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内政の時間 その6

 めずらしく朝のうちに起きた。

 寝ている女たちを起こさないようにして寝所を出る。

 俺が作っている宇和島城は他の城と違う所が一つある。

 それは、台所が二つあるのだ。

 まぁ、湯殿を用意してそこで薪を燃やすからというのがあるのだが、簡単な料理ぐらいは作れる設備を設けたのも己の爛れた生活が原因なのは言うまでもない。

 最も、その爛れた生活が商売の種になるものもある。

 精力剤を作る果心リクエストから商売に転じた捕鯨である。


『鯨一頭、七浦潤う』


と呼ばれるほどの色々使える鯨だが、これを捕るために網取式捕鯨を導入。

 再編途上の水軍衆の訓練と食い扶持確保に使ったのである。

 物流と漁業だけでなく捕鯨という新たな銭を得る手段を得た宇和海の水軍衆は、凄い勢いで膨張する事になり鯨関連で仲屋乾通が潤ったのは言うまでもない。

 ついでに俺の精力も潤って夜がんばれたのも言うまでもない。


「葱と大根があるか。

 具はこれでいいだろう」


 屋敷の畑で育っている大根と葱を収穫して、かまどに火をつける。

 湯が沸く前に井戸で水浴びして汗などを洗い落としているとこのあたりで誰かがやってくる。


「おはようございます。ご主人。

 体拭こうか?」


「お前そのまま襲いそうだから駄目」


「ちぇー。

 じゃあ、野菜洗っておくね」


 今日は男の娘が先にやってきた。

 このあたりのやり取りもなれたもので、井筒女之助が井戸に行き手押しポンプから水を出す。

 この井戸、実は上総掘りにて掘っており、少ない人員と機材で完成したから普及させようと密かに企んでいる。

 ポンプの方も今まで井戸から水を汲む場合だと釣瓶からくまないといけないので、めんどくさいとは思っていたのだ。

 で、構造も原理も簡単なこれを思い出して神屋紹策に職人を派遣してもらって作ってもらったら、神屋紹策だけでなく島井茂勝と仲屋乾通まですっ飛んできて権利を売ってくれと頼み込んだという笑い話が。

 黙ってパクればよくねと素直に三人に言ったが、その答えが三人とも同じだったのが苦笑するしか無い。


「八郎様は次々と我らの知らぬ品を作られておられる。

 次があるかもしれないのに、どうして八郎様を謀れましょうか?」


「そうですとも。

 既に山羊で大儲けさせて頂いておりますが、これはそれと匹敵する品ですぞ!」


「豊後は山が多い土地。

 その地でこれがどれほど民を助けるか分からぬお方ではないでしょうに……」


 言えない。

 毎夜毎夜のご乱交で汗とかを拭くのがめんどくさいからと思い出した品なんて言えない。

 だが、これが全国に革命的に広がるなとはこの三人の目を見て悟った。

 作ってもらった手押しポンプの試験運用も順調なので、この件も近く話し合いをしないといけないのだがとりあえず今はおいておこう。

 桶に水を入れて手ぬぐいで体を拭いておくと、背中からべつの手ぬぐいが当てられる。


「おはよう。

 八郎」


 今日は有明だった。

 という事は、風呂の方には果心と明月が行ってるのだろう。 

 お蝶は孕んだので一旦離れた。

 彼女いわく、


「他に種を植える畑はまだあるでしょう?」


だそうで。

 そのあたりの割り切りは武家の娘だなと妙な感心をしたり。

 拭き終わったので俺は体を有明の方に向ける。


「おはよう。

 今日は味噌粥とアジの干物にしようと思う」


「じゃあ、手伝うわ」


 有明は手ぬぐいをおいて包丁を持って野菜を切る。

 俺はアジの干物に木串を刺して、かまどの前で炙る。

 鍋の中にしいたけを入れて出汁を取る。

 この椎茸栽培は大分県で盛んに行われていたから手法を覚えていたので、味噌汁用にと自前で始めたやつである。

 なお、ポンプの時にやってきた三商人に振る舞ったら、まったく目が笑っておらずレシピを吐き出させられて豊後と南予で大規模栽培が行われる事に。


(だから八郎様を謀れないんですよ。

 なんですか?

 こんな銭儲けの種をあと何個抱えているんですか?)


という無言のツッコミを俺は口笛を吹いてごまかしたのは良い思い出である。

 毎食用意する訳ではないがこうやって食事を皆で作るのはいい気分転換になる。

 何よりも御台所で作った食事は毒味が必須になっているので、できたての料理を食べる場合自分で作るしかないというのもある。


「毒味するね」


 井筒女之助が御台所で作った握り飯をひとつまみずつ食べる。

 飯を炊くのは時間がかかるので、大量に作って残りは握り飯にというのがこの時代のスタイルである。

 なお、大体朝炊いて夜までにはきれいに無くなっている模様。

 ご飯も米ベースに麦や黍を混ぜたもので節約を心がけている。

 南予地方は気候が温暖なために米と麦の二毛作が盛んに行われているが、麦収穫については土居清良の進言によって把握しないようにした。


「把握すれば取り立てたいと考えるでしょう?

 知らぬことが良い事もあるのです」


という彼の進言は災害、凶作、疫病に戦という末法状態の戦国時代の現実を見せつけてくれている。

 何しろこの時期はとにかく気候が安定しなかった事もあって収穫が本当にまちまちだった。

 実際、飢饉ともなると米どころか麦すら取れずに稗粟が食べられたらましという惨状はけっこう各地で見ることが多かったのだ。

 それ以上に惨禍を撒き散らしているのは戦そのものだったりするのだが。

 とはいえ、石高以上の麦は取れないという事と地力をつけさせる為に休耕田も出るので、麦の収穫高は二万石程度ではないかと個人的に当たりをつけていたりするのだがそれを言うつもりもない。

 調べて農民を疑心暗鬼の一揆に走らせることも無いからだ。


「ご主人。

 大丈夫」


 井筒女之助の確認の声の後、俺が頷くのを見て男の娘は煮立つ湯の張られた鍋におにぎりを沈めてゆく。

 次に有明が野菜と味噌を入れてかき混ぜる。

 この時期、寺などではたまり醤油が作られており、歴史が古い真言宗寺院にはそのあたりの製造法が伝わっていたのはありがたかった。

 多大な喜捨と大名権限の保護を約束して醤油レシピを入手したのは言うまでもない。

 その醤油をアジの干物に塗って炙っているので、いい香りが周囲に広がっている。

 

「おはようございます。八郎様」


「おはよう。

 果心」


 火箸と桶を持ってきた果心はかまどで焼かせていた石を火箸で拾う。

 熱というのはこの時代貴重だから、こうやって無駄使いをしないように色々な知恵が使われている。

 手押しポンプの方を見ると、明月がポンプに竹で作った水道管に水を流して湯殿に水を送っていた。

 湯殿に張った水にこの焼いた石を沈めて湯を作るのだ。

 その為、湯に浸かるというより湯で洗うという方が近いのかもしれない。


「……しないぞ」

「しないんですか?」


 朝湯というのは気持ちのよいもので、裸になるという事もあるので、俺は機先を制して果心に告げる。

 果心の方は露骨にがっかりとするが、まぁいつもの事なので気にしない。


「間者より報告が。

 阿波国の混乱はまだ揉めそうです」


 このあたりの切替の凄さがチートくノ一果心の真骨頂ではないかと俺は思うのだが、当人に言うつもりもない。

 そんな事を考えていると知らないだろう果心は、焼石を集めた桶を井筒女之助に渡して続きを口にした。


「謀反勢は紀伊畠山家の支援を受けているとの事。

 謀反勢と安宅殿率いる三好軍が阿波と讃岐の国境で合戦。

 三好軍の大勝に終わったのは良いのですが、和泉国・河内国・大和国方面が騒がしくなって後詰めが送れぬ状況にあるとか」


 最悪に近い報告に俺は頭を抱える。

 果心の話をまとめると、謀反勢は足利義助を旗印に細川真之、伊沢頼俊、福良連経、篠原自遁以下数千の兵に紀伊畠山家からの後詰を受けて木津城付近で三好軍二万と合戦を行ったらしい。

 安宅冬康率いる三好軍の統制のとれた攻撃に謀反勢は伊沢頼俊、福良連経が討ち死にするほど総崩れとなったが、安宅冬康は追撃を中止して合戦を終わらせることにしたという。

 追撃中止の理由は簡単だ。

 紀伊畠山家の攻勢正面は和泉国・河内国・大和国であり、現在この方面はがら空きになっているからだ。

 大和を抑えるはずだった松永久秀は京の政務に忙殺されて居城に帰れず、和泉方面の要だった俺は南予に捕らわれたまま。

 俺の代わりだった一宮成助は阿波謀反鎮圧軍に参加しており、この方面を支えるのは河内に置いた野口冬長しか居ない。

 なんで紀伊畠山家が阿波の内乱に介入していると疑問が湧いたが、ちゃんと介入の名目があったのだ。 

 細川真之の子供の一人が畠山高政の養子になっていたのである。

 こうして介入の大義名分を得た畠山家は後詰を送ると共に動員を開始。

 三好家南部戦線も風雲急を告げていた。

 ここで、病の床に伏して明日をもしれぬ命となっている現将軍足利義栄の存在が足を引っ張っている。

 彼が死んだ場合、三好家に代わりの将軍がいなくなってしまうのだ。

 で、その上に一乗院覚慶、今は還俗して足利義秋と名乗っている存在が更に問題をややこしくしている。

 それを細川真之や畠山高政は的確に理解していた。 

 足利義助の身柄を盾にして和議を要求。

 その為、勝瑞城を手前にして三好軍の進軍は滞っていた。 

 じわじわと三好家が真綿で首を絞められているのが分かる。


「更にもう一つ」

「まだあるのか?

 聞きたくないが言ってくれ」


 悪い時には悪い報告が重なるものだが、聞かないと更に状況が悪くなる。

 笑顔を強引に作って果心からの報告を聞こうとするが、その報告にあっさりと笑顔が崩される。


「土佐国八流の地にて長宗我部軍と安芸軍が合戦に及び、長宗我部軍が大勝利を収めたとの事。

 安芸軍は総崩れで、長宗我部軍は城を囲んでいるとか」


 早すぎる。

 史実より早い長宗我部の東土佐征服が視野に入りつつある。

 彼が安芸領を征服した後矛先はどちらに向かう?

 絶賛内紛中の一条か、更に大絶賛内紛中の阿波か。

 その選択の主導権は長宗我部元親にあって俺にはないというのがまたこの問題をややこしくしていた。

 一条家の内紛介入フラグが着々と立ちつつある中、とりあえず放置するしか無い現状が実にもどかしい。


「ご主人!

 味噌粥できましたよ!」


 男の娘の声で我に返る。

 見るとアジの干物も良い感じで焦げ目がついていた。


「とりあえず飯にするか。

 お椀を取ってくれ。

 その後で風呂だ」


 こうやって皆で食事を取るのも悪くない。

 そんな事を考えていたら、俺の隣に有明が座ってそのまましだれかかる。


「ねぇ。

 八郎……」


「しないぞ」


 お蝶が妊娠した事もあって有明のアピールが凄い。

 わからない訳ではないが、そんなに露骨にしなくてもいいと思うのだが。


「お蝶さん見て、やっぱり悔しいなぁって思って。

 駄目?」


 博多時代の太夫必殺技の上目遣いで俺を見るのはやめてほしい。

 色々と困るのだ。

 体が反応するし。

 有明はじっと俺の目を見て微笑む。

 こういう時負けるのというのが男というものだ。

 ため息をついて負けを認めた。


「一回だけだぞ」


「うん♪」


 もちろん、一回で終わる訳がなかった。

 ついでに、一人で終わる訳もなかった。

伊沢頼俊 いさわ よりとし

福良連経 ふくよし みちつね



1/14

椎茸栽培と網取り式捕鯨を加筆


10/29

こそっと上総掘りを加筆

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