肥前大乱 その5
順調に絡みつく地縁血縁の糸にもがく主人公の明日はどっちだ?
作者にも分からない……(資料的な意味で)
戦国時代の有数の国際商業都市博多。
その姿は一面であり、この街はさらに複数の姿を実は持っている。
博多百堂と称される仏教寺院群を持つ宗教都市としての姿を。
中華文明の辺境部に位置するこの国が文明と技術を受け入れた時に仏教がやってきたのだが、彼らがやってきた理由は布教以上に彼ら僧侶が当時最高級の知識階級だった事があげられる。
文明の吸収に知識階層の育成と強化は避けては通れず、その代償としての仏教の流入と考えるとある意味わかりやすいだろう。
なお、現在はこの流れでキリスト教がこの街にやってきている訳だ。
だから、この街には中華街とキリスト教寺院が混在している。
もちろん、神社だって負けてはいない。
博多総鎮守と称される櫛田神社や少し離れた太宰府に鎮座する太宰府天満宮、箱崎宮や香椎宮等の神社も博多を彩っているのだ。
それらが教育機関として人材を周囲に送り出している学都としての側面もこの街にはあった。
見るもの全てに変幻自在な姿を魅せる自由奔放で情熱的な女のような街。博多。
その繁栄を築いたのが、高橋鑑種という男である。
だが、実質的に博多を押さえる大名は別にいる。
『西大友』と呼ばれる繁栄を誇り、大内家や少弐家の間を泳ぎまわり、ついに粛清されて豊後から一族が送り込まれた立花山城を中心に博多一帯を支配する立花家。
俺が追い返せない要人の一人で、太宰府行きを中止して神屋の茶室で日田親永と共に俺は立花鑑載相手に茶を立てていた。
「感謝いたしますぞ。御曹司。
日田親永を雇っていただいて」
立花鑑載は実に嬉しそうに甥を眺める。
だったら、立花鑑載が雇えばという話なのだが、彼が育った日田から連れ出すには財津家の許可が居る。
ある意味、立花鑑載の差し出した人質とも言えなくはなかったのである。
それを俺が引き取って、立花鑑載に会わせたのである。
いくら感謝してもし足りない所なのだろう。
なお、大友家に史実通り謀反を起こす場合、足かせが無くなったという事を意味する。
「どうする?
立花家に移るか?」
日田親永にわざとらしく尋ねると、日田親永はただ首を横に振る。
「雇っていただいたばかりで他家に移っても、信用されませぬ。
雇われただけの奉公はお返し致したく」
ある意味分かっていた反応である。
だから、それを踏まえたうえでの妥協策という風にみせかけて立花鑑載に媚を売った。
「博多に蔵屋敷を構える。
柳川調信の下について、留守居役としてここに滞在せよ」
「はっ」
どうせ、管理は神屋や柳川調信任せである。
苗字が違うが立花一族ともとれる彼を博多に残すことの意味を、立花鑑載が分からないはすがないだろう。
立花鑑載が何で謀反を起こしたのか、正直読み切れなかった。
門司合戦の勝利から大友の武威は上がり、博多の繁栄は凄いものになっている。
怨恨という線もない訳ではないが、このあたりは仕掛けを組んだだろう高橋鑑種もしくは毛利元就に聞いてみないと分からない。
だからこそ、これで彼が謀反を起こさないならば安いものだ。
ここまでは挨拶みたいなものだ。
「実は、宗像郡代になられた御曹司に相談したき事があり申して」
ほらきた。
厄介事である。
高橋鑑種と共に毛利に寝返るキーパーソンである立花鑑載のお願いである。
彼が箱から取り出したのは黄金で出来た猫の像である。
それが何なのか俺は知っていた。
「金の猫……宗像の家宝、存在していたのか……」
「此度の戦の費用にと置いて行かれました。
これを御曹司に引き取っていただきたいのです」
金の猫。
これは宗像家の家宝なのだが、それを欲した少弐資元が宗像家から奪い取り、それが理由で当時の宗像大宮司宗像氏佐が自殺。
宗像家をはじめとした筑前国諸侯を大内家に走らせ、少弐資元はその後大内家の攻撃に耐え切れず本拠地太宰府を捨てて佐賀で自害するといういわくつきの家宝である。
高価なものではあるが、俺に買い取りを求めるほど立花家に銭が無いとも思えない。
「引き取れというのならば言い値で引き取るが、それだけではないだろう。
何を狙っている?」
あえてこちらから誘い水を向けると、立花鑑載は本題を告げた。
正直、それは想定していなかった件である。
「少弐殿が残した許斐岳城を引き取ってもらいたいのです」
「っ!?」
ちょっと待て。
あれだけ土地に固執する武家が領地の放棄を言い出しただと?
あげくに、それを引き取れって……
嫌な予感が頭をもたげた。
「まさか、そこまで領内が荒れていると?」
立花鑑載の無言が、正解と告げていた。
門司城合戦の前から、宗像家はお家騒動に絡む祟りのせいでかなり荒れていた。
そして、門司合戦に連動した俺達の介入に領土の半分近くを奪われる羽目に陥った。
奪った領土は合戦で荒れる訳で、宗像家は宗像大社を抱えて水軍衆からの交易収入で家をある程度は回復させつつあった。
問題は、その奪った領土をもらった俺と少弐政興である。
俺は早々に領地放棄を見据えて柳川調信に丸投げし、商才があった彼は軍事費には過剰に投資せずに領地を復興させた。
だが、肥前帰還を最終目的と考えていた少弐政興は、兵を作るために仮の住まいとして容赦なくこの地から搾り取った。
そして、それを強力に押した連中が居た。
「読めたぞ。
荒れた領地の買い取り、最初に話を持って行ったのは対馬の宗家だな」
少弐政興のスポンサーであり、食料自給ができない対馬の悲願である内地の食料供給源と自前の港確保に、許斐岳城とその周辺領地は最適だったのである。
派手に銭を出し、領地が荒れても心配ないと焚きつけたので、竜造寺優位の現在の戦局が固定化したら全ての企みが無駄になる。
そして、対馬宗家が九州に拠点を構えるという事を、博多を抱える立花家は看過できない。
博多向けの荷が、津屋崎あたりでおろされるからだ。
「で、俺に買い取りを持ちかけたと。
金の猫あたりはおまけで、俺に荒れた領地の復興をしてくれと来たか」
「許斐岳城とその周辺は農民たちの逃散が相次いでおり、我らとしても商売敵が出てくるのは困る所。
宗像郡代である御曹司が引き取っていただけるならば、宗家も強くは言い出せないでしょうな」
「俺が津屋崎に港を作ったらどうするんだ?」
「そこは御曹司ですからと諦めましょう。
御曹司は博多の害になる事はしないと柳川殿から聞いておりますので」
なるほど。
朝鮮半島という仕入れルートを握っている宗家に拠点を作られるよりも、放置で復興に力を注ぐ俺の方がましという判断か。
俺が津屋崎を作っても、博多の避難先にしかならないあたりを読んでいるな。
立花鑑載にここまでの段取りが作れるとは思えない。
柳川調信と高橋鑑種の連携プレーなのだろう。
普通の侍なら大喜びだろうが、俺からすれば大迷惑極まりない。
俺も茶を堪能しながら、ため息をつく。
「とりあえず、それは肥前が治まってからだ。
波多に入った少弐殿が無事に肥前に根付くかどうかで違ってくるからな」
「それも実は御曹司に話したきことが」
待っていたとばかりに俺は立花鑑載の、いや、高橋鑑種の罠に飛び込む。
彼は荒れた少弐領を俺にくれてやる替りのあてがあったから、この提案に乗ったのだと。
「少弐殿の肥前入りを邪魔した高祖城主原田親種には検使として何がしらの釈明をお願いしたく」
立花鑑載の茶会の後、とにかく手勢が揃わないと何もできないのでおとなしく待つことにした。
まあ、俺の早すぎる到着のせいなのだが。
「この街も私達が離れてから随分賑やかになったわね」
時間ができたので有明を連れての博多ぶら歩きである。
もちろん、二人でうろつく訳にも行かずに果心や明月、井筒女之助あたりがくっついてきている。
「さわるなよぉ!」
「えへへ。
かわいいなぁ」
翌日の船で合流した田原新七郎と日田親永も俺たちについてくる。
で、年下の田原新七郎をおもちゃと見た井筒女之助が現在かわいがり中。
多分田原新七郎はあの男の娘を女の子と勘違いしているな。
面白いから放置しておこう。
「兵の到着はどうなっている?」
俺の質問に答えたのはやはりついてきた田中久兵衛である。
なお、財布役として色々な物を買う時の交渉役として重宝していたり。
「入田様の手勢は今日にも博多に着くと。
多胡殿の手勢も明後日には到着するかと。
馬廻と一万田殿の手勢が着くのは三日後以降でしょうな」
千数百人の兵を連れてくるだけで一週間かかるというこのタイムラグがもどかしい。
だが、この戦国時代において格段に早い為に、周りが対処に追いついていない。
博多に滞在しながら、俺は兵の到着を待つしかなかった。
そのタイミングでの原田攻めの示唆である。
何か企んでいると感づかない方がおかしい。
「兵は郊外に陣取らせよ。
博多の町衆に迷惑だけはかけるなよ」
「はっ」
博多は自治都市である。
その為に町衆の力が強い。
ついでに宗教都市でもあるから坊主の力も強い。
博多の商人達が隠居後に坊主になるのはそれなりの理由がある。
中世の寺社は武力を持つ政治的中立性を擁していたからだ。
つまり、商売の利益を侍に勝手にぶん取られない武力と政治的中立性を有していた為に、財産を守るために仏門に入ったのである。
何しろ、この街は少弐・大内・大友・毛利と大名達が血まなこで奪いあった過去がある。
ここで略奪を避ける商人達の知恵と言えよう。
「へー。
こっちにも南蛮街があるんだ」
博多は初めてな井筒女之助が教会と周囲の建物群に感嘆の声をあげる。
博多に南蛮人の布教許可を出したのは大友義鎮だったりする。
戦火にさらされなかった博多の繁栄を支えている一翼はこの南蛮人達にあるのは間違いがない。
……どんな取引をしているかについてはあえて言うつもりもないが。
「僧侶の数も多いですね」
「まあ、門前町としての側面もあるからな」
果心の呟きに俺が返事を返す。
ここの寺は古いのが多い。
弘法大師空海が建立した寺としては日本で一番古いお寺になる真言宗の東長寺。
うどん・そば・まんじゅうなどの粉物食文化をこの国に伝えた臨済宗の承天寺。
日本最古の禅寺でお茶の発祥地でもある臨済宗の聖福寺等。
この地からこの国に広まった物の多くに僧侶が介在している。
「鍛冶屋も多いですな」
「そりゃ博多だからな。
堺と同じく買えない物は多分無いぞ」
武具に目が行っていた田中久兵衛に俺が声をかけて鍛冶屋に飾ってあった短刀を手に取る。
こちらでは比較的知られているが、畿内では中々お目にかかれない槍の名前は俺の守り刀と同じである。
「菊池槍。
元々は短刀を竹に刺して槍の代わりにしたというのがはじまりだ。
穂先だけ作って竹は取り替えればいいという発想なんだが、それだったら素直に槍を作ったほうが良いと廃れたものさ。
とはいえ、肥後の菊池一族を中心に九州には結構広がっているんだな。これが」
「またどうして?」
菊池槍と称する短刀を手にとった田中久兵衛が俺に尋ねる。
あの様子だと買うのかもしれんと、鍛冶屋にかわってセールスをしてみせる。
「一つは武家の親が子供に買ってやるのさ。
大将はともかく、侍だと槍働きが大事になる。
で、槍ってのは体格に合わないと威力が落ちる。
穂先しか無くて、柄の取り換えで済むから長く使えるんだ」
足軽が隊列を組んで槍を使う場合は『叩く』がメインになる。
だが、侍が己の功績を得るために敵を討ち取る場合は『突く』がメインになるのだ。
槍一つとっても使い方が違うため、その練習と己の身体へカスタマイズしやすさがこの菊池槍の売りである。
「もう一つは安さ。
侍が使う槍は上質故に高いだろう?
戦のあとの手入れも大変だ。
だけど、これだと外して鍛冶屋に持ち込めるという訳だ。
足軽から名を上げて、侍になったばかりのやつがよく使うんだよ」
「お武家様詳しいですなぁ」
「何、肥後の生まれでね。
菊池槍の上質なのを四本ばかりもらおうか」
「ありがとうこざいます」
鍛冶屋の主人がほくほく顔で上質な菊池槍を四つほど持ってくる。
田中久兵衛に銭を払わせたあと、彼と田原新七郎と日田親永にそれぞれ菊池槍を手渡す。
「二人には初陣祝いだ。
高いものではないが、残るものだから適度に使い潰すといい。
田中久兵衛は、俺の話こみで目をかけた足軽にそれをくれてやれ。
良い奉公をすると思うぞ」
「……それがしが使うのはだめなので?」
嬉しさ半分、残念半分の顔で田中久兵衛が苦笑するので俺も同じように笑う。
「お前も侍になったんだ。
与える人間になるんだな」
「もしかして、大友主計助様でございまするか?」
こういうブラ歩きでも気にせずに声をかけてくる連中というのは居る。
適当に聞き流して、言質を与えずに追い返そうと思ったら、とんでもない名前が飛び込んできた。
「肥前国三瀬城主神代長良と申しまする!
竜造寺の卑劣な策に城を奪われて、一族と共に高祖城の原田親種殿の世話になっており申す。
何卒、我らを助けて下され!!」
これ、どうしろと?
宗像氏佐 むなかた うじすけ
少弐資元 しょうに すけもと
神代長良 くましろ ながよし




