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許斐岳合戦 その1

「門司で大友が負けただと?」


 鍋島直茂との会談の翌日。

 予想はしていたが、将兵の動揺はこちらにも伝わっている。

 大鶴宗秋はかなり正確な情報を与えられているらしく、その詳細を教えてくれた。


「はっ。

 先日門司城総攻撃の下知が下され、毛利がこれに後詰を出し周辺で激闘の末敗退。

 竹田津則康、吉弘統清、一万田源介、宗像重正、大庭作介らが討ち死に。

 軍勢は豊前松山城まで下がって、体制を立て直すとの事。

 お屋形様も本陣を豊前箕島城に移し、城攻めを続ける所存」


 まだまだ大友軍の戦意は高いと見るべきか。

 そんな事を考えていたら、ふと気になる名前に気づいた。


「待て。

 宗像重正とは、宗像家に縁の者か?」


「はっ。

 分家筋で宗像鎮氏殿と行動を共にされ、鎮氏殿が滅んだ後大友家に身を寄せて再興を目指しておいででした」


 つまり、宗像攻めの駒が一つ消えた訳だ。

 このまま行けば、間違いなく門司攻めは大友の敗北に終わる。

 そうなる前に、反大友傾向の強い国人衆を潰しておくというのは選択肢としては正しい。

 逃げるためにも門司合戦は終わらせないといけないが、終わった後に反乱祭りが発生したら否応なく大将として駆り出されかねない。

 身代わりは絶対に必要だった。


「大鶴宗秋。

 肥前中野城城主の馬場鑑周に繋ぎを取れ。

 匿っているであろう少弐政興殿を引っ張りだすぞ」


「八郎様!

 まだそのようなことをおっしゃいますか!!」


 大鶴宗秋の諫言を俺はあえて止める。

 先が見えるからこそ、俺は大鶴宗秋の口を止める切り札があった。


「敗北は勝利にて取り返せばいい。

 宗像攻めはまたとない勝利になろうて。

 それが、毛利が仕組んだ罠だろうとな」


「罠ですと?」


 大鶴宗秋の顔が驚きに変わる。

 彼もここまでは教えられてはいないらしい。


「臼杵鑑続が教えてくれたよ。

 火山神九郎に毛利の息がかかっていると」


 ここからは俺のアドリブだ。

 だが、こうなる可能性が高いという演技をこめて大鶴宗秋に顔を近づけて小声で話す。


「門司の背後で火が出れば、大友は浮き足立つ。

 水軍衆がなければ、大島に逃げる宗像家を滅ぼす事はできぬ。

 そして、毛利の水軍衆の後詰が受けられる。

 見え見えの罠だな」


「では、何故今踏みに行くので?」

「門司で毛利が勝ったからさ」


 大鶴宗秋の質問に俺は即答する。

 大友の敗北ではなく、毛利の勝利と言った所にこの話の肝がある。


「戦というのは勝ち逃げが難しい。

 今回みたいにまだ相手がやる気になっている時には特にだ。

 だからこそ、他の所に火をつけて門司から目を逸らせようとする。

 それが宗像だ」


 こちらの立場で見ると大苦戦に見えるが、大友以上の大苦戦に陥っているのが今の毛利家なのだ。

 それを忘れないのならば、打てる手は広がる。


「だが、毛利が火をつける前に別の輩が火をつけた場合どうなる?

 今の毛利は門司でも、宗像でも負けられぬのだよ。

 それだけ、尼子に敗けたのは影響が大きい。

 宗像で火がついたら、水軍衆を中心に必ず後詰がでる。

 門司に送れる後詰が減るんだ」


「!?」


 この時代の人間の頭に日本地図が入っている事はまずない。

 もちろん、背後から突くぐらいの戦略はあるだろうが、石見銀山の重要性とそこが毛利領の急所、山を超えるが毛利の本拠地である吉田郡山城を直撃できる位置にあるという事を知っている九州の人間はとても少ない。

 そして、大内と尼子の間で発生した吉田郡山城攻防戦を毛利は、いや、毛利元就は絶対に忘れてはいない。


「大軍を集めるにも兵糧がかかる。

 こっちは博多があり、最悪銭でかき集められるが、毛利は船で送らねばならぬ。

 飢饉のひどい中、先に根を上げるのは毛利だ」


 大友と毛利の地政学からみた絶対な優位点。

 毛利は本拠が危ないのに、大友は本拠が安全な点。

 だからこそ、大友二階崩れなり、小原鑑元の乱なりは、府内で兵乱が発生させないといけなかったのだ。

 臼杵鑑続の遺言はしっかりと俺に大友の優位点と欠点を教えてくれていた。

 だからこそ、謀反粛清という地雷を踏まずに済む。


「あくまで少弐再興を旗印に『怨霊騒動で宗像家の統治不手際を正す』という名目だからこそ、この戦を大友から切り離せる。

 裏で大友が操っているのは感づくだろうが、大友は黒子の立場だ。

 全戦力を門司に向けて攻め続ければいい。

 少弐と宗像の戦など、門司の戦の前ならば小事よ」


 一度言葉を止める。

 大鶴宗秋の顔を確認して、こっちの話に疑いを持っていない事を確認して続きを口にする。


「そういう訳で、これに正面からあたったらろくでもない事になる。

 ならば、少弐殿にその功績を譲るさ。

 少弐家は太宰少弐から来る筑前守護も務めた名家。

 復興を手助けすると囁けば乗ってくるし、博多からも銭を引っ張りやすい」


「そこに八郎様の取り分はいかほどあるというので?」


 大鶴宗秋がこっちを睨みながら尋ねる。

 ここで取り分なしなんて本音をぶちまけたら計画が水泡に帰する。

 最低限の理は主張しておこう。


「宗像領丸ごと少弐殿が統治できると思うか?

 どっちにせよ、監視は必要だ。

 その際に城の一つでももらうさ。

 博多において前に滅んだ菊池の遺児と、先ごろ滅んだ名門少弐の生き残り。

 銭を出すのはどっちだと思う?」


 この話の売りは、ローリスクな所にある。

 俺自身が銭を集めて、大将として戦う必要はない。

 軍監として出陣はするかもしれないが、それならば手勢は大鶴宗秋の手勢だけで事足りる。

 そして、大功ではない代わりに、失敗しても問題がないという点がすばらしい。


「八郎様は己が名前を売ろうとはせぬのですな」


 ため息一つ。

 それで大鶴宗秋は折れた。

 それに俺は本音を言えずにただ薄く笑うのみで答えた。




「少弐政興と申す。

 此度は、落ち目の我らに手を貸して下さるとかで。

 大友の御曹司殿は器が大きいと見える」


「菊池鎮成と名乗っております。

 あくまでただの浪人という事で。

 一旗あげるのも苦労なもので少弐の名をお借りしようかと」


 少弐政興の方が年上なので、ここは彼の方を立たせる。

 大友の御曹司という名で尊大に振る舞うと考えていたのだろう少弐政興の顔から、想定外の汗が浮かぶがそれは見ないことにしておく。

 少弐政興と会うのに原田宿に数日滞在した。

 その間、大鶴宗秋は各所に連絡を取って、俺の策を現実化させてゆく。

 高橋鑑種に報告して了解をもらうと、彼の働きによって神屋紹策から多額の資金援助の約束が取り付けられた。

 火山神九郎の方に薄田七左衛門を送って俺の名前で宗像攻めを了解して、許斐岳城を攻める事を伝えておく。

 これで彼が宗像側に俺の事を売ったとしても、そこに現れるのは想定外の少弐軍という事になるだろう。


「表向きは大友家の門司攻めへの後詰として領内を通過する事になっておる。

 既に、馬場鑑周だけでなく、多久宗利、波多盛、宗義調が助力を申し入れておる」


 思った以上の名前に俺は唸らざるを得ない。

 特に、対馬の支配者である宗義調が参加したというのは、水軍衆で劣っていた大友にとって大きな支援となるだろう。

 それぞれが数百ずつ兵をつけてくれたとして、二・三千ほど集まる。

 十二分に戦はできるだろう。


「それは重畳かと。

 我らも手勢を率いて戦う所存。

 思う存分少弐の武威を宗像に示して下され」


 会談はあっさりと終わる。

 水軍衆が多いこともあって、少弐軍は一度博多で集まってから宗像に向かうことになっている。

 その為、大将である少弐政興が先に博多に入る必要があって先を急いだのだ。

 寄せ集めの手勢だと、大将が動く動かないで統制が違うので、このあたりができる少弐政興は一角の武人と言えるだろう。


「さてと、俺達も出るか。

 大鶴宗秋は城に戻って手勢を集めてくれ」


「お待ちを!

 高橋鑑種殿から、初陣の手助けをせよと命じられております。

 我らもこの戦に加えて下され!!」


「それがしも同じく!!」


 立ち上がった俺に北原鎮久と後に控えていた帆足忠勝が申し出る。

 帆足忠勝は旧筑紫家の家臣で、功績を欲しての参加である。

 大鶴宗秋の他に、この二人の手勢を加えるとこちらも千程度は集まるだろう。

 あえてここで断る理由もないので、俺は了承する。


「構わんぞ。

 どうせ俺は飾りよ。

 戦となったら守ってくれよ」


「「「仰せのままに!」」」


 三人から一斉に声がかかるのを後ろにして俺は宿の部屋に戻る。

 一人、本を作っていた有明から声がかかったのはそんな時だった。


「八郎あてに仕官したいって物好きが来ているわよ。

 柳川調信って名乗っているけど、どうする?」



 こうして、俺以外の人間には俺の初陣として認識される宗像合戦が始まる。

 それは、ただのヤラれ役でしかない俺という存在をいやでも変える戦になった。 

宗像重正の設定はもちろんこっちの捏造


竹田津則康 たけたつ のりやす

吉弘統清  よしひろ むねきよ

一万田源介 いちまだ げんすけ

宗像重正  むなかた しげまさ

大庭作介  おおば さくすけ

馬場鑑周  ばば あきちか

少弐政興  しょうに まさおき

多久宗利  たく むねとし

波多盛   はた さこう

宗義調   そう よししげ

帆足忠勝  ほあし ただかつ

柳川調信  やながわ しげのぶ

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