとなったら臼杵や府内から後詰を送れるようにという配慮の為だ。

 同じように府内と臼杵にもある程度の弁才船が護衛つきで待機しているはずだ。


 そして、実戦力に当たる六千にも問題がある。

 長期にわたる大洲盆地の攻防戦で従来の兵が消耗し、浪人等の流れ者を雇用して穴埋めしたので士気と練度が低下しているのだ。

 しかも、そうやって雇った連中を島津忠康と桜井武蔵の下につけて黒瀬城に送り出したばかり。

 現在の宇和島は馬廻衆と水軍衆しか居ないという状況になっていたのである。


「兵が足りんな。

 もう少し集めたい所なのだが」


「厳しいでしょうな。

 周りが兵を集めております」


 連戦中の毛利家は言うまでもなく、ついに重い腰を上げた大友家、島津家相手に決戦の兵を動かした伊東家、現在伊予に出兵中の長宗我部家とも徴兵と募兵を繰り返していた。

 流れ者はその中から高い銭を支払う所に行けばいいし、下手に徴兵をかけて来年の収穫が落ちたら本末転倒である。


「こちらも手がない訳ではございませぬ。

 更に一月待てば、もう数千は用意できるかと」


「その一月毛利が待ってくれるのならばな」


 一月あれば、入田義実や渡辺教忠や土居宗珊の兵が帰ってくる。

 彼らを呼び戻して使った場合、兵の士気だけでなく忠誠度の低下も気にしなければならない。

 謀略を得意とする毛利元就相手に絶対にやってはいけない手だった。

 また、活発な船便を使ってこの地に流れてくる浪人たちを雇うこともできるだろう。

 長期持久戦を行ったら、こっちの方が勝てる状況である。

 それを毛利元就も小早川隆景も知っているはずだ。


「仕方ない。

 府内に後詰を頼もう。

 彼を呼んでくれ」


「はーい」 


 前に田原親賢がやってきた時に万一に備えて後詰を頼んでいた。

 その時の条件として田原親賢が出したのが、今から来る彼の身柄だった。


「ご主人。

 連れてきたよ」


「大内義胤。

 お呼びにより参上いたしました」


 対毛利戦の切り札。

 大内義胤の身柄を府内に送る事が後詰の条件である。


「よく来てくれた。

 そなたの身柄を府内に送ることになった」


 こちらの窮状は察していたみたいなので、頭を下げたまま大内義胤はそれを了承する。


「かしこまりました。

 それで、それがしはどのように動けばよろしいので?」


 俺は大内義胤にあえて何も要求するつもりはなかった。

 彼が旧大内領内に入るだけで、旧大内領内で謀叛のトリガーが引かれるのだから。


「好きに動け。

 うまく行けば、一国は切り取れるだろう。

 しくじったら首が飛ぶが」


「殿のようにですか?

 男子の本懐ですな」


 楽しそうに笑う大内義胤を見て、彼の器をなんとなく図る。

 こういう時にたとえ作り笑顔でも笑えるやつというのは大体その器が大きい。


「幾つか忠告しておく。

 毛利の水軍衆を侮るな。

 退路を絶たれた時、大友の水軍衆では助けられん」


 これは史実で何度も大友家が味わったことだ。

 大内義長の見殺し、門司合戦における毛利軍の後詰成功、周防国長門国で頻発した大内家残党の反乱に対する支援失敗。

 これらは全部毛利水軍が制海権を握っていて、大友家が支援できなかった事が原因である。

 唯一成功したのが、毛利水軍の中核であった村上水軍の買収で周防長門に入れた大内輝弘の乱で、それも最後は毛利水軍に阻まれて彼の救援に失敗。全滅している。


「と、いう事は周防長門に入るなと?」


「入って周防長門を切り取れるならそうするがいい。

 俺なら御免こうむるがな」


 大友家にとって、大内義胤は捨て駒でしかない。

 それも、捨てても困らず、毛利に対応を強要する実に使い勝手の良い捨て駒だ。

 俺の言い回しで、少なくとも己の立場を理解した大内義胤の喉が鳴る。


「まぁ、そんな所に送り出すのも後味が悪い。

 こちらで周防長門に行かない選択肢を用意した。

 聞くか?」


 俺の物言いが面白かったらしく、大内義胤が笑う。

 手ぬぐいで己の汗を拭きながら、彼は苦笑するしか無かった。


「それしか手がないように聞こえますが?

 とはいえ、それがしもまだこの世に未練が有り申す。

 お聞かせ願いたい」


「それほど難しい話ではない。

 周防長門に行くのではなく、お屋形様について博多を狙いに行け」


 大友家の主戦場はあくまで筑前・豊前であり、大内家の本拠である周防・長門では無い。

 そして、大内家のかつての領国に筑前と豊前は入るのだ。

 現在筑前国を抑えている高橋鑑種の下についている国人衆達を動揺させるならこれだけで十分なはずだ。


「次に府内に居る田原親賢にこう伝えてやれ。

 『俺がお前を使って勘合貿易復活を狙っている』と」


 その一言に大内義胤だけでなく控えていた大鶴宗秋や男の娘まで驚きの顔を隠さない。

 そんな顔を見て、俺はしてやったりとばかりに舌をだして冗談のように言ってのける。


「まぁ、戯言のたぐいだが無下にはできんだろうよ。

 お前の身を守る大事なお守りだ。

 とっておくといい」


「ありがたきお言葉、感謝いたします」


 大内義胤と大鶴宗秋の顔が、『この殿ならやりかねん』とはっきり語っているので、多分府内の連中にも効果があると見た。

 俺は朝廷にもコネが有り、復活した細川管領家にもコネがある。

 大友家は朝廷の外交を担う大宰大弐を抑えており、勘合貿易復活という話が嘘とは思えない所にこのハッタリのポイントが有る。


「最後だ。

 大友家そのものに気をつけろ。

 基本、俺と同じく捨て駒にされるぞ」


「殿!」


 あっさりと言った俺の一言に大鶴宗秋がたしなめる声を出そうとするが、おれは構わず続ける。


「ある意味それは正しいんだ。

 戦国の武家にとって、家の存続こそ第一という考えだからな。

 その為に捨て駒にされてもその忠義を家は忘れない。

 あとに残ったやつはそれで引き立てられるという訳だ」


 俺も子ができてそのあたりの考えがなんとなく理解できるようになった。

 ここで捨て駒として捨てられても次代が大友家中の中で生き残れるならば、それは俺の家の勝利であり俺の血の勝利である。

 わからんではないが、俺もまだこの末法の戦国で有明達と面白おかしく暮らしたいので、拒否するつもりではあるのだが。


「大友家からは気前よく色々くれるというが、基本それは断っておけ。

 国はやれんが、城ぐらいならば俺がくれてやる。

 下手にもらって大内輝弘との間に摩擦が起きたら、毛利元就はそこに火をつけるぞ」


 先程だした大内輝弘は大内高弘の子で、大内家当主だった大内義興とは異母兄弟の関係になる。

 大内高弘は僧であったが権力争いに敗れ、大友家を頼って客将として暮らしており、その暮らしは決して良くはなかったらしい。

 そんな彼が、対毛利戦における駒として注目されるようになると、急に待遇が良くなる訳で。

 そんな彼の前に大内家本家筋の血を引く大内義胤が来た場合、嫉妬と疑心暗鬼にとらわれるのは簡単に想像できた。


「気をつけておきましょう。

 しかし、家というものはどこまでも追ってきますな」


 ある種感嘆の声を出しながら大内義胤がつぶやくと、俺もそれに便乗する。

 俺もそれから逃げようとして、そこから逃げられなかった一人なのだから。


「まったくだ。

 俺も畿内で遊んでいて連れ戻されたんだ。

 覚悟しておけ」




 ところが、この大内義胤の移動だが、思わぬ所から待ったがかかった。

 果心率いる間者連中である。


「今、大内殿を動かすのはお止めになったほうがよろしいかと」


 閨の中で互いに何もつけない男女の会話ではない。

 ついでに言うと、当たり前のように有明以下女たちが乱れていたり、気を失っていたりしている。

 俺の家における最高意思決定機関はこの閨の中というのはある意味正しい。


「どうしてだ?」


「宇和島の町に毛利の間者らしき者が。

 狙うのは、殿と大内殿でございましょう」


 腰をふりながらこれを言うのだから、くノ一というのは凄い。

 毛利家から見たら、鬼札である俺と大内義胤が警戒の薄い宇和島にいる状況に見えている。

 その為、忍者集団を統括する杉原盛重を連れてきて、場合によっては俺と大内義胤を襲撃し暗殺するつもりなのだろう。


「いっその事、怪しい者を取り締まったら?」


「無理ね。

 水軍衆は基本怪しい連中しか居ないし、商いを考えると流れ者を取り締まる事ができない。

 彼らが持ってくる噂話も大事な商品だもの」


 最近快楽にドハマり中の政千代の意見は既に堕ちきっているお蝶によって否定される。

 こいつらやる事はやるのだがそれぞれ基本スペックが高いので、俺にとっての参謀集団みたいな位置づけに収まっており、俺がある意味軍師を必要としない理由でもある。

 久しぶりという事で優先的にもらっている明月が息を整えながら口を挟む。


「城の中は馬廻の方と奥で守ることができましょう。

 ですが、城から出すなら守れるとはいい切れませぬ。

 流れ者も多く、間者が混じっても手が打てませぬ」


 奥の女が増えたので小少将は遠慮したという名目で、宇和島の遊郭でその流れ者達を相手に今頃狂っているはずだ。

 その魔性の体に狂って多くの流れ者達が俺の募兵に応じてくれているのでなんというか。


「どうする?

 果心の目をつけた連中に、女あてがって骨抜きにしてもいいけど?」


 奥の主人として有明は常にこの場で裸身を晒し、俺に対して選択を迫る。

 それが気持ちよくもあり、彼女を守るためにここまで来たのだと身を引き締めつつ、文箱から手紙を取り出した。


「八幡浜からの早船だ。

 毛利軍は長浜だけでなく、喜木津にも上陸したらしい。

 しかも船団は更に西に向かったと。

 毛利の奴ら、俺達を本気で四国に拘束するらしい」




 それは、大友水軍と毛利水軍の決戦を意味していた。

肱川とその支流の一つである矢落川の合流地点は予讃線五郎駅の隣です。

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