第1話 夏休み、そして移動
8月10日
フーガを撃退して10日ほど経つ。
猛暑の日が続き、外に出ると肌がひりつく。
今、私は必死に手を動かしていた。
かなりの強敵。
(どうすればいい……?)
冷や汗が流れる。
頭を働かせても、正解が分からない。
ここ最近の遅れが私を蝕んでいた。
徹夜明けのせいで、頭に霧がかかったような感覚だ。
それでも手を止めてはいけない。
——時間がない。
周囲を見回すと、私と同じように頭を抱えている人が多くいた。
視界を上げて時計を見る。
……あ、やばい。
「そこまで!」
先生の号令で、筆が止まった。
私が絶望に飲まれている間に、答案が回収されていく。
……今の私は無力だ。
机にクタァと突っ伏していると、咲が話しかけてきた。
「天音、テストどうだったって……その様子じゃ聞くまでもないかー」
顔を上げて、返事をする。
「赤点は免れたはず……多分、おそらく、きっと」
語尾が小さくなっていく。
そんな私を咲が呆れた表情で見ていた。
まぁ……終わったことを嘆いても仕方がない。
気持ちを切り替える。
担任の鳥沢先生が大きな声を出す。
「ホームルームを始めるから早く席につけー!」
遅れて行われた期末テストが終わり、すぐにホームルームが始まった。
「ゲート崩壊のせいで夏休みの振替が起き、ここまで授業が伸びた。
でもようやく明日から夏休みだ。楽しむのはいいが……はめを外しすぎないように!」
一部の生徒から声が上がった。
「せんせー! ゲートに入るのはどうなんですかー?」
鳥沢先生がため息を吐いた。
「あー……『絶対に入るな!』と言いたいところだが、すでに何人も入っていると聞いている。
行くなら必ず複数人で入って、怪我だけはしないように!」
「はーい!」とだけ声が上がり、他にも軽い連絡事項を鳥沢先生が伝えてくる。
そして、ホームルームが終わった。
徹夜明けのせいで、最後らへんはぼーっとして聞いていた。
……特に大事な情報はなかったと信じたい。
教室のあちこちで、夏休みの予定を話す声が広がっていた。
背伸びをしていると、咲が近づいてくる。
「天音は夏休みの予定、何か決めてるの?」
「特に予定は決まってないよ。
多分、ゲートに多めに潜るんじゃないかなぁ。そういう咲は?」
私がそう言うと、咲に微妙な顔をされた。
「私も似たようなものかなぁ。多分鍛冶を多めにするんじゃないかな?
……二人揃って花がないよねぇ」
今はそれどころじゃないしね……。
いつ魔王軍幹部が来るか分からない。
それに魔王も。
ただ、強いて言うなら。
「夏祭りくらいは一回行きたいよね」
私は独り言のように呟く。
「じゃあ夏休みの最終日らへんに予定を入れておく?」
どうやら咲には聞こえていたらしい。
咲が目を輝かせて聞いてきた。
「うん、そうしよ。とりあえず徹夜でテスト勉強してたから……今日は帰って寝るね」
「……美容に悪いし、徹夜はほどほどにしなよー? とりあえず後で連絡入れておくね」
咲がメモ帳を取り出し、何かを書き込んでいた。
私は咲に手を振り、学校を出た。
*******
自室に戻り、スマホを開く。
ネットニュースで気になる情報が載っていた。
『1日に1cmずつ海面が上昇中。沈水の危機!?』
一気に目が覚めた。
今はまだ大丈夫だ。
(でも、一ヶ月後は?)
ゴシップ情報の可能性を考え、玉野さんに連絡を取る。
『ネットニュースで噂の海面上昇について尋ねたいのですが、これは事実でしょうか?
玉野さんは詳細な情報を知っていますか?』
少し遅れて返信が返ってきた。
『ワシもちょうど影殿にその件で連絡を取ろうとしていた。
残念ながら……事実じゃ。今その原因の調査にあたっており、気になる箇所を見つけたのじゃ。
多くのギルドがこの問題に対応しておる。影殿の力も借りたい』
……ゴシップであってほしかった。
『大丈夫です。それでその原因となる場所はどこでしょう?』
文字を打ち込んでいく。
『大阪じゃ。滞在費用などはこちらで持つが……時間などは問題ないじゃろうか?
もしかしたら長丁場になるかもしれぬ』
今日から、ちょうど夏休みだ。
時間はある。
一瞬夏祭りのことが頭に浮かんだが、こちらが最優先だ。
……咲と決めたのは、今日だったけど。
後で、もしかしたら行けないかもと伝えておこう。
玉野さんに問題ないことを伝え、明日の早朝に大阪に向かうことになった。
海面上昇。
これもゲート関連なのだろうか。
玉野さんたちが動いているということは、そんな気がした。
一瞬、フーガのような存在が頭にチラついた。
この規模の事件だ。
——同レベルの敵の可能性を、振り払えなかった。




