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第094話 愛する者を失えば

ヴァルゼードは、アレンの前で仲間たちを一人ずつ殺した。


幻ではない。


黒い空間へ示された、これから起こり得る死だった。


フィルを庇ったローグが、固定された刃に胸を貫かれる。


治癒を分け続けたセラフィーナが、魂を使い果たして倒れる。


崩れる天井を支えたボルドの腕が折れ、その下でミアが押し潰される。


リリアの歌が途切れ、エミと三匹の魔獣が黒い波へ呑まれる。


ガウェインもオズワルドも、選んだ役割の先で死ぬ。


どの光景にも、実際の傷、残った魔力、床の亀裂、次の攻撃までの時間が使われていた。


「これは予言ではない」


ヴァルゼードの掌で、奪われた白い光が脈打つ。


「現在の条件から計算した可能性だ。戦いを続ければ、いずれどれかが現実になる」


アレンは声を失った。


偽物なら斬れた。


だがローグならフィルを庇う。


セラフィーナなら限界を隠す。


ボルドなら最後まで荷重を支える。


皆が自分で選ぶことを知っているからこそ、死の形が否定できない。


しかも可能性は一つではなかった。


ローグを止めれば、フィルが代わりに刃へ入る。


セラフィーナを休ませれば、ガウェインが治癒の届かない位置で倒れる。


誰か一人を救う選択が、別の誰かの死へ繋がる。そんな枝を魔王は何百通りも並べた。


全員を守る唯一の方法として、自分一人を残す案だけが明るく見えるように。


明るい道の先では、アレンだけが玉座の間に残っていた。


仲間たちは城外へ脱出している。


魔王と共に城を沈めれば、全員が助かる。


成功率は八割を超えていた。


「選べ」


ヴァルゼードが言う。


「君が望んだ形だ。誰も失わず、君だけが役目を果たす」


アレンの足が、その道へ半歩動いた。


死ぬことが怖くないのではない。


皆が死ぬ光景を見続けるより、自分の死だけを選ぶ方が楽だった。


魔王はそこまで計算している。


自己犠牲を強要していない。


アレン自身が最も選びたくなる逃げ道を、丁寧に差し出していた。


「全員、下がれ」


アレンは立ち上がった。


光を失った夜明けの欠片を両手で構える。


「俺が残る。扉を作ったら、城の外へ」


黒い空間が細い板となり、仲間の間へ差し込んでくる。


「却下だ」


ローグが即答した。


「命令だ!」


「お前、唯一の指揮官じゃないだろ」


出発前、全員で決めた言葉が返ってくる。


「それに、お前の計算には俺たちが入ってない」


ローグは黒い空間へ短剣を投げる。


刃は明るい道の中心ではなく、その外側へ刺さった。


フィルが匂いを追い、別の細い道を見つける。


成功率は表示されない。


途中で途切れ、何人が帰れるかも分からない道だった。


「八割より低い」


アレンが言う。


「だから何だ。十人で選べば、十回修正できる」


ローグが刃を引き戻す。


明るい一本の道に、別方向から亀裂が入った。


フィルがローグの前ではなく、隣へ立つ。


「庇われて死なれる未来、嫌。だから私も見る」


フィルの霧が黒い板の縁を探り、ローグがその継ぎ目へ短剣を打つ。


ガウェインは大剣を拾った。


「本人の選択を守ると誓った。君の恐怖に従う命令は受けられない」


「わしは二十五年遅れた。ここでまた答えを次へ回す気はない」


オズワルドが杖を構える。


二人が裂いた隙間を、老人の雷が押し広げた。


セラフィーナはアレンの肩へ治癒を流した。


「私が限界を隠したら、止めてください。あなたが一人で残ろうとしたら、私たちが止めます」


「死ぬかもしれないんだぞ」


「知っています」


「なら」


「失うのが怖いのは、あなただけではありません」


セラフィーナの声も震えていた。


ガウェインが倒れる光景を見た直後だった。平静だから残るのではない。逃げたい自分を含めて、それでも選んでいる。


アレンは初めて、自分が退避を命じることで、仲間から恐怖ごと選ぶ権利を奪っていたと知る。


セラフィーナの防護光が全員を包まず、最も傷の深い者へ順番に渡っていく。


ボルドがミアの前へ出ようとする。


ミアが服を掴み、横へ並ばせた。


「勝手に支えて潰れる計画は不採用です」


「じゃあ二人で支えるか」


「荷重は全員へ分散します」


ミアの合図で、ボルドとガウェインが別々の黒い壁を押し返す。


リリアは震える息を歌へ変えた。


「母を失うのは、今でも怖いです。エミまで失う未来なんて見たくありません」


エミが姉の手を握る。


「私も。だから、見ないふりをして残らない」


チビ、クロ、ハナがそれぞれ自分の位置へ走る。


誰もアレンの命令を待たない。


分断しかけた空間が、皆の選んだ動きで再び一つへ繋がる。


しかし完全には戻らない。


ガウェインの腕には幻で受けたはずの傷が赤く残り、リリアの声は一音ごとに掠れる。魔王が見せた可能性は、捨てれば消える幻ではなかった。


選び直しても、危険そのものは残る。


それでも誰も、危険がない場所を選ばなかった。


ヴァルゼードが静かに問う。


「愛する者を失えば、君も私と同じになる」


アレンの前に、焼けた村が重なる。


親父さん。


今ここにいる仲間たち。


失う恐怖は消えない。


勇者だから耐えられるわけでもない。


「怖い」


アレンは初めて、戦場でその言葉を口にした。


「皆が倒れるのを見たら、俺は何をするか分からない。世界なんかどうでもいいと思うかもしれない」


ヴァルゼードの黒い瞳が細くなる。


「ならば、ここで終わらせろ」


「それでも」


アレンは仲間を見た。


誰も大丈夫だとは言わない。


死なないとも約束しない。


ただ、自分の足で立っている。


「同じ場所には立つかもしれない。でも、同じ答えは選ばない」


ヴァルゼードの掌にある光が揺れた。


アレンは光を取り返そうと手を伸ばす。


だが光は、アレンへ戻らなかった。


ローグからフィルへ、細い線が伸びる。


フィルからエミへ。


エミから三匹の魔獣へ。


リリアの歌からセラフィーナの祈りへ。


ガウェインの剣からボルドの拳へ。


ボルドからミアの算盤へ。


ミアからオズワルドの杖へ。


線はアレンを中心にしない。


仲間同士を結び、いくつもの道を作る。


一方が切れても、別の誰かへ届く網になる。


最後に、その輪の一端がアレンの剣へ触れた。


アレンを中心にせず、仲間同士を結ぶ光の線が玉座の間を走った。


ヴァルゼードはアレンではなく、その網の最も細い一本へ黒刃を向けた。


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