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内政の時間 その3

 三間視察旅行の宿は、大森城の小野鎮幸の所にした。

 なお、途中までついてきてくれた渡辺教忠の河後森城は更に奥の土佐との国境にある。


「ようこそおいで下さいました」


「新城主になったお主が心配でな。

 様子を見に来た」


「殿のご配慮感謝いたしますぞ」


 小野鎮幸は武将としては優秀でも、決して領主としての才能を持っている訳ではない。

 何しろ後世に残った逸話に六十まで字を知らないなんて残っていたからだ。

 読み書きができないというのは、情報を見て考えることができないと言っているに等しい。

 なお、現在彼は必死に文字を勉強しているとは果心の情報。

 だからこそ、彼が領主としてすべての責任を背負うことになった時に、視察と称して彼の統治を心配して見に来たのである。


「で、うまくいっているのか?」


「殿の言いつけどおり『旧西園寺の法については現状そのまま踏襲』、『年貢の三年間免除』のおかげで問題らしい問題は起こっておりませぬ。

 村々の争いについては庄屋間で治めているみたいで、こちらに上がる揉め事はまだ来ておりませぬ」


 そうだろうなぁ。

 そういう場所にお前を置いたんだよなんて言える訳もない。

 ここに来た目的の一つが、その庄屋間での揉め事処理の中心に位置する人間に会いに来たのだから。

 その人物の名前は、土居清良。

 前の大森城主で、現在は帰農しているが先の戦では山手の一条軍を寄せ付けなかった知勇兼備の名将である。




「ようこそおいで下さいました」


 俺達に小野鎮幸を加えた一行は、三間にある妙覚寺の門前にある土居清良の屋敷に足を運んでいた。

 彼らからすれば前の戦の敵方大将がのこのこやってきたものでそこかしこから敵意を感じるが、暴発していない所が土居清良の慕われぶりを見せつけている。

 帰農したというが、出迎えた姿は長袴を穿いて腰には小刀、髪も正装の折り曲げの凛々しい若武者姿だった。

 彼のもとに行く事は先触れを出していたので、土居清良は笑顔の仮面をかぶりながら俺を歓待する。


「まあ、挨拶は後で。

 寺に来たので参りたい所がある」


「参りたい所?」


 こちらに縁者が居たのかと疑問の色を目に浮かべた土居清良に俺はその参る人の家の名を告げる。

 俺の目的を知っている着物をちゃんと着た有明や果心が花と線香を持って一歩前に出た。


「土居家の墓に参らせてくれ。

 大友の血を引く者が参るのは快くはないだろうが、けじめはつけておきたい」


 それを聞いた土居清良は驚きの色に変わる。

 とはいえ、彼とて戦国を生きた男の一人。

 表情は変えずにそれを了承した。


「この寺に一族の墓があります。

 案内しましょう」


 土居清良は歴史では三間の民に慕われるだけでなく、長宗我部軍の侵攻を防いだ名将としてこの地にその名前を刻む名将の一人である。

 取り込みたいと思ったが、彼はそれを拒絶してこの地にて農家として生きることを選んだ。

 ならば、それを尊重しつつ、彼の気が変わるのを待つつもりである。

 俺は土居家の墓に手を合わせる。

 その姿を土居清良はなんとも言えない顔で見ていた。




「で、こちらに来られた本当の理由をお教えいただけませぬか?」


 墓参りの後、妙覚寺の本堂にて俺に問いただすのは桜井武蔵。

 土居清良についていた軍師で、若武者土居清良の知恵袋でもある。

 彼がこうして前に出てきた以上、こちらの本音を伝えようと思った。


「小野鎮幸に彼を見せておこうと思ってな」


「それがしにですか?」


 疑問符を顔に浮かべる小野鎮幸に俺は真面目な顔で言い切った。

 あえて土居清良の方を見て説得力をもたせた上で。


「小野鎮幸。

 お前が領主として無事に過ごしたいのならば、彼は絶対に殺すな」


 妙に生々しい言い回しに反応したのは桜井武蔵である。

 さすがに殺すなという言葉に反応せざるを得なかったのだろう。

 口調も若干厳し目になっている。


「それがしが言うのは筋違いですが、理由をお伺いしても?」


「小野鎮幸は馬廻から抜擢した男で、領主としてはここが初めてだ。

 で、領主になると色々と耳に入るが同時に、悪いことが聞こえにくくなってゆく。

 驕るのだよ」


 領主は領内における全権を行使できる絶対者だ。

 だからこそ腐る。

 良いことしか耳に入らず、悪いことが聞こえなくなる為に。


「俺だって同じだ。

 気づいたら大名をやっているが、確実に腐るだろう。

 それぐらいこの権力というのは毒があって美味いのだよ」


 竹筒に入った清水を飲み干す。

 俺も権力という毒に溺れかねなかったと自戒しつつ。


「逆らう者全てを殺したら領内は治まる訳がない。

 かといって、手を緩めればなめられる。

 ままならんが、それが城主というものだ。

 で、己が毒に狂わぬ為に外に秤を作っておく必要がある」


「秤?」


 声を出したのは土居清良。

 彼自身が秤というのは感づいたらしい。


「新しく領地を手に入れた場合、その民は三つに割れる。

 新領主につくやつ、旧領主につくやつ、どちらにもつかないやつだ。

 領地を楽に統治するならば、旧領主につく連中を潰した方が手っ取り早い。

 だが、それだと毒に蝕まれた時に気づけない。

 だからこそ残しておくのさ」


 まぁ、偉そうなことを言っているが、俺自身は猫城から一貫して人に丸投げというスタイルである。

 だが、俺自身を律していたのは、毛利元就の謀略であり大友宗麟の粛清への恐怖だった。


「小野鎮幸。

 良き統治を心がけていたらそれは問題がない。

 だが、己が驕りだしたら、土居清良の元に民が集まって一揆が起きるぞ。

 そうならぬように常に気をつけておけ」


「はっ」


 小野鎮幸のかしこまった声に桜井武蔵はなお不思議そうに首をひねった。

 そして、素直にそれを口に出す。


「わかりませぬな。

 正直に申し上げて、今日こちらにお見えになられたのは土居清良様を滅ぼしに来たか、取り込みに来たと思っており申した」


「取り込めるならそれに越したことはないが、ちと時間がなくてな」


「時間?」


 その声に反応したのは有明だった。

 彼女は俺が最低一年は南予に居るという事を知っているから現在子作り活動中なのだ。

 その時間がないと理解すればその活動を自粛しかねないので俺は慌てて首を横に振った。


「この地にいる時間が短くなる事ではない。

 むしろ長くなりかねん。

 それが頭を悩ましておってな」


「……一条殿の事ですな?」


 桜井武蔵が割って入る。

 土居清良と渡辺教忠は顔見知りの仲と聞く。

 絶賛混乱中の一条家の内紛のことは知っているのだろう。


「ああ。

 三好殿が治める京の情勢がよろしくない。

 恩義がある俺は恩を返しに畿内に行きたい所だが、領内を整えてからでないと兵すら出せぬ。

 最低一年、長ければ三年はこの地にて腰をすえるつもりだった」


 若干だがこの話には嘘がある。

 兵は最悪三好家が用意してくれるから、こっちはそのまま渡ってもいいのだ。

 とはいえ、ある程度連れてゆくのと連れてゆかないのでは発言力に影響がある。

 戦というのはそういう所でもやっかいなものなのだ。


「だが、ここで一条家に絡むと畿内に出る時間がそれだけ遅くなる。

 頭の痛い所よ」


 戦の準備で三ヶ月、戦そのもので半年ぐらい、後始末と統治に一年という所だろうか。

 約二年もの時間がそれだけ上積みされる。

 旧西園寺領の内政と並行作業で進めても三年は確定。

 その三年間、現在の将軍である足利義栄の命が持つとは思わない。

 つまり、畿内で致命的な混乱が発生した時に俺が居ない事が確定してしまう。

 これが一つ。

 次に一条家に介入すると長宗我部元親が出て来る。

 土佐一国で野心がおさまるかどうか微妙と俺は判断していたが、一条家に介入するという事は土佐統一すらできない事を意味する。

 長宗我部元親が我慢できたとしてもその家臣達が収まらない可能性が高い。

 現状できないが速攻を狙って一条家に即時介入すると安芸攻めの背後を脅かす事になるので、長宗我部の俺に対する感情は急激に悪化するだろう。

 かといって、安芸攻めが終わったあとで介入しても『美味しい獲物横取り』と思われるのは目に見えている。

 長宗我部元親の動員兵力は現状で七千。

 安芸家を征服して統治に支障がなくなったら一万ぐらいまで増える。

 こちらの動員兵力は本国豊後の増援が無い場合、一条家親大友派の兵を足して八千。

 しかも、対毛利最前線でもあるからそこの兵は引き抜けず、この兵数は更に下がる。

 戦国に名が残るチート武将相手に寡兵で戦いを挑むなんてマゾゲーはしたくない。


 じゃあ、本国豊後から後詰を頼めばなんて案は即却下。

 そもそも南予は対毛利第二戦線としての意味が最優先で、後詰を求めたら主戦線である筑前に送る兵が減ることを意味する。

 そんな本末転倒はしたくはない。

 で、介入しないという選択肢も無いわけではない。

 だが、大友一族でもある一条家を見殺しにする形になるから、大友家の威信に傷がつく。

 で、隣りにいた俺に『何で介入しなかった?』と粛清の大義名分がついてしまいかねない。


 まとめると、一条家に介入しなかったら、大友家からの粛清フラグ再び。

 介入したら、高確率で長宗我部元親を敵に回す上に、今の俺にとって金銀財宝より貴重な砂時計の砂を大量に消費する事になる。

 畿内における対織田戦を想定する最善ルートが、一条家介入の上に長宗我部元親を寡兵で撃破するという戦術で勝ちを拾わねばならなくなったのだ。

 渡辺教忠の言葉を聞いて、『あ。これ、詰んだ』と嘆息したのはこんな理由である。


「で、大友殿はどう動かれるので?」


 桜井武蔵が突っ込んでくる。

 渡辺教忠に流すのかもしれないなんて思いながら、現状の方針を口に出す。


「渡辺殿から頼まれた三好殿への文は送るさ。

 一条家については現状手は出せぬ。

 こちらも戦が終わったばかりだからな」


 消極的現状維持である。

 詰みなのは分かっているが、手がないわけではない。

 毛利元就が俺に対してしたように俺もこの時点で損切りをする事にした。

 大友家に対してだ。

 一条家の崩壊までまだ時間があるので、それを前提に大友家に対してロビー活動をしてヘイトを落としておく。

 大友家三大支族の一つ田原家の継承者であるお蝶を奥に入れた事で、豊後でのロビー活動がしやすくなったのも大きい。

 

「とにかく、今は領内をまとめるのが先決。

 それなくしては何も出来ぬ」


 そして俺は小野鎮幸の方を見る。

 彼に送る言葉と共に、その選択を突きつけた。


「小野鎮幸。

 俺に仕えるというのは、九州から四国から畿内まで派手に移動することを意味する。

 このままここで過ごしてもよし。

 だが、九州や畿内で戦をするならば、この領地を土居清良に返してやることも覚悟しておけ。

 その代わり、ついてくるならばその分報いてやることは約束するぞ」


 俺の示した選択肢に対して、小野鎮幸は笑った。

 何を当たり前だと言わんばかりに。


「その戦とは派手になるのでしょうな?」


「ああ。

 九州で大友と毛利合わせて八万の兵がぶつかる大戦だ。

 畿内はもっと凄いぞ。

 三好と織田合わせて十万は固いが、更に増えるだろうよ」


 小野鎮幸は満面の笑みを浮かべる。

 餓狼が獲物を見つけたかのように。


「お忘れですか?

 それがしは、殿が武名を轟かせた畿内の戦に参加したくてついてきたのですぞ。

 そんな話を聞けば、将として参戦したくなるではありませぬか」


「ならば、しっかりと領内を治めてみせよ。

 土居殿。

 どうか小野鎮幸の良き手本となってくだされ」


 俺が土居清良に頭を下げた。

 主君が下げたのだからと小野鎮幸や有明も同じように頭を下げる。

 土居清良が半ばやけに近い声で桜井武蔵に言い放つ。


「負けよ!

 負け!

 頭をお上げくだされ。

 桜井武蔵。

 俺は大友殿を主と認めるぞ!!」


 何か言おうとした桜井武蔵を手で押しとどめる。

 そこに土居清良の将器が見えた。


「討ちもせず取り込みもせずに、手本となれとだけ頼んで頭を下げる大名が何処にいる?」


 土居清良は楽しそうに笑う。

 その笑顔がきっと彼の素の姿なのだろう。

 だからこそ、三間の民は彼についていったのだ。


「大友殿が領内で色々な事をしているのは耳に入っております。

 それを民が喜んでいるという事も。

 どうが、それがしにもそれを手伝わせてくだされ」


 あれ?

 俺、本気で取り込み長期戦を想定していたのだが……まぁいいか。




 土居清良を千貫で奉行として登用した結果、手の回らなかった領内の内政がやっと軌道に乗るようになる。

 彼の家臣は桜井武蔵だけでなく農巧者である元武士の松浦宗案もおり文武揃っているのが実に魅力だった。

 三間の民に慕われている彼が参加したことで、毛利に行かなかった旧西園寺家の家臣たちが参加しだしたのも大きい。

 彼の勧めに従って俺自身が登用に出向いた結果、今城能定や竹林院実親も登用に応じてくれ、同じく千貫で奉行として働いてもらっている。

 桜井武蔵は兼帯三百貫で浪人衆の足軽大将をやってもらい、最近は白井胤治と軍略を楽しそうに語っているらしい。

資料だと、永禄3年(1560年)に大友軍が西園寺家を攻めたとありますが、この話ではそれが発生していません。



桜井武蔵 さくらい たけぞう

松浦宗案 まつうら そうあん

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