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人が集まれば派閥ができる

 今回の帰還に伴って、俺達は府内に屋敷を構える事になった。

 別名人質兼大使館という感覚でいいと思う。

 発展著しい府内において、唯一の大友一族である俺の屋敷を提供してくれたのは豊後でしぶとく勢力を維持していた雄城家である。

 加判衆にもなった大神一族だけあって、その屋敷は立派なものだったりする。

 これまで仲屋乾通の屋敷に滞在していたが、これで引っ越す事になる。


「賑やかになってきましたな。御曹司」


 そう言って、郎党に招かれざる客を追い払わせているのが雄城家当主の雄城治景。

 有明の養父となっている男である。

 女達は屋敷の奥で、雄城家の女子と共に女子会の最中。

 十河重存は丸目長恵と田中久兵衛等を連れてお見合いをしており、畿内で雇用した軍配者の白井胤治は俺の紹介状を持って角隈石宗から軍学を学んでいるはずだ。


「笑い事ではありませぬぞ。

 義父上」


 ただの名貸しからはじまった付き合いだが、気づいてみれば雄城家は俺に全賭けをしている。

 それぐらい、大友家中における他紋衆、しかも大神系国人衆への視線が厳しいという事なのだろう。

 雄城治景は真顔に戻って、ぽつりと本音を漏らす。


「お屋形様の異教への関心に家中で気にする者もおります。

 宇佐八幡を焼いた事も含めて、それが正しかったのかそれがしには分かりませぬ」


 雄城治景失脚のきっかけは、南蛮貿易とセットになっているキリスト教布教に反対したからだ。

 佐伯水軍を見れば分かるとおり、大神系国人衆は水軍持ちが多いから利害がバッティングしたとも言える。

 この最後の大物大神一族の失態を大友同紋衆が見逃すわけが無かった。

 それでもこうして府内に屋敷を構えて俺達を受け入れる程度の権勢を残しているあたり、この人の政治的遊泳術は凄いものがあると思うが。


「御曹司は寺暮らしをしていたとか。

 神仏については学ばれたのでしょう。

 どうか、そのあたりを忘れないで下され」


 なるほどね。

 キリスト教崇拝に疑念を持つからそのあたりの気配がない俺にカウンターを頼むと。

 既得権益と化している寺社系列は解体しないと大名権力と対立してしまう。

 そういう意味では、キリスト教という異教を利用してそのあたりの利権を解体したという見方もできなくはない。

 まぁ、大友家の場合、かなりガチでキリスト教にのめり込んで耳川大敗のフラグに繋がったりするのだが。


「覚えておくさ。

 ちなみに、焼いた宇佐八幡だが復興したのか?」


 雄城治景の言葉に俺は納得せざるを得なかった。

 その銭を出した名前と資金源に心当たりがあったのだから。


「はい。

 仲屋殿が主導し、今は大友の権威に相応しい宮にしているとか」




 肥前情勢について情報を集めつつ、検使としての手勢の再編成を行う。

 合戦上等の戦国時代だからこそ、仲裁側も武力が必要なのだ。


「それがし、豊後国○○荘の……」

「我こそは、××家の……」

「戦があると聞いて!」


 帰れ。

 という訳で問答無用に屋敷より叩きだす。


「若狭の戦の話が広がったのでしょうな。

 ここしばらくは大きな戦は無かったので、功績に飢えているのでしょう」


 俺の監視として畿内にくっついていった九州勢は俺経由で大友家から感状をもらっている。

 俺自身はそれとは別に働いた彼らに銭を渡しているから、当然その話は大友家中に広がるのだ。

 更に皆を刺激したのが、大鶴宗秋は家を嫡男に渡して単身赴任。

 一万田鑑実は一万田家分家で吉弘鎮理は吉弘家次男。

 嫡男を出している雄城家と土佐航路で活躍している佐伯家は大神系国人衆。

 小野鎮幸も秋月家縁者という大友家主流筋から外れた連中が活躍した事である。

 そんな訳で、今回の検使において大友家主流筋からの売り込みの凄いことと言ったら……

 話がそれた。


「ごほん。

 で、だ。

 話を戻すが、家を興せというが今と何が違うのだ?」


 俺の前には雄城治景の他に大鶴宗秋と臼杵鑑速がいる。

 で、俺の質問に答えてくれたのが臼杵鑑速である。


「はっ。

 御曹司は大友の名を名乗っておりますが、家を興した訳ではございませぬ。

 大友一族として、ひいては同紋衆として正式にお家を興していただきたく。

 同紋衆一同の総意であり、御屋形様もお認めになられています」


 現在の俺は大友の名前を使っている大友一族なのだが、その立ち位置が曖昧なのだ。

 長寿丸に何かあった時のバックアップ程度ならばそれで良かったのだが、畿内での功績がそれを許さなくなっていた。

 三好家が押し付ける和泉国守護と三好準一門扱いの待遇に、大友家も合わせる必要があったのである。

 何しろ九州逃亡の為にそのあたりを全部やらずに逃げ出したおかげで、そもそも家中序列というものすら曖昧だったりする。

 ここまで来た以上、そのあたりをちゃんと片付けようという訳だ。


「御曹司のお立場は、万一の事を考えて本家の中に組み入れられております。

 立場はそのままに、家を興してもらい本家から一歩はなれてもらおうかと」


 臼杵鑑速の説明は、既に長寿丸の下に一人大友親家と呼ばれるだろう赤子が生まれており、俺のバックアップとしての役目も薄れている。

 ならば、今度は一族から同紋衆に落すために、分家として家を興す必要があったのだ。


「すると本貫地をどこにするか……」


 俺のつぶやきに三人がぴくりと震える。

 本貫地とは氏族集団の発祥の地であり、家を興す以上ここが本拠だと宣言するようなものである。

 最初に声を出したのは、雄城治景だった。


「御曹司がよろしいのならば、雄城の名前を使っていただいて構いませぬぞ」


 要するに大友一族の俺による他紋衆家の乗っ取りである。

 臼杵家なんかもそうやって乗っ取って同紋衆になったので悪い話ではない。

 ただ、これをすると俺にまた新しい名前が増える。



 雄城鎮成。



と。


「御曹司は国替えを考えておられるようですが、猫城だけは残しておいた方がよろしいかと」


 そんな事を言い出すのは大鶴宗秋。

 あれこそ、真っ先に手放したい不良債権扱いなのだが、大鶴宗秋は誇るようにその理由を言う。


「御曹司がどれほど畿内で活躍されても九州の者にはぴんと来ないでしょう。

 御曹司の武功を九州の者が感じるには、門司合戦の手柄としてもらった猫城を見てそれを感じるのでございます。

 猫城を手放すは、御曹司が門司の功績をその程度のものとしか考えておらぬと侮られましょうて」


 いや、実際その程度のものだからこそ、不良債権扱いなのだが。

 なんて言える訳もなく、仕方がないので搦め手で大鶴宗秋を説得してみる。


「とはいえ、あの城入田義実に城代として丸投げしたじゃないか。

 そのまま城主になってもらった方が楽だろうに」


 俺の指摘に返事をしたのは臼杵鑑速だった。

 なお、声が若干呆れ口調なのは気のせいではない。


「御曹司。

 入田殿は城代に満足し、御曹司の帰りを待ちかねているのですぞ。

 そういう事をおっしゃられるな」


「はい?」


 素で声が出る俺。

 それを見て三人が実に白々しくため息をつく。


「入田家はずっと冷遇されておりましたからな。

 にもかかわらず、要衝をぽんと与えた御曹司の度量に感動し、残った奉行の柳川殿と共にかの城を更に立派なものにしたとか。

 此度の帰還に伴って、『御曹司にこの城を返す事ができるのが嬉しくて仕方ない』との文を預かっております」


 うわぁ。

 ただ同然でくれてやったものに恩を感じて恩返しってパターンだ。これ。

 下手に断るわけには行かないんだろうなぁ。多分。


「という事は、柳川調信に城代を任せるか。

 大鶴宗秋の家老職はそのまま動かすつもりはないぞ」


 今のところ決まっているのは大鶴宗秋の家老職に柳川調信の猫城奉行ぐらいだ。

 これに軍事面として馬廻衆の小野鎮幸が下に来る。

 おれの台詞の後で雄城治景が頭を下げた。


「どうか、御曹司の家において一門衆として働きたく」


 言っている筋は間違ってはいない。

 有明の義父なのだから、必然的に一門衆となるのだ。

 だが、それは大神系有力国人衆がバックにつくという事で、家老の大鶴宗秋や水軍衆として働いている大神系国人衆宗家筋の佐伯惟教を脅かしかねない。

 佐伯惟教はともかく、大鶴宗秋が問題になる。

 隠居という形でこっちにやってきたから、一族郎党を筑前国に残してきているのだ。


「それがしもそう長くはないでしょう。

 その時が来たら、息子である雄城長房を御曹司の下で働かせて下され」


 なるほど。

 だからこの三人か。

 大鶴宗秋も雄城治景も老将で先は長くはない。

 そして、次世代への代替わりにおいて軋轢が起こらないようにしようとしているのだ。

 大鶴宗秋とは長いつきあいだ。

 彼の一族を引き取る頃合いだろう。 


「国替えの前に、大鶴宗秋の一族を譜代として俺が引き取る。

 その上で、その息子である大鶴鎮信に猫城を任せる。

 雄城治景は一門衆として府内の屋敷を任せる。

 これでいいか?」


「はっ」

「御曹司のご配慮に感謝いたします」


 大鶴宗秋の長男である大鶴鎮信は筑前国鷲ヶ岳城主として臼杵鑑速の下で働いていた。

 家臣の移動については必然的にその上司の了解が必要になる。

 おそらく、俺を除いたこの三者で事前に話を詰めていたのだろうな。

 人が集まれば派閥ができるのは世の常。

 その枠組みをある程度作っておくわけだ。


「この下にお付衆として、吉弘家や一万田家をつけまする。

 水軍衆として佐伯家をそのままに、三好の者達を入れるのならば、外様衆として遇していただければ」


 雄城治景の物言いに俺は苦笑するしか無い。

 これは、あくまで『大友家』から見た俺の家臣団編成なのだ。

 おそらく、和泉国守護になった時に和泉国国人衆だけでなく、三好家から大規模にお付き衆がつけられる。

 その調整を考えると頭が痛くなる。


「そこまで話がついているのならば、大鶴宗秋の後も考えているのだろう?

 申してみよ」


 大鶴宗秋が死んだ場合の家老職は誰がするのか?

 家中のまとめ役だから年長者にやってもらわないといけない。

 その名前を大鶴宗秋はあっさりと言った。


「一万田鑑実殿にお任せになるのがよろしいかと」




「ご主人!ご主人!!ご主人!!!」


 実に騒がしい音を立てて男の娘が部屋に近づいてくる。

 そういえば、あれを家臣団のどこに押し付けるかまだ決まってなかったが、あれ一応果心の命令聞いているから奥女中じゃね?

 そんな事を思って笑みを作ったら、障子を開けて井筒女之助が入ってくる。


「どうした?」


 俺の作った笑顔が引っ込む。

 真顔の男の娘はくノ一らしい顔をしてその報告を告げた。


「今、屋敷前に御屋形様の早馬が。

 肥前国丹坂峠にて、竜造寺軍と有馬・大村連合軍が衝突した模様」


 こうして、肥前大乱の幕が開く。

大鶴鎮信 おおつる しげのぶ


12/9

大規模加筆

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