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210 博徳の書にみる遣唐使の有様

 一方、吉祥連きさのむらじの船は十六日夜半に越州えっしゅう(上海のある杭州湾南岸一帯。杭州湾は湾口部、奥行きともに100㎞という巨大な湾である)に着いた。(筆者註・百済から杭州湾までのおよそ600㎞を十四日の四時頃から十六日の二十二時まで六十四時間、平均時速十キロという、当時の船としては非常な早さで航海したことになる。当時の帆は、ゴザのように、い草で編んだ、空力的に原始的なものであったが、強い風を背にうけて疾走したのである)さらに東北からの強い風を受けて、杭州湾の南部である余姚よよう県(上海対岸)に二十二日にたどり着いた。

 そこに、乗ってきた船と数々の貢ぎ物を置いたままにして出発し、うるう十月の一日に越州の州都についに到着した。それから馬に乗り、十五日に都の長安に着いた。しかし十月五日に第三代唐の帝王、高宋は長安から洛陽に向かわれて不在であったから、その後を追って急ぎ、二十九日に洛陽に着いた。

 閏十月三十日(この月は二十九日までで、博徳の間違いではないかと言われている)、高宋帝は一行に面会して問われた。

「日本国(書紀における日本国名の初出)の天皇は平安でおられるか、否か」と。使いの者は謹んでお答えした。「天地の徳を頂き、平安でございます。」さらに天子は聞く。

「諸事にあたっている卿などは心豊かであるか否か」使い人は謹んでお答え申し上げた。

「天皇は恵みの深い方ですから、みな幸せでおります」

「国内は平らかなりや否や」

「政ごとは天地の神の意向に叶いまして穏やかであります」

 天子は、蝦夷えみしを見て言った。

「これらの蝦夷の国はいずれの方にあるのか」

「国は東北にあります」

「蝦夷は何種類あるのか」

「種類は三種でございます。遠い者を都加留つかると名付け、次の者を麁蝦夷あらえみしと名付け、近い者を熟蝦夷にきえみしと名付けております。今、ここにおる者は熟蝦夷でございまして、年ごとに日本のみかどに朝貢いたしております」

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