第13話 束の間の日常
土曜日。
昨日は家に帰るなり、疲労に負けてそのまま眠ってしまった。 時計を見ると5時で窓から外を眺めてもまだ暗い。
まずは身体の調子を整えておこう。
外に出て軽く動く。
最近は器用が上がったからか、こうやって調整するのも早くなってきた。
軽く跳ぶだけで、2階建ての家を超えられる。
(今ならSAS◯KEも余裕かも)
自分の超人ぶりに、思わず笑ってしまう。
家に帰り、昨日なった【忍者】としての能力を整理しておこうと、ステータスを開く。
まずは獲得したばかりの【影潜伏】。
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【影潜伏】
影がある場所ならばどこでも入ることができる。
光を当てられると潜伏できなくなる。
Lv.1なら
・潜伏可能持続時間:20秒
・クールタイム:5分
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昨日はこれのお陰で生き延びることができた。
使い道はかなり多い。
(でも、20秒は短い。もっとレベルを上げないと……)
そして、光には弱いと覚えておこう。
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称号:【闇纏い】
試練に打ち勝った者のみが獲得できる。
意識すると自身が闇を纏い、
対象を視認することが困難になる。
鑑定で名前を見ることができなくなる。
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鏡の前で【闇纏い】を意識してみると、自身がソードアヴェンジャーみたいに黒いモヤに包まれているのが分かった。
ポーズを決めてみる。
……なかなかに、カッコいい。
……。
頭を振り、考えを戻す。
……光があるとこでは逆に目立ちそうなのでそこは注意しておこう。
コホンと咳をして、次を見ていく。
スキル一覧を見ると昨日の敵が使っていた【土遁】や【影分身】など便利そうなスキルが膨大にある。 スキルポイントが増えたらまたその時に取ろうと決める。
整理を終えてふと、昨日の死闘の最中、咲や家族のことを思い出した自分に気づく。
……正直、両親と元通りの関係になるのは、もう諦めている。
それでも、心のどこかではやっぱり引きずっていたんだなと、少し寂しくなった。
無性に咲の声が聞きたくなって、私は今日、彼女を誘ってみることにした。
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「……咲。今日、来てくれてありがとね」
「え、急に何? 改まっちゃって。 ……でも、嬉しい。 天音から誘ってくれるなんて、珍しいし」
咲が照れ隠しに笑う。
その明るさが眩しくて、私は少し迷ってから、心に溜まっていた質問を口にした。
「……私さ、最近、咲に心配かけてるよね」
咲の足が、ぴたりと止まった。
一瞬、彼女は私の目を真っ直ぐに見つめたが、すぐに視線を逸らして商品の棚に指を這わせた。
「……心配なんて、友達なんだから当たり前でしょ。 それとも、私には心配されたくない?」
「そういうわけじゃ、ないけど……」
「天音。 本当は私に言いたいこと、山ほどあるんじゃないの?」
咲の言葉が、私の心臓を鋭く突く。
「学校で最近ぼーっとしてる理由も。 天音が話してくれるまで、私、待ってるよ。 でも、無理だけはしないで」
「……うん」
それだけは返事して、話題を別のことへと逸らした。
咲に甘える自分が情けなく感じた。
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ショッピングを終えてカフェに入った。 運ばれてきたパスタを口に運びながら、私たちは他愛もない話を続けた。
さっきの重い空気を取り払うように、咲は明るいトーンで笑う。
「あ、そうだ! 天音、ここのデザート、半分こしない? 期間限定のイチゴのやつ出てるんだって」
「ふふ、咲は本当に甘いものに目がないよね。 いいよ、食べようか」
「やった! ……ねえ、こうしてるとさ。 昔に戻ったみたいだね」
咲がふと、窓の外の景色に目を向けた。
「今までのこと、全部忘れて、ただの『天音』と『咲』でいられた頃みたい」
「……そうだね。 ごめんね、今まで私、余裕なかったから」
「ううん。 天音が今日、私を誘ってくれただけで、もう、満足。 だからさ、今日くらいは、変なこと考えないで楽しもう?」
咲が差し出してきたフォークの先のイチゴを、私は苦笑しながら受け取る。
確かに、今はこの時間が愛おしい。 ゲートも、モンスターも、ステータスも、ここにはない。
——その瞬間、違和感が走った。
(……なに?)
感知範囲が広がったせいだろうか。
遠くで、微かに空気が震えるような感覚。
楽しそうに喋っている周りの客たちは、誰も気づいていない。
「天音? 急にボーッとしてどうしたの?」
「え? あ、ううん。 なんだか、空気に違和感を覚えて」
「空気? もう、天音ったら変なの——」
——その時だった。
ヴィィィ――ン。
カフェ中の客のスマートフォンが、悲鳴のようなアラート音を鳴らし始める。
『緊急速報。〇〇市内でゲート崩壊が発生――』
(……えっ?)
心臓が、跳ねる。 慌てて情報を調べると、モニターに映し出されたのは黒煙の上がる街並み。
見覚えがある。
父の職場が潰れている。
(お父さん……!)
手が、震える。
「天音……顔色、真っ青だよ?」
「……お父さんの、職場が映ってるの……」
咲のことも心配だ。
でも、あそこには今、父親がいる。
咲は私の目を見て、すべてを察したように、温かな手で私の背中を押した。
「私は大丈夫だから、行って。 でも、必ず、無事で戻ってきてね」
咲は穏やかな顔で私にそう告げる。
咲の優しさに泣きそうになった。
「……ごめん。 私、行くね。咲も無事で」
店を飛び出し、裏路地へ滑り込む。
(たとえ普段、会話を避けられていても……)
幼い頃、大きな手で頭を撫でられた記憶が蘇る。
(私の——たった一人の父親なんだ!)
私はフードを被り——全力で駆け出した。




