205 十七条の憲法
十一に曰く、功と過ちを明らかに見て、賞罰を必ず忘れることなく当てよ。この頃は賞は功においてせず、罰は罪によってではない。事を決定する諸卿は賞し罰することを公正なものとせよ。
十二に曰く、国司・国造は百姓から収入を得てはならない。
国に二人の君はない。民に二人の主はない。卒土(国土)の兆という民は君をもって主とする。各地の官吏は、これ、王の臣である。その臣が、どうして自分のために税を取ることがありえようか。
十三に曰く、もろもろの官に任じられた者は、みな同じく、その職の事情に通じよ。病のためや使者などの任務のために、職務をおこたることがあるが、職務にたまさかもどった時は昔より詳しくなっているようにせよ。関与していないと言うことで、公務を妨げるような状態はよろしくない。
十四に曰く、群臣百寮は、うらやみ、ねたむ事があってはならない。人をうらやむときは、人も又、われをうらやむのである。うらやんだりねたむ習いは極まりをしらない。それゆえに智恵が優れた人を見ても喜ばず、才能が自分より勝るときは妬むのである。このようであるから五百年にして、やっと賢人に会えるのみで、千年にして、一人の聖人すら持つことができない。賢い聖人を得られないのであれば、何をもって国を治めるのであろうか。
十五に曰く、私心そむいて、公につくのは臣の道である。人、私心があるときは必ず恨みが起きる。恨みがあるとき人々は和すことができない。和すことができなければ、公務はさまたげられる。
十六に曰く、民を使うに、時を選んでするのは、古来からの良い定めである。冬の月に、閑あれば、その時に民を使うべきである。春から秋に至るあいだは、農・桑(農耕と蚕を養う事)の節であり民を使うべきでない。民が農耕しないならば何を食べたら良いのであろうか。蚕を育てなければ何を着たら良いのであろうか。
十七に曰く、物事は一人で定めてはならない。必ず臣達と論ずるべし。小さな事はさほど重要ではないが、大事なことを決定するときには間違いをせぬよう、多くの者と議さねばならない。